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短編集

感情のない異世界で小説を書いたら面白いと言われ、現実世界に戻れた話

作者: 楠木 翡翠

 7月某日。

 ようやく梅雨が明け、薄暗くなっても蒸し暑い日が続いているそんなある日の話である。


「ただいまー!」


 僕は学校の授業と部活を終えて自宅に帰ってきた。

 母さんが「おかえり」と言ったあと、何か言っているけど、そのままスルーしてドタドタと2階にある自室に行く。


 僕はパソコンを立ち上げている間に制服からタンクトップとハーフパンツに着替え、あるサイトにログイン。


「おっ、活動報告のコメントと感想がきてる!」


 そのサイトのユーザページを開くと「活動報告コメント一覧が更新されました」と「書かれた感想一覧が更新されました」と2つの赤い文字が表示されていた。

 それは嬉しいが、僕が1番気にしているところを見に行く。


「うわー……今日もブクマが剥がれた……」


 そう。ブックマーク件数。

 それはその作品の小説情報に書いてある。

 昨日までは100件あったブックマークが95件に減っていた。


「しかも、5件はデカすぎる……僕の小説はそんなにつまらないのかな……」


 あっ、自己紹介が遅くなってすみません!

 僕は桜井(さくらい) 拓也(たくや)です。

 ライトノベル作家になるべく、学校に通いながら、小説投稿サイト「小説家になろう」で細々と執筆活動をしている17歳の男子高校生。

 得意ジャンルは異世界に転生や転移しない王道ファンタジー。

 今の悩みは毎日更新してるのに、なかなかブクマとポイントが伸びないこと。


「うわっ! もうこんな時間! 早く飯食って、風呂に入って、更新の準備をしなきゃ!」


 時計を見たら、19時30分を少し回っていた。

 僕は毎日21時にその連載作品を更新しており、今回で200話目になる。

 今日の活動報告は何を書こうと考えると顔が少しニヤけた。


 一応、今週分のストックは書き上がっているが、あとは見直す程度だから、焦る必要はない。

 予約更新でもよかったけど、僕はいつも手動で更新しているんだ。

 僕はふと、あれ? と思ったことがある。

 妹はもう風呂から入るのか?

それとも出るのか? と――。


「今、妹が脱衣室にいたから、これから入るのか? あいつ、風呂の時間が長いから、これからだったら更新までに間に合うかもな」


 僕はパソコンをスリープモードに設定し、自室から出る。

 夕飯を食べるために1階のリビングに向かうついでに脱衣所の電気がついているか確認した。

 脱衣室の電気が消えており、風呂場の電気がついていたので、僕はホッとした。



 *



 夕飯を食べ終え、僕は自室に籠もり、感想の返信や活動報告のコメント返信をしたり、更新の準備をしたりしていた。

 登場人物の一人称や誤字脱字の確認をする。

 何度も確認し、投稿ボタンをクリックできるように、マウスポインタに合わせておくのだ。


 部屋の時計とパソコン画面の時計が21時を指した。

 よし、第200話目の更新だ!

 そして、「200話達成しました!」というタイトルで活動報告を時間をかけて打ち込む。


「よし、今日の更新と活動報告は終了! 風呂に入って、宿題をやって寝よう!」


 僕はパソコンの電源を消した。

 やるべきことを終えて、速やかに寝た。



 *



 そして、翌日……。

 あれ? 目覚まし時計の音がしない?

 僕、目覚ましのセットし忘れた?

 いや、セットしたあと寝たんだけどなぁ……。


 僕はおそるおそる目を開ける。

 空は明るく、風は心地よく吹いている。


「えっ!? ここはどこ!?」


 僕は身体を起こし、周りを見てみる。

 そこは僕の部屋ではなく、原っぱで近くに川があるだけだった。

 通りで目覚まし時計が鳴らなかったなぁと思っていた。

 信じられないから、頬を(つね)ってみる。


「痛っ!」


 やっぱり、夢じゃない!

