入学編6
「濃度? どういうこと?」
困惑な返答をしたのはサユリであったが、他の2人も同様の表情をしていた。それを見て、まあ、そうだろうとヨシキは思う。
そういう表情になるのはあたり前だ。おそらく、今ヨシキが言った言葉を聞いたことはもちろんないだろうし、それを意識したこともないだろう。
「そのままの意味だよ。普通の溶液っていうのは、その量だけじゃなくて、濃度もあるだろう? そうだな、例えば、果汁何パーセントとかも濃度だよね。生命エネルギーもいわば、生命の溶液だって考え方にするんだ。」
「生命の溶液?」
今度はヤンがたずねる。
「そう。例えば、通常の濃度が1だとする。それで、その濃度の人間が持っているエネルギー量が10だとすると、ある魔術を行使するのに、その濃度だと、5のエネルギーを使わないといけない。だから、こいつが行使できる回数は2回になる。これは大丈夫だよね?」
説明自体はすごく簡単で、相手に失礼なほどであるし、それを途中で理解できているのか聞くのは、さらに失礼な気がするが、念のためだ。
3人は何もいわず首肯する。
「もし、これがエネルギーが量が5しかない人間なら、何回魔術を行使できる?」
「1回ですね」
「そう、でももし濃度が2なら?」
「どうなるんだよ?」
「あ! そういうことか!」
「これは、新事実なんじゃないですか!?」
ヤンはともかく、サユリと美由紀は気が付いたみたいだ。
「え? 何? 俺置いてけぼり?」
「はあ、ほんと、あんたは馬鹿ね。脳筋ね」
「なんだと? っていいたいところだが、今回ばかりは反論できないな」
お? ヤンが折れるとは、これは不思議なこともあるもんだ。
「ヨシキ君、この馬鹿にもわかるように教えてやってくれる?」
ヤンが折れたからなのか、サユリは気分がよさそうだった。
「元からそのつもりだよ。ヤン、濃度2でエネルギー量が5なら、こっちも2回魔術を行使できるんだよ」
「え? そうなの?」
「ああ、それぞれの濃度とエネルギー量を掛けるとどうなる?」
「まず最初のほうは、1と10だから、10だろう? で、次が2と5だから10・・・え? ってことは」
「ヤンもわかったみたいだな」
「つまり、濃度とエネルギー量を掛け合わせた値が、本当の生命エネルギーの価値ってことか!」
ヤンの眼は輝いていた。
「そういうこと、まあ、本当はそんなに単純なわけじゃないんだけど、簡単に説明するとそうなるね」
これでひとしきりの説明は終えた。
ヨシキが、ゆっくり飲み物を飲んでいると、美由紀が尋ねてくる。
「つまり、ヨシキさんは、その濃度が濃いってことなんですか?」
「うん、そうだよ」
「この論理を発表したら、すごいことになるんじゃないの?」
「それはないよ」
その言葉に、サユリは怪訝な顔をする。
「どうしてよ?」
「この論理は、随分前に、一度、発表されてるんだ。でも、それを実行に移すことはできなかった。実験を行ったけど、失敗したんだ」
「どうしてですか?」
「正確には割りに合わなかったという感じかな。濃度を濃くするには、かなりの鍛錬がいるんだ。それこそ投薬治療なんかも行って、ある意味人体実験をしたみたいだけどね。でも、それだけやっても、一番成果が現れた人で、1.3倍だけしか、上がらなかった。だから、この論理は破綻したんだよ。しかも、その実験に参加した魔術師は、そのほとんどがその後、再起不能になったというのも聞いたよ」
「マジかよ・・・」
「・・・・」
「・・・・」
その場の雰囲気が重苦しいものになる。
「それなら、どうやって、ヨシキ君は濃度を濃くしたのよ? まさか、それだけのことをしたってことなの?」
まあ、その疑問はあたり前の意見だ。
なぜなら、自分は濃度が濃いと言っておきながら、濃度を上げる方法がないと言っているわけだからな。
「濃度にも、個人差があるんだよ。量と同じようにね。俺は単純に濃度が濃いんだ。でも、それを応用はできない。だけど、濃度が濃いから、一発の重みは人よりも強い。同じ魔術でも、普通の人よりも何倍もの力を行使していることになるからね。後、濃度が濃いから、発動時間も早くなるってわけ、これはもし1だけ魔術の行使にエネルギーが必要なら、エネルギーを送りこめる時間自体が長くても、送りこむエネルギー自体は、普通の何倍ものエネルギーだからね。すぐに発動ができる。そして、発動している間に、まだ、エネルギーを送りこんでいる形になるんだ。いわば加速型の魔術になる」
