一匹狼、その苦労は報われる?
――口を濯いだ赤に染まる水を横目に、また森の中を彷徨い歩く。
さっきまでと違う点は、自分自身がやらかしたことへの自責の念があること。初めての戦闘で精神的に少し疲れていること。そして……いくら洗い流しても口の中に残る苦味と舌のしびれが消えないこと。
少し歩きながら考えていたが、たぶん「意思を持って相手を攻撃する時」か、もしくは狼としての「狩り」になると意識を持っていかれるんじゃないかと思う。例えばそれが"間違っている"、そうする"必要がない"事が頭に浮かんで離れなくなるのが証拠だ。
まぁ、意識と言うよりは「狼としての本能」か何かに俺自身が耐えきれなくなるんだろう。もしかすると元々狼だったものに俺の魂だけが入り込んでいるのかもしれないな。そう考えると……いつか「俺」の意識が消える可能性がある。
それが一番恐ろしい。俺は今こうして意識を保っているが、眠りについたらどうなるだろうか? もしかすると眠っているうちに元の狼の意識が覚醒して彷徨うかもしれないし俺の知らないうちに森へ入り込んできた人をこの体で――
――もういい、考えるのはやめよう。
俺が考えた所でどうにもならないじゃないか。こっちに来てからずっと考えてるばかりで疲れてきているんだ、嫌なことが頭にこびりつくのも仕方ない。訳がわからないことばかりで参ってるんだ、だから今打開策として水を探しているんだろう?
耳と鼻を頼りに今は動くしか無いんだ。さあ、生きることに集中しろ俺!
――どれだけ歩いただろうか?
分かったことは、点々といくつかの水たまりが存在していること。そこら中がぬかるんでいることから俺がこっちに来る前に雨でも降ったのだろうし、森の中だから日が当たらず蒸発しなかったと考えるのが妥当だ。
もう一つ、水たまりの近くには高確率でモンスターが居ること。少しだけ見かけたのだが、ゴブリンの他に豚顔の大男が居た。きっとあれがオークなんだろう。別に腹が減ってはいなかったはずだが、気付くと何故か口から唾液が滴っていた。
もしかするとあれは美味しいのかもしれない。
体が動き出そうするのを気合でとどめたほどだ。アレは期待できる。
……まぁ、わかったのはこれくらいか。正直のところあまり進歩はない。
それでも、諦めずに歩き回る。木に登って探そうとも思ったが重量で枝が折れる可能性と、もし落ちてしまった場合受けるダメージが計り知れないため断念した。それでなくともここの木は高いからな、頭から落ちたら下手すりゃ死ぬだろう。
――暫く歩き、耳がまた水の音を捉えた。
今度もどうせ水たまりだろうと、半ば諦めながらそこへ向かう。前と同じく、近づくにつれ水の音が大きくなっていくが……
……その中に「ちょろちょろ」と水の流れる音があることに気付いた。
もしかすると、これは可能性あるんじゃないか? ついに発見できたかと思って近づいてそれを見てみたのだが――
まぁ、それは「湧き水」だった。やっぱり期待するだけ無駄かと思ったのだが、よくよく見てみると少し様子がおかしい。どうやら湧き水が一直線になって流れているみたいだ。
もしかしたらその先に湖か何かがあってそこへと流れ込んでいるのかもしれない。そう思うと少しばかり元気が出てきたため、湧き水を少し飲み、目の前の清流に沿って歩いてみようと軽くなった体を運ぶ。
――ついに、ついに大きな水の音が耳へと入り込んできた。
やった、ついに俺は見つけたぞ!
今度こそ間違いない、この音が水たまりの訳がないだろう。つい嬉しくなって全力で駆ける。もう音なんか気にしない、それよりも早く体を洗いたいんだ。この時をどれだけ待ちわびたか。
木々の隙間から見える、月の光を映しきらびやかに輝く湖沼に向かって思いっきり駆け抜け、俺は飛び込んだ。犬が泳げるんだ、狼だって泳げるだろう!
ザッパーン、と巨体が水へ落ちる音が辺りに響き水しぶきが巻き上がる。身を包む水は冷たく、今まで歩き通しで疲弊した体を優しく包み込んだ。予想通り狼にも水は泳げるようだ。ついテンションが上り、顔まで水につけて全身を洗い流す。
体から落ちた泥や血のせいで、水が濁っていくのが見える。だが別に良いだろう、コレだけの水があるんだ、少しぐらい汚れた所でどうってことはないはずだ。まぁ多分……いや、きっと。
少し冷静になり、ぷはっと顔を水から上げて辺りを見渡してみるが、やはりここは大きな湖のようだ。それに水も澄んでいるから飲水にもなるし、魚の姿もところどころに見える。
そうしていると、ある一点に目が釘付けになった。
ありえない。想像できていなかったことに気がついてしまった。
思わず、目を見開いて体が硬直してしまい溺れかける。何故なら――
――湖の真ん中に、驚きと呆れ半分の顔で此方を見る人の姿が見えたから。
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