20.曰く、意識的無意識。
思わず立ち上がったはいいものの、和やかな空気が流れたところで気まずくなった。
初心者マークのぽっと出が記憶だ何だと、まぁ偉そうな口を利いたものである。
「な……なんかすみません」
いそいそと己の仕事に戻れば、良くわからない花を抓んでは投げ、抓んでは投げて瓶を埋めてゆく。
嬢ちゃんそれ違うぜ、を何回か繰り返しながらも集めていれば、採集用に大きく作られた薄茶色の瓶はあっという間に一杯になった。
こんなもので、僅かとはいえお金が稼げるというのは不思議なものだ。
だがしかし、新人とはいってもこれを売るだけでは当然生活ができないそうで。
だから採集ついでに魔物を狩るんだぜ、とテオドールは傍らに置いた剣を指す。
「そういえばよォ、嬢ちゃんはどれだけ戦えるんだ?」
「さぁ……俺は見たことがないので」
「じゃあ、ちょっと戦ってみるか?」
よいせ、と腰を上げたテオドールは「そうと決まればさっさとやろうぜ」と徐ろに──まるでそれが当たり前であるかのように大剣を構えた。
気負う事なく極自然に、いっそ油断しているようにすら見える程滑らかな動作で構えられた大剣は、きっとシキミの命など簡単に刈り取れるだろう。
「なんでぇ……?」
震えるように搾り出された声は情けなく。咄嗟に上げた両手は、やたらと目が戦る気のテオドールを見てそろそろと下ろされた。
出会ってすぐ、半ば事務的に確認したステータスが示したのは彼がヒューマンでありLv95のとんでもない男である……ということだけ。
上限の数字は知らないが、レベル1の自分が相対していい存在ではない。素直に気が遠くなる。
熊と戦ったほうがまだマシだ。いやマシじゃないけど。
絶体絶命のピンチである。
だが、こんな所で神器を出すつもりはない。というか呼び出して素直に応じてくれる可能性が低すぎて怖い。
勿論、インベントリをあからさまに使用するつもりもない。
ただでさえ疑わしい身の私が、この世界でどう扱われるのかさえわからない不確定要素を、堂々と振り翳していてはどうしようもない。
だから、つまるところ私は己の力で戦わないといけないわけで。
たぶんきっと、これは彼なりのケジメの付け方なのだろうとシキミは思う。
情では流されてくれたが、心の底からの信頼までは出来ないと、そういうことなのかもしれない。
テオドールの纏う覇気のようなものからは、拳と拳、武器と武器で、命を懸けて語り合おうぜ──という声が聞こえる。
少年漫画か何かか? と叫びそうになるのをグッと堪え、シキミの少ない脳味噌は状況の打破に向けて勢い良く回転していた。
思い出すのは、冒険者登録の時に感じた妙な違和感。
私が私でなくなったような、あるいはこの世界でのシキミがあらわれたような不快感にも似た空白。
戦える手段が、今スカートに眠る暗器達を扱えること。心当たりがそれしか無い。
ゆっくりと、「夕凪楓」という存在の意識を外に出してみる。自分に穴を開けて、押し出すように。空気に溶かして消すように。
それはまるで、眠りに落ちる直前のように薄ぼんやりとした自我にも似て。深く深呼吸をすれば応えるように、朧気な輪郭が小さく蠢いた気がした。
冒険者登録の時、あのときは本当に無意識だった。
だからこれは、無意識になればできるのではないかという浅はかな考え。でも、無意識を意識的に作るのは難しい。多分、無理。
しかしながら、それは確固たる「私」が居るときの話であって、今のシキミにとってはできなくはない事──なのだと思う。
実際、こうして私は楓を薄めてしまえる。まるで他人のように、他人の魂を捻り出すように。
そうして空っぽになった私の中に、私は確かにシキミを視た。
──それにしても。何故私はこんなに必死になって戦おうとしているんだろう。
どうしてこうなった、と問う己に、応える声などありはしなかった。
書けないかもとかほざきましたが(twitterで)書きました。
次戦闘シーンに移りたいなーーーーーがんばります。
ここまで読んでいただきありがとうございました。





