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レベル1からやり直してこい!?  作者: 参星
呪われた宝石編
106/109

106.曰く、伏し奉り、嵐を避けよ。


 石を()じ込まれた男の様子は、すぐさま変化を見せ始めた。


 恐怖に濡れた瞳は、茶から赤へと変貌し──人から獣へとその様相を変えてゆく。

 やがて彼は、エイデンのように……あるいは、迷宮で出会った冒険者たちのように。すっかり理性を溶かしきった、一匹の魔物になり果てた。


「敵は向こうだからね、()()()()()


 羽虫──蝿が、凄まじい勢いで魔化した男を襲う。

 背後から迫る虫から逃げるように、その視軸(しじく)は呆然としたシキミ達を捉えた。


 襲わねば殺されるのだとばかりに、必死の形相で。獣のように牙を剥く男の姿に戦慄する。


 未だ、人の形をしたものに刃を向けるのは躊躇われ。真っ直ぐに向けられた、()()()()に、シキミは(わず)か硬直した。

 ナイフを手にしたまま、どうしてもそれを振るえない。


 目の前に迫り来た男の腕は、歪な形に変じていて。

 初めて見たその変化に、彼は魔族として適合したのかもしれないという予感が、どこか思考の遠くの方で、ぼんやりと脳裏を(かす)める。


 どす黒い肌色の、歪な鱗の覆う腕。

 鋭い爪がシキミの目前まで迫れば、次の瞬間、衝撃と共に横ざまに突き飛ばされた。


 床に打ち付けた腕の鈍痛と、一気に落ちた視界に混乱する。

 ぎぃん、と硬いものが擦れ合う音がして。視界の端で、小さく火花が散った。


「死にたくないなら()れ」


 シェダルの冷たい声が、ほんの少しだけ、シキミの心を現実に引き戻した。

 鎖を巧みに扱い、片腕を封じてみせた彼の影から飛び出すように、がむしゃらにナイフを突き出す。


 手にしていたのは、あの、竜の鱗で作ったナイフである。


 ──勝利(ヴィクトル)を。


 すなわち──生を。



 切り裂いた肉の感触を、確かに手のひらで感じて、少し泣きそうになる。

 厭な──厭な感触だ。

 だけどそれは、自らが選んだ道の上にある障害物で──故に、乗り越えて然るべき試練なのだろう。


 厭だから、と投げ出して、逃げ出してしまいそうな心は、「自分の選択だ」という一念によって、辛うじてその場に踏み留まっていた。


 苦悶の呻き声が大きくなると、とうとう男は鎖を引き千切る。


 バツン、と弾ける鎖の残骸から逃れるように。

 シキミはシェダルに腕を引かれ、半ば引きずられるようにして、部屋の隅へと背をつけた。


「援護するわ! 大樹の抱擁(アルリガーティオ)!!」


 エレノアの拘束魔法が、宝珠の光と共に紡ぎ出され。太い根が、見る見るうちに男を覆い、包み、拘束してゆく。

 同時に、少女の方へと手を伸ばした大樹の根は、一瞬で黒い霧に覆われた。

 激しい羽音──大量の蝿が、その根に(たか)っているのである。


「うぅ〜ん? イイトコまで行ってるけど……」


 少女が、掲げた指を鳴らせば、根に張り付いていた蝿たちが、次々に爆発していった。

 根は、少女に辿り着くことなく焼け落ちる。


「出来損ないは、盾か囮が順当だよね?」

「なんだよ、逃げる気かァ?」

『逃さないのだわ!』


 白煙立ち込める中、テオドールの大剣が炎の渦を巻き上げる。

 その隣。ジークの構える黒鋼の刀が、ぎらりと炎を反射した。


「テオ」

「おう」


 ごくごく短いやり取りの後、二人の足は同時に地を蹴った。


 空中から放たれた二人の斬撃は、炎の龍となり。男ではなく、少女を襲う。

 真っ直ぐ、貫くように進むその龍に、少女は大きく目を見開いて──にぃ、と嘲笑(わら)った。



 ぱかりと開かれた口は、いつの間にか耳まで裂けていて、下顎ごと落ちてしまったかのような──それはまさしく、人外(ばけもの)の姿。


「なに……あれ」


 顔半分を消し飛ばしたように、うぞうぞと蠢く虫の足のようなものと、ちらりと覗く真っ白な牙を目の当たりにしたシキミは、ただもう言葉を失った。


 美しく燃え盛る龍は、その(おぞ)ましい口腔へ、吸い込まれ、呑み込まれてしまったのである。


「先に言っておくけれどもね」


 炎の残滓を(くゆ)らせながら、少女は言葉を紡いでゆく。


「もう始まった。始まっている。──今更どう足掻いたって、止められはしない。……私を殺したって同じこと。私が死のうが、()()頓挫(とんざ)することはないし」


 ()()()はきっと、私が死んだって見向きもしないわ。諦めるのね、人間。


 うっそりと、少女の瞳が弧を描く。




「私は蠅の王(ベルゼブブ)。すべてを喰らい尽くす、暴食の権化」


 伏して奉るのが礼儀だぞ──と、酷く冷たい声がした。


(もしかしたらしばらく更新が遅くなる…………かもしれないです。できるだけないようにはしたいですが……汗)


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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