14.曰く、珈琲とパンとスープ。
星でも落ちてきたのかと思った。
突然、それはなんの前触れもなく。
ドンッと大きな音が響き、小さく地面が揺れれば誰だって警戒しようというもの。
音に驚いたのだろう。鳥達は慌てたように飛び立ち、獣の気配はあっという間に遠くへ消えた。途端に森は騒がしくなる。
それにつられるように、騒々と震える予感に妙な胸騒ぎを感じながら、ジークはそっと腰掛けていた切り株から立ち上がった。
鬱蒼と茂る木々の中を少し歩けば、そこには大きく広がったクレーターとポッカリ空に開いた穴。
地面は蜘蛛の巣のようにひび割れ、青々とした草花は所々ひっくり返されて土の色をのぞかせている。
巻き込まれたのだろう木々の枝は、瑞々しい断面を覗かせながら散らばっていた。
そんな大惨事の中心に、一人の少女が呆然と倒れこんでいたのだから驚くというよりも愕然とした。
クレーターと言っても僅かばかり地面が沈んだ程度のモノ──ではあるのだが。それだって人間が耐えられるような衝撃ではないだろう。全身飛び散って肉塊になっていないだけマシだ。
というよりも、なぜそうなっていないのか不思議なぐらいなのだけれど。
地面に広がった亜麻色の髪と、原初の森に来るにはいささか軽微が過ぎる装備。
瞳を覆うように伸ばされた前髪で顔の半分は見えないが、きっと生きてはいないだろう。
──壮絶な死に顔でなければいい。罪の無い人が死ぬのは、あまり好きではないから。
そう思った瞬間聴こえた、けほけほと咳き込む音。それに合わせて上下に波打つ胸に、この少女が生きているのだと知った。
「き、君、大丈夫ですか……? 凄い音がしましたよ」
慌てて駆け寄り覗き込めば、前髪の隙間から僅かばかり見える不思議な色の瞳がぱちりと一つ、瞬きをする。
一瞬の間、探るように揺れたその瞳は、次の瞬間大きく見開かれた。
そう簡単には動けないだろうに、両手を上に降参のポーズ。
「雑魚なので食べても美味しくないです!?」
「……はい?」
そんな声が漏れたのは、彼女の突飛な行動からだろうか。それとも、負けじと探った彼女のステータスが、レベル1だということ以外の一切を表示しないからだろうか。
あるいは、軽装だと思った装備が全く未知のものだったから──かもしれない。
その得体の知れなさは、じわりと背筋を寒くさせる。
今現在、勇者と魔王の存在は明言されていない。
だが、世界の異物は往々にして勇者か魔王になるものだ。
──勇者も、魔王も御免だ。
勇者が生まれれば魔王が生まれ、魔王が生まれれば勇者が生まれ。やがて戦争になる。
戦争が始まれば、また沢山の命が消える。
光と影は一対、常にコインの裏と表。世界はそれに巻き込まれるだけ。
とはいえ、まだ彼女が何なのか決まったわけではない以上、見つけてしまった彼にはそれなりに責任があるわけで。
身体起こすように支えれば、思ったよりも薄い背中に少し驚く。
起きられますかと言おうとした途端、どこからともなくぎゅるるるると軽妙な音が響いた。
「……身体が大丈夫なら、一緒にお昼でもいかがですか?」
恥ずかしそうに俯いた少女に、ただの人間であればいいと心底思った。
記憶喪失だと言う少女は驚くほど知識に偏りがあり、ものを知らず、無警戒で、忙しいくせに、凪のように穏やかだった。
結局。あれもこれも、と面倒を見ていればいつの間にか身元保証人にまでなってしまったジークは、どうしてこんなことにと独り言ちる。
最初は監視する程度のつもりだった。
ただ、まぁ。落下した原因を目の前で見てしまっては変に警戒するのも馬鹿らしく。
ここまで面倒を見るつもりはなかったのだが、彼女の雰囲気と、その仕草の所々に懐かしいものを感じてしまっては放っておけなどしなかったわけで。
──誰に似ているというわけでもないのに、不思議な話だ。
結局同じ宿に泊まらせて、明日からみっちり仕込みますからねとまで宣言してしまった。
彼らに会わせたら何と言われるだろう。
拾い癖を直せと、昔拾った側に怒られるというのを想像してみるとなかなか不思議な感覚だ。
朝日は穏やかに、宿屋の一階を柔らかに照らし出す。
いつもと変わらない、それは穏やかな朝だ。
「あらまぁ、もう起きてたのね。いつも早いわねぇ」
「おはようございます、女将さん」
食堂にもなる一階の、バーカウンターの左から三番目はジークの指定席だ。
引っ詰め髪のふっくらとした女将さんは、悪戯っぽく笑うといつものように珈琲を淹れだした。
豆から挽いているというそれは、静謐な朝の香りがする。
「昨日は随分と可愛らしい捨て犬を拾ってきていたねぇ、どんな風の吹き回しだい? ……俗世から離れたような顔して、アンタも男だったんだねぇ」
「ご冗談を、俺だって少しは驚いているんですよ」
ありもしない懐かしさを感じることなんてあるんですかね、と言えば「運命だよ!」と鼻の穴を膨らませるものだから思わず笑ってしまった。
「どちらかというと、珍獣をうっかり拾ってしまったので育てないといけない……に近いです」
「女心のわかんない男だねぇ!!」
「そうは言われましても……」
珈琲の薫りはゆっくりと宿を満たしてゆく。
そこまで大きくないこの宿は、この香りが目覚ましだ。
そろそろ起きてくる頃だろうかと二階を見上げれば、バタバタと慌ただしく階段を降りてくる足音に、ジークはまた小さく苦笑した。
レビューを頂いてしまいました!!!!!
一生大切にしてゆきます…この場を借りてお礼申し上げます。
さて、ジーク視点でさらっと流しましたがこいつめちゃくちゃいいやつじゃんね、と私でも思います。
情に流されやすすぎるのではないでしょうかね、ジークさん。
ここまで読んでいただきありがとうございました。





