18.曰く、不束者ではございますが。
「よぉジーク、昨日ぶりだな」
「テオ、元気そうで何よりです。また行ってきたんですか?」
昨日散々戦ったばかりじゃありませんか。いやぁまだまだ戦い足りねぇのよ、使わねぇと体が鈍っちまうからな。
そんな親しげな談笑が始まったのは、シキミが依頼を受けた直後のことであった。
"テオ"と呼ばれた男性は、身長の高いジークの隣にあってもなお頭一つ抜けて高く。一回りも二回りも大きいその身体は筋肉質で、使い込まれた鎧に身を包むその姿は如何にも戦士らしい出で立ちである。
ツーブロックに刈り込まれた褐色の髪は、どこか野生の狼を思わせた。
「貴方に会えて良かった。紹介しようと思っていたんです」
そっとジークの背後に回り込み、チラチラと男の様子をうかがっていたところ。影から押し出すように背を押されたシキミは、あっという間に二人の視線に晒された。
「暫くは俺が面倒を見ることになりました。……ご挨拶を」
「えッ、あっ。……し……シキミです。ジークさんにお世話になっていますッ」
ジロリとこちらを値踏みするような視線に思わず深々と頭を下げれば、いかにも不可解とばかりに「これが噂の嬢ちゃんか」という呟きが落とされた。
「う……うわさ」
「あのジークがペット引き連れてる、ッてので有名だぜ、アンタ」
「あ、あながち間違いじゃない……ッ」
やっぱりみんなペットだと思ってたのか! と頭を抱えれば、当のジークだけが、ペットだったんですか? と首を傾げている。
知らぬは当人ばかりの有様だ。
「んで?……アンタいつまでおんぶに抱っこのつもりだ」
呼吸ほどの間。流れる一見和やかな空気を変えた、僅かな怒気を孕んだその声にビクリと体が震える。
嗚呼、と心のどこかで小さなため息が漏れた。
一寸考えればわかることだ。テオと呼ばれたこの人にとって"ジーク"という人は、きっと仲間、謂わばパーティーメンバーのような──あるいは、親しい友人のような──そんな、大切な人なのだろう。
私が怖かったのは、これだ。
何かあったら怖い、だなんて言い訳もいいところ。
相応しくないと言う権利がある人に指差され、その事実を突きつけられるのが怖かっただけ。
──だって、本当に相応しくない。
たまたま拾われて、たまたま優しくしてもらって、そのくせ何が返せるわけでもなく。本当におんぶに抱っこでズルズルとここまで来てしまった。
ヘラヘラ笑って、尻尾を振って。何も言われなければ死ぬか、捨てられるまで甘えていたに違いない。
情けないとは思わない。
でも、しょうがないで逃げようとも思わない。
「な、何もかもお世話になるつもりはありません。ちゃんと、冒険者として生活ができるようになれば、なんとかして生きてゆくので」
だからこれは、紛うこと無き本心だ。
何だったら何処かのお店で売り子をしたっていいんです。女だから、何かと使い道はあると思いますし。そう言えば、眉を顰めていた彼の瞳が驚いたように見開かれた。
「記憶もなくて、勝手もわかりません。お金の存在は知っていても、金貨に一体どの程度の価値があるのか知りません。冒険者のルールも知りません。宿の借り方も、採集の仕方も、依頼のことも、今日やっと知りました」
だからもう少しだけ見逃してください。ご迷惑は、できるだけおかけしないようにします。
そう深々と頭を下げれば、自分がどれだけ情けない存在なのかがありありと知れた。
本当は、もっと早く、真っ先にジークに伝えていなければならなかったこと。私が怠ったこと。
「何も身体を売って生活しろとまでは言わねぇよ。……あー……なんだ。変に突っかかっちまッて悪かったな」
始まりと同じく唐突に、その尖らせていた気配は霧散した。
怒気の消えた彼の声は少しばかり情けなささえ湛えていれば、シキミも思わず下げていた頭を上げる。
温度の低い灰褐色の双眸が、髪に隠れて見えぬシキミの瞳を探って、彼はぐっと一気に辛そうな顔をした。
……身体を売るなんて言ったっけ。何か、多大なる誤解が生まれた気がしたのだけれど。
じろりとこちらを睨み付けていた灰褐色はバツが悪そうに伏せられ、ポリポリと頬を掻く様は何というか、気の良い兄ちゃんだ。
雄々しい狼が尻尾を丸めたのを見たような、変な気持ち。
一瞬その変わりようにぽかんとするが、よく考えてみれば女だから何かと使い道がある、はまずかったかもしれない。──語弊があるという意味で。
シキミ的には性を売るというわけではなく、女なら看板娘的なポジションなり受付嬢なり道はあろうという意味で使ったのだが。
然しながら、ここは異世界。
きっと、女の行き着くところといえば春を鬻ぐ場所なのだろう。
「えっいや、あの、こちらこそすみません……」
「悪ぃな……なんかよぉ、俺の弟が変な女に引っかかった。みたいな気分になっちまって」
「変な女に関しては訂正のしようもございません……」
氷が溶けでもしたのか、あるいは糸でも切れたのか。
わたわたと慌てだす二人に、いつの間にか蚊帳の外のジークは「挨拶は終わりましたか?」と、やっぱり的外れに首を傾げていた。
やっぱりちょっと表現や流れに迷ったので端々改訂されるかもしれませんが!!!!
私だったらダラダラ甘えるんですけどね。
言われて、ちょっと甘え過ぎな自分を自戒したがゆえのシキミちゃん、な回。
ここまで読んでいただきありがとうございました。





