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01.災いの魔女、メルム・ゲートシュタインの復活

 頭上に輝く太陽は、容赦なく男を虐げる。痛いほどの日差しだけならまだしも、日差しを吸い取った砂が熱気を放出して体感温度を上げるのだ。上から下から、絶え間なく訪れる容赦のない責め苦。

 それでも男は、歩くことをやめない。滴り続ける汗を腕で拭いながら、ただひたすらに歩き続ける。

 まるで何かを求めるように。何かを探しているように。何かを、追いかけているかのように。

 たった一人で、灼熱の砂地を。朝も夜も昼も関係なく。

 辛そうな息が、誰もいない広大な砂地に落ちる。熱を吸い取るように砂に吸い込まれていき、後には何も残らない。

 しかしその辛そうな様子に反して、歩くペースは一向に落ちる様子はなかった。もちろん、一度として立ち止まることだって。

 男が変わらない砂地を踏みしめるように、足を下ろす。今までと何ら変わらない動作。

 けれど唐突に、本当に唐突にそれは訪れた。

 砂の上に足を置いた瞬間。突然、男の周りが円状に光り出す。手を伸ばしたよりも二回りほど大きな円。眩いばかりの光の円が空に向かって伸びていく。

 男は驚いて、一歩後退る。だが、右にも左にも何処にも逃げ道はない。困惑したように表情を歪めて、光る周囲を眺めるしか出来なかった。

 段々と光の色が濃くなっていき、一瞬、一際強く輝いた後。役目を終えたかのように、光は徐々に薄まり、消えていく。

 完全に光が消え、周囲が光り出す前の通りになると同時に、それは聞こえた。


「んん~っ! 久し振りの空気! やっぱり生きてるって最っ高!」


 辺りに響いた声は、男のものじゃない。

 少し高めで、どこか甘ったるい印象を持つ。けれどそれでいてくどくないが、脳を侵食してくるような感覚を与える声。驚いたように男は辺りを見渡し――そして、見つける。


「ほんっと退屈だったわぁ……思った以上にだぁれも通らないんだもの。アンタが来てくれなきゃ、そろそろ退屈で死ぬところだったわぁ」


 ぐるんと豪快に内巻きになった毛先。ド派手な紫色の髪。その髪を強調するかのように、透明度が高く薄い色合いの目。

 主張の激しい頭部を更に主張するかのように、小さな黒い三角帽子がちょこんと鎮座している。

 大きな胸を強調するかのような胸元の服。動けば下着が見えてしまいそうなほど短いスカート。

 それらを全て覆い隠すようでいてそうでない、前が大きく開いたマント。そのマントを止めるためか、胸元より少し上に垂れるチェーン。

 そんな、登場だけではなく存在自体も派手な女はにんまりと嬉しそうに笑う。だが次の瞬間、目を瞬かせて、辺りをぐうるりと見渡し首を傾げる。


「……どこよココ?」


 怪訝さの宿った声で呟けば、女はぐるんと首を回して、男を見た。あまりに首が勢い良く回転したものだから、男の口からは自然と悲鳴が漏れてしまう。

 だが女はそんな男にお構いなく、ずんずんと近づいてこればがっしりと男の両肩を掴む。


「ねぇアンタ、この辺りに村があったはずなんだけど、知らない?」

「えっ、えーっと……すみません」


  透き通った薄い青色の目は、真っ直ぐ男に向いている。それが妙に怖くて、なぜだか男の恐怖を駆り立てていく。


「謝って欲しいんじゃあないのよ。わかる? あたしは聞いてんの。村はどこ、って」


 若干女の声に苛立ちが混じった。


「まあ? あんたがこの辺りの村を滅ぼしたーとか、あたしの術でうっかり滅ぼしちゃったんなら、仕方ないっていうかぁ……後者なら当然よねっ! みたいなところはあるんだけど」