「なんだか・・だめだ。俺、頭がパンクした」
ヤンは伸びていた。
「つまり、結局は生まれつき濃度も決まっているってことよね?」
「うん、そうなるね。でも、それを意識しないと、上手く使うことはできないんだけどね。自分の特性を知ることは必要だからね」
「ヨシキさんは、普通の人に比べて、どれくらい濃いんですか?」
「どこを平均とするかによると思うけど、例えば、魔術学校の生徒の平均を1としたら、俺は5くらいあるんじゃないかな。少なくとも、今日模擬戦をした曽我とは、それくらいの差はあったね」
「すごいじゃない、それ! ちなみに、量と濃度どちらもある人間っているの?」
サユリは、身を乗り出して聞いてくる。
「いるよ」
「誰?」
「今年の入学生代表の真柴 翼なんかは、量も化け物みたいにあるし、濃度も俺よりあるんじゃないかな」
「へー、やっぱりあの子は化け物なのね」
「なんで、ヨシキは他の人の濃度がわかるんだ?」
ヤンが、尋ねる。
これは聞かれるだろうとは思っていたことだ。単純に眼がいいというだけの話ではない。他人の濃度、しかもそれだけでなく生命エネルギー量がわかるというのは、単純にすごい能力ということになる。
「これは内緒にしておいて欲しいんだけど・・・」
三人はヨシキの次の言葉を待つ。
「俺は目に生命エネルギーを集中させることができて、それで見ることができるんだ。これも濃度が濃いことが成せる技かな」
「でも、生命エネルギーの局所的なコントロールもすごい技術ですよね? それだけで、世界レベルなんじゃ?」
するどい。エネルギーのコントロール技術の中でも眼などの局所的な部位にのみ集中させる技術は、日本でもそうできる人間はいないだろう。なら、なぜヨシキがそれをできるのかというと、彼の魔術の行使の方法の特殊さにあった。
「まあ、たまたまできるようになったって言ったほうがいいかな。俺が一年お世話になった師匠がそういうのが得意でね。伊達に一年浪人していないってことだよ」
ヨシキは笑顔で言う。
「その師匠っていうのはどちら様なんですか?」
「多分知っていると思うよ。甲斐 承命先生、老いぼれだけど、今でもお力は健在だよ」
「承命先生とは、あの、朝鮮戦線で数名の部下と共に、敵拠点を単独で撃破し、大和の国益を守ったとされるお人ですか?!」
美由紀の目は輝きを放っている。承命先生のことは有名ではあるが、彼が有名なのは大和戦線で、的から味方を守ったほうの話のほうが有名だ。
やはり、守ったほうよりも、攻めたほうが好きだとは、確かに細かいところではあるが、ヨシキは過激な子だなと思った。
「そうだよ。その承命先生」
「すごいじゃない。そんな人が師匠だなんて」
「確かに、承命とはすごいな」
流石に、2人も知っているみたいであった。ヤンも流石に元軍人の彼のことは詳しいだろう。
「どうやって、お知り合いになったんですか?」
美由紀が身を乗り出して聞いてくる。よっぽど好きなんだろう。承命先生の話はかなり物騒なものが多いんだが・・・
「まあ、伝を辿ってかな。でも、最初は門前払いだったよ。なんとか中学三年間尋ねて、一年の修行を許されたんだ」
「それはまた、すごいな・・・」
「確か人間嫌いじゃなかったっけ?」
「違うよサユリちゃん。承命先生は人間嫌いではなく。世間が嫌いなのよ。戦争で家族を失った影響だと聞きました。だから、人間がというより、世間の空気とは社会という構成が好きではないと」
「山本さんの言う通り人間嫌いではないよ。俺が修行を許されなかったのも、中学という組織に所属しているからだったんだと思う。中学を卒業してから、高校に落ちて、何もなくなったら、修行をオーケーしてくれたからね」
「マジか! それは高校落ちてよかったってことか!」
そういったヤンを、サユリがひじで小突く。その意味に気が付いたヤンが手を合わせて言う。
「あ! ごめん俺、無神経なこと言った」
「別にいいよ。一年浪人したから、皆にも会えたわけだし、それに俺の予想があたってるなら、ヤンの言う通りラッキーだったと今は言えるよ」
「もう、何ヨシキ君に気を使わせてるよの!」
「ヨシキもいいって言ってるんだからいいじゃねえか」
「はは、もう本当にいいよ」
ヨシキは微笑む。
その日はそれから、少し会話して、喫茶店の代金はサユリに言われてヤンがおごってくれた。
更新遅れて申し訳ありません。
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