一匹狼、森に落胆す
お読み頂きありがとうございます。
暫くは森の中を散策する予定です。
――さて、何者か知らぬ野郎に意思表示したしさっそく行動せねば。
いつの間にか赤みが消え、普通に戻った白く輝く月を見る。まぁ、見た通り今は夜だ。それに自分の腕の大きさ、四本足で立ったときの目線の高さから見ても結構な大きさの体をしていることが分かる。この図体で下手に動き回ってしまえば、枝なんかを踏みつけたり葉にぶつかって否が応でも大きな音がなってしまうだろう。
そうしたら何が出てくるかわからない。夜は音がよく響くから、下手したら襲ってきたやつの立てた音を聞いて、大量の数の敵が寄ってくるかもしれない。そうなれば多勢に無勢となって確実に危険な目に合うだろう。
しかし、このままじっとしているのもそれはそれで危険な気がする。目覚めた時から時折吹き抜ける"風"は、きっと俺の纏う匂いを運んでいることだろう。自分で顔を顰めるほどの獣臭だ、きっと遠くにいても気付かれしまう。さて、どうしたものか……
……よし、やっぱり軽く散策しよう。まずは匂いを落とせる場所探しだ。
このまま何もしないでいるよりは行動したほうが得だ。この姿になってから視覚やら聴覚、嗅覚は軒並み上がっている。むしろこの体の大きさを使って相手を倒してしまえばいい……っと、それはやりすぎか。敵の位置を出来る限り把握して迂回しながら進むことにしよう。
そういえば別に4足歩行で歩くことに違和感とかは無く、それに狼……というか動物全般は人間と視覚が違うときいたことがあるが、何故か元の人間と大差ない見え方だった。流石に二足歩行をするのはできなかったが、狼としての体の動かし方が本能的にわかると言うか……感覚ごと作り変えられたみたいな感じだ。
そうやってしばらく歩き回っていたが、微かに血の匂いが鼻をかすめたことで足を止める。俺の他に獣臭がしたり、何か音が遠くで聞こえたことは何度かあったが、今みたいに血の匂いがするのは初めてだ。ついそっちへ足が向かう。
木々の隙間から見えたのは自分よりかなり小さい人間のような生物。それが二匹、地面によこたわる何かの肉を食い散らかしていた。血の匂いが充満しているのは確実にあいつらのせいだ。
――たまたま月の光が差し込んだため、それの顔が顕になった。
ガチャガチャとした不揃いな歯に妙に長い耳、そしてギョロッとした目。紛うことなきゴブリンの姿だった。見たことのない植物やいやにデカイ狼の姿になったことから地球ではないだろうと思っていたが……やっぱり異世界か、正直嬉しくないね。
さて、あまり面倒事を起こしたくないからできれば無視して退散したい所だが片方のゴブリンがキョロキョロとしている。頼むから俺の方を向かないでくれよ?
と、祈ってみたのも虚しく俺のが居ることに気付いたようだ。もう片方のゴブリンを止めてこっちを見るように促しているな。まぁここまで来たら仕方がない、俺が直々に出向いてやろう。
ゆっくり草をかき分け、俺はゴブリンの前に姿を見せる。正直不安な気持ちもあるが焦って尻尾を巻いて逃げた所で大きな音を立ててしまうだけだ。だったら少ないうちに倒したほうが良いと思うし、元から血の匂いが充満しているんだから少しばかり血が増えた所で殆ど変わらないだろう。そう考え段々にじり寄っていくと――
――予想外にも、ゴブリンは背中を見せて全速力で逃げ出した。
俺の大きさに恐れをなしたのか、それとも勝てないと思ったのだろうか……なんともあっさり過ぎて納得がいかない! 思わずこっちがびっくりしてしまって暫く体が固まっていた。もしかすると「俺が臭すぎたせいで逃げたのではないか」と邪推するほどの衝撃だった。
その場に放置された俺と生肉、なんだかとても虚しく感じる。心のなかで"己の手で生き物を殺す"ことを覚悟していたのにもかかわらずこの落差では、そんな気分にもなるというものだ。
向こうしたら巨大な生物が獲物を横取りしようとしたという状況なんだろうが……生憎あれの食い残しを食う気にはなれなかった。こう、唾液とか色々ついてそうで気持ち悪いし、狼としては当然なんだろうがまだ「生肉」を食う覚悟もできていないから。
初めての生物との接触がこれか……うん、すごく納得いかない!
俺にとって、それはもう一回やり直せないかと思ってしまうほどの落胆だった。
――さて、気を取り直して散策に戻ろう。
今俺が探しているのは湖とかの体を洗える場所だ。獣臭を落としたい一心で探し回っているが、さすがに見つからないな。地図も何もないのに森の中をさまよって見つけるなんて……
そうやって聴覚を頼りに何十分も歩き回っていたが――ついに遠くから水の流れる音が聞こえてきた。聞き間違いかと息を潜めて耳を澄ませてみると、滴る音と共に波の音が確かに耳に入ってくる。きっと沢山の水が、その中には魚が!
思わず俺は走る。音なんかもう気にしていられないと草木をなぎ倒しながら進んでいくと、ついに俺は発見した!
それはそれは大きな――水たまりを。
水たまり……ははっ
――畜生、俺はこの世界が大嫌いだ!
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