17.曰く、その森初心者向きに非ず。
昨日と変わらず、ギルドの扉を開けば騒々しい声が聞こえる。
早朝でないとはいえ、それなりに早い時間であるにも関わらず妙な熱気に包まれたギルド内は、ある意味別世界のようだった。
チラチラと寄越される視線には、何が含まれているのかよくわからない。
この世界で、Aランクがどんな扱いをされているのかわからないだけにそれが怖い。
尊敬、憧れの的であるならば、ぽっと出の私なんぞがヘコヘコ世話になっているのは気に食わなかろう。
気に食わないと思われるだけならまだしも、乙女ゲームよろしく「アンタがあの人のお側にいるなんて相応しくないのよ!」と攻撃されては堪らない。
逆に、遠巻きされ、恐れられているのであれば。その原因が何なのかわからないだけにやはり怖い。
恐れられるその原因の矛先が私に向けられないとも限らないのだ。
具体的にAランクがどれ程の基準で以て称されるのか、とAランク本人に聞いても「それが俺にもイマイチ良くわからないんですよ」と言われてしまったので、もうお手上げだ。
少し思うのだが、この優男、やたらと感覚で生きている節がある。いいのかそれでと言いたくなるのだが、いいからこうやって生きているんだろうな、とも思う。
後で受付の人に聞いてみようか、とも思ったが「Aランクってどれぐらい強いんですかー?」とバカ丸出しで聞くのもなんだか憚られた。
実際散々馬鹿は晒していると思うのだが、こちらとてミジンコ程度のプライドはある。
あとは単純に、何も知らぬ小娘と思われて下手に狙われたくない……ということでもある。
どちらにせよ、実際にそう聞いてみて。例えば「ドラゴン一匹一人で倒せるぐらい」と言われたとして──果たしてそれがどの程度凄いことなのか、シキミには判断がつけられない。
いや、すごいことには変わりないのだろうけれども。この世界の規模基準がわからないのでは何もわからないのと変わらない。ハァ凄いですね。で? というのでは意味がないのだ。
──そんな私の胸のうちを彼が知るはずもなく。
黒髪の美男子は迷うことなく依頼の貼られたボードの前へと向かう。
説明しますからちゃんと覚えてくださいね、と意外にスパルタな発言に背筋を伸ばせば、よろしいとばかりににこりと微笑まれた。
「依頼ボードと、それに該当する依頼はランクによって区分けされています。自分のランクと同等、それ以下であれば問題なく受理されます」
「私の場合はDのみですか」
「そうなります。あまり例がないですから申請が必要だと思いますが……俺がいればBランクの中でも、簡単なものであれば受けられる可能性はありますよ」
「……自殺願望はないのでご遠慮します」
「懸命な判断ですね」
依頼を受けるためには掲示版から紙を取り、カウンターに持っていけばいいらしい。
ざっと見てみればDランク──つまるところ初心者向けの掲示板にあるのは採集が基本だ。
"採集"といえば、と考えるのは出会った時のジークのこと。あの時、彼が花の採集をしていたことを思い出したシキミは、ふと疑問に思う。
「ランク下のものであれば受理されると仰ってましたけど、AランクがDランクを受けてたりしていいんですか?」
「……というのは?」
「やっぱりイメージがあるじゃないですか。強い冒険者は肩に大きな魔物一匹担いで帰ってくる、みたいな」
シキミとしては、ランク上位の冒険者といえばアイドル的な扱いをされるものだと漠然と思っている。
圧倒的強さのその象徴であるはずの人が、ちまちまと薬草を集めているのを見るのはなんだか嫌だ。見栄えがしない。
「あぁ……本来はあまり歓迎されません。というよりも受理されなかったりもするでしょうね」
「でしょうね」
「昨日は休養日だったので、散歩がてらの採集でしたから」
依頼ではなく、自主的に採集していただけ──なのだそうだ。
「何も依頼のモノしか扱ってくれないわけじゃありません。例えば行き帰りに魔物を見つけて、それを討伐したなら。私達はその素材を売って報酬にすることができるんですよ」
注意しておきたいのは、とジークの白い指が依頼ボードを二三度軽く叩く。思っていたよりも男の人っぽい指だ。
「Dランクに依頼として書いてあるモノは採集がしやすいので、自主的に持って帰っても二束三文で買い叩かれます。気をつけてくださいね」
「えっ、じゃあ昨日のももしかして……」
「原初の森に行けるのはCランクからです」
「普通に売れるんだ」
「普通に売れました」
まぁ私の魔法で消し炭にならなかったしなあの蝙蝠、と自分のレベルは知らぬ顔でシキミは頷く。
何も採集依頼が出されるのはDランクのみではないのだ。よく考えればその通りで、強い魔物が出る森であれば、強い人が取りに行くのが道理だろう。
原初の森は探索や採集自体は簡単でも、周りの魔物の処理、という意味では遥かに難易度が高くなりそうだ。
であれば、確かに初心者では手に余るかもしれない。
あの森、大人しそうな顔をしておいて全然チュートリアルじゃあなかった。私の運が良かっただけだ。
「私もしかしてすごく運が良かったりします?」
「とっても良いと思います」
そんな、初心者の掲示板を前に繰り広げられる妙なリズムの会話は、周囲の冒険者たちの怪訝そうな顔と、多大なる興味でもって静かに見守られていた。
なんとかっ………!!なんとか書き終わりました!!
書いてる最中えらく矛盾したり表現に迷ったりしたんで……多分気がついたら端々がコロコロ変わってると思います。が、多分本筋に影響はありません(笑)
説明会になっちゃいましたが、なんとなく雰囲気味わって下されば……!
ここまで読んでいただきありがとうございました。





