表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レベル1からやり直してこい!?  作者: 参星
呪われた宝石編
102/109

102.曰く、誰が為に世界は歪む。


 森の中に、少女は立っていた。

 ラナキア平原の外れにある、山の(ふもと)の一角。鬱蒼(うっそう)と茂る木々の、葉擦れの音が鬱陶(うっとう)しい。


 真っ白な髪が風に揺れ、少女の瞳が歪む。

 影は、隠れるところを探すようにざわめいて揺れる。


 彼女の目の前には、土砂崩れの跡が。(いま)だ生々しく、その爪痕を顕にしていた。


 いつの間にか潰されていた、()()の成れの果て。

 監視術式ごと()()()と気配が途絶えたものだから、碌な事になってはいまいと思っていたが、ここまでとは。嬉しくもない誤算である。


 思わず盛大な舌打ちが漏れ、木々の間で木霊した。

 この惨状を作り出したのが、人の手に依らない自然災害ならどれだけ良かったか。


 かすかに残る魔力の残滓。行使された、魔法の気配。

 それはただの人間が使えるものでは無く、少なくとも、ある程度の実力者が意図的に潰したとしか思えない──過剰で、徹底的な潰し方(やりかた)


 中で使役していたゴブリンなど、跡形も残らず消滅しただろう。


 ──"お父様" から任された、大事な仕事だったのに。



 彼女の役割は、生物を魔化させる石を作ることである。

 ──作って、量産すること。それだけが目的の、それだけの役目だ。


 屍者の慟哭を元に作り上げた "擬似魔石" は、所有者の生存本能によって起動する。


 死への恐怖、負の予感、逃げたいという本能。

 擬似魔石は、恐れ戦く所有者に活路を与える。

 ──魔化する事によって、彼らはその恐怖から解き放たれるのだ。


 別に、慈善事業をしているわけではない。

 だから、擬似魔石を使ったその後、彼らがどうなろうが、魔化することによって何が起きようが、こちら側としては大した問題でもない。……知ったことではない。


 魔王を呼び覚ます。──或いは、見つける。

 第一の目標であり、後にも先にもこれ以外の目標などありはしない。


 だからこそ、魔化した程度で死ぬ人間など、端から眼中になかったのだ。

 ……だというのに、どうやら波紋はその ”死んだ人間” から来ているらしい。全く以て、煩わしいことこの上ない。



 宝石商のマッティア。

 最初の標的(ターゲット)にして失敗作。

 職業柄、石を大量に扱う事ができ、こちらに協力するだけの動機があった、格好の獲物。


 マッティアが死んだ後は、憐れな目撃者となってしまったエイデンを拠点の主に据えて。大した騒動にもならずにここまで来ていた。


 あの時、運悪く現場に出くわしてしまったアイツに、「みたな」と言って脅かしてやった時の表情ときたら! 傑作だった。


 しかし、今になって思えば、その()()が歯車を歪めてしまっていたらしい。

 エイデンが怖がり、近づかなくなってしまった屋敷は、死体が出たこともあって化物屋敷へと変じてしまった。


 ギルドなんぞに依頼が出たときは、少しばかり驚きもしたが──それがまさか、こうやって嗅ぎ回られるきっかけになってしまうとは。


「あ〜、失敗だ〜っ。失敗っ! お父様に怒られちゃう!」


 傍観に甘んじる連中は、大人しく、終末の(とき)を待っていればいいのだ。

 悪いことではない。魔王の復活は、決して悪いことではない。

 魔王が生まれ、勇者が現れ。両者がぶつかり……そして世界のバランスは保たれる。


 それだけの話。──それだけの。


「……どうして放っておいてくれないのかしら。魔王も、勇者も、どちらもいない現状(いま)の方が、よっぽどオカシイっていうのに」


 保つべきバランスの、外に弾かれてしまったすべての生命を、知らぬ存ぜぬでやり過ごすのが正しいのか。……弾かれてしまったのは己なのだから、許容などできようはずもないのだけれど。


「……やっぱり戦争かな。他の皆みたいに、戦争にしたほうがいいのかな? そういう話も上がってるし、ノっちゃったほうがいいのかな?」


 世界の(ひずみ)が大きくなれば、魔王と勇者(バランサー)たちは出て来ざるを得なくなるだろう。


 より正確に言うなら、「世界が彼らを作り出さずにはいられない」状態にするのだ。


「魔王よりも恐ろしいものなんて、この世にゴマンとあるっていうのに。……みーんな見て見ぬフリばっかり!」


 例えば、欲とか。

 裏切りとか。

 愛とか。

 心とか。


 敗北者(わたしたち)、とか。

 

「まぁ、しかたがないか……透明人間だものね。私達」


 ──居ても居なくても変わらない。居たとしても、気にも留めない。半透明の、何か。


 まるで返事をするように、ゔ、ゔ、と蝿の羽音が小さく響く。

 少女は、指先にそれを止まらせて、うっそりと嗤った。


「傾きすぎた天秤を、直すだけだわ。割りを食っていた側が、持ち直して何が悪いっていうの?」


 何人死のうが知ったことか。

 それが必要なら、何人だって殺してやる。


「あのおじさん。あんな出来損ないの石をどうやって戦争に使うつもりなのかしら。……ま、いいけど」


 こちらを誘い込む気が丸見えの、屍者の慟哭の収集依頼。あからさま過ぎるそれに、敵かと思って近づいてみれば、協力がしたいと言い出すのだから驚いた。


 これがあれば戦争ができる。

 嬉しそうにそう(のたま)った男の、歪んだ笑みの真意は読めぬ。


 だが、今となっては渡りに船。

 相手がこちらを利用する気でいるのなら、こちらも存分に利用してやろう。


 ──その前に、嗅ぎ回っている連中が、追いついてこないといいのだけれど。


 今更火種が一つ増えたところで、何かが変わるとも思えないが、しかし。馬鹿みたいな悪戯で変わってしまった脚本(シナリオ)の前例もあることだし。軽く見積もりすぎて、足元を掬われては堪らない。


「うーん。難しい顔したほうがいいのかしら? それとも、楽しそーな顔しておいた方がいい?」


 鬱陶しい、生命のざわめきに満ちた森の中で、伸びを一つ。

 大欠伸をしてみせた少女は、目に涙の膜を張りながら、酷く楽しそうに口元を歪めた。


われらがためにせかいはひずむ。



そう、例えばこんなふうに。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール 小説家になろう 勝手にランキング よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