 僕は近くの川に行き、自分の顔を見てみることにした。

 そこに映った顔はまるで別人のようだった。

 サラサラの銀髪に(あお)()をしており、顔の輪郭がハッキリしている。

 服装はどこかの学校の制服を着ていた。


「うわぁ! 僕だよね!?」


 それで、僕は気がついた。


 ここは現実世界ではなく、異世界で誰だか知らない容姿をしているということを――。


 僕はそのあと、とんでもないことに気づかされることを知らずに……。



 *



 僕はできるだけ情報を集めるべく、人がいるところを目指して歩いていた。

 少しずつ人が集まっているところに差しかかったところで話しかけられた。


「ねぇ、お兄さん。どこからきたの」


 彼女はキャラメル色の髪で、僕と同じ蒼い瞳をし、清楚な雰囲気を醸し出している女性だ。

 しかし、声に抑揚がないというか感情がない。

 本来ならば、彼女はおそらく、「ねぇ、お兄さん? どこからきたの?」と訊きたいんだと思った。


「ぼ、僕? 僕はあっちの方のホテルに泊まってたんだ! 僕はルイス。君は?」


 ん? さっき、僕は自分のことを「桜井 拓也」と言ったはずだ。

 しかし、「ルイス」って言ってたよな?

 おまけに、ホテルに泊まってないぞ。

 昨日の夕飯から何も食べてないからお腹ペコペコだ。


「ルイスさん。わたしはシルラって言うの。よろしくね」


 シルラは僕に自己紹介をしてきた。

 やっぱり、声に感情がないけど会話は成立している。



 *



 シルラが言うにはここはルーベンスというところらしい。

 治安は悪くなく、犯罪もないと言っていた。


 よって、僕はルーベンスという名の異世界に飛ばされ、ルイスという名の人物に転生していたのだ。



 *



「ところで、ルイスさんは変な人だね」


 シルラが僕に向かってそう言ってきた。


「変な人じゃないよ。感情があっていいって言ってほしい」


 僕はムッとした表情を浮かべる。


「「かんじょう」。何それ」


 彼女は「感情」という言葉を知らないようだ。

 それに、周りの人の話を聞いていると、イントネーションがなく、棒読み状態。


「シルラは嬉しくても、悲しくても、いつもみんなそのままなのか?」

「う、うん。そうだけど」


 彼女が言うにはそうらしい。

 嬉しくても、悲しくても、無表情な世界だと、僕みたいに違うところからきた人達はルーベンスにいたくないと思う。


「そうだ。話は変わるけど、わたしの家に泊まっていきなよ」

「いいのか?」

「もちろん。行こう」


 確かに、僕の所持金は辛うじてパンが1つ買えるしか持っていない。

 泊まれるのならば、僕としては大助かりである。

 僕はシルラに連れられて、彼女の家に向かった。



 *



 僕達はだいたい20分くらい歩いたところにシルラの家が建っていた。


「ここがわたしの家だよ」

「デカッ!?」


 彼女の家は皇帝か!? というくらい大きい。


「どうしたの。おいでよ」

「こんなデカい家に泊まれないよ」

「大丈夫だよ。わたしの両親はいい人だよ。お父様、お母様、ただいま戻りました」


 まず、お父様とお母様って言っている段階でシルラはお嬢様ではないか!?


「あらあら、シルラ。お帰りなさい」

「そちらの方はどなただ」


 シルラの母さん、にこやかで表情が美しいが、父さんは彼女と同じように無表情だ。


「はじめまして! 僕はルイスです」

「お金に困っていらしたので……」

「いいのよ? 困った時はお互い様だからね。よろしくね、ルイスくん」

「あぁ、そうだな。よろしく」

「メイドのアリーと申します。こちらこそよろしくお願いいたします、ルイス様。本日はお疲れのようみたいですので、ゆっくり休んでいってくださいまし」


 アリーと言ったメイドが僕達に気がついて駆けつけてきた。

 彼女もシルラの父さんと同じように無表情だ。


「アリー、ルイス様を部屋に案内してくれ」

「畏まりました、旦那様」

「アリー、わたしも一緒にいい」

「えぇ」

「ワーイ。ルイス、一緒に行こう」



 *



 僕は彼女らの誘導である部屋の入口に着いた。


「ルイス様、こちらの客間をご利用くださいませ」

「ありがとうございます」


 その部屋に1人で泊まるにはもったいないくらいの部屋。

 その部屋にはベッドや机や椅子があり、さらには風呂とトイレまでついている!


「お食事の時間になりましたら、呼びに伺いますので」

「ゆっくりしていってね」


 彼女らは部屋から出て行き、僕は何もやることがなく、途方に暮れていた。


現実世界(あっち)にいる時にストック分、全部予約しておけばよかったなぁ……」


 僕はぼんやりしているうちに、そのあとの話が次々に思いついてくる