 で、どうなの。女は僅かに目を細めて、男に詰め寄る。


「わからないんです。あの、俺が来たときにはその……もう、なかったっていうか……」

「ふうん。もうなかった、ねぇ」


 どうやら納得しなかったらしい。震える体に鞭打って答えた男だったが、相変わらず女の顔が目の前にある。視線は鋭く、今にも人一人ぐらい射殺してしまいそうなほど。

 男はそっと視線を横にずらす。


「あたしが壊した手応えはなかったんだけどなぁ……」


 男の両肩から手を離した女は、靴のつま先で地面を突く。


「ところで災いの火刑からは、何年経った?」

「はあ、災いの火刑」


 幾らかの沈黙の後、突然投げられたのはそんな問い。興味が篭った声で投げられたのは良いが、答える術を持たない男は困ったように頬を掻いた。


「……なに。あんた知らないの?」

「いや、知らないもなにも……えっと」


 男は口籠る。怪訝そうに細められた女の目が怖い。


「俺、自分が誰かもわからないんですよ」


 随分と小さい声だった。けれどたった二人しかおらず、風の音くらいしかしないこの場では、十分すぎるほどの声量。

 女の耳にはしっかりと届いていたらしく、細められているのは変わらないが、目が怪訝そうなものから興味深そうな色へと変わる。


「じゃああんた、なんでこんなところにいたわけ?」

「ええっと……すみません。それも、わからないんです。気が付いたら、この辺りを彷徨ってたみたいで」

「気が付いたら、ねぇ。あたしの陣があんたの魔力根こそぎ取っちゃった副作用? それとも陣自体の副作用かしら?」


 でも、それにしちゃあね。と女は小さな声でぶつぶつと呟く。

 魔力と陣。男は口の中で女の言葉を転がした。


「ま、なんでもいっか。無事にあたしは生き返れたわけだし」

「いっ……生き返れたって」


 それではまるで、今まで死んでいたみたいではないか。まさかそんな。男は驚いたように声を上げる。


「事実でしょ。って、あんたは知らないんだったっけ。仕方ないわねぇ。トクベツにあたしが教えてあげようじゃあないの」


 にたり、と女は笑う。それはそれはもう、どうしようもないほどに良い笑顔で。


「あたし、災いを呼ぶ魔女として処刑されたのよ。魔女だからトーゼン、火炙りにされてね」


 なんてことないように女は言った。その平然とした口調は、昨日の晩御飯でも語っているのかと錯覚させられる。


「でもま、あたしほどの呪術師ともなると、自分の死すら簡単に操れるってワケ」

「それじゃあ、死んだふりをしてたってことですか」

「そ。まあ正確に言うなら、“あたし”の隠匿ね。あたしを魔法円の中に隠したのよ」


 いい? と言って女はしゃがみこむ。砂の上に踊るよう、細く長い綺麗な女の指で描かれていく文字と図形。口頭での説明も続くが、長く難しい。男は必死に噛み砕き、頭の中で整理していく。


「ええと、つまり円とは結界で、その結界の中にあなたは身を隠し眠りにつき、その結界の解除には誰かの魔力が必要なように設定した、と」

「だから、あんたは魔術師か呪術師よ」


 女のぴしっと真っ直ぐ伸びた指が向けられる。突然の言葉に一瞬戸惑ったが、ああそうか、と言葉の意味を理解した。

 きっと男が何も覚えてないと言ったから、少しでも男の出生を教えてやろうと思ってくれたのだろう。けれど。


「その、魔術師と呪術師ってなんですか。どう違うんです。いやそれ以前に、あなた魔女として処刑されたって言ってましたけど、だとしたら俺は魔術師でも呪術師でもなく、魔女なんじゃ」

「あたしは魔女じゃない。呪術師なの。わかる? 呪術師!」


 真っ直ぐ伸びた指が、鼻先に触れるくらいにまで近付けられた。鋭利に尖った長い爪がぴったりと鼻に触れている。


「そもそも、魔女っていうのは魔術師の前身で、もうずっと前に滅んだ太古の生き物なのよ。あたしが生まれる、もう何百年も前にいなくなった存在に、どうしてあたしがなれるっていうの?」

「はあ……いや、俺に力説されても、困るんですけど」


 口元を僅かに引きつらせながらも、微動だに出来ないまま男は困惑せざるを得なかった。

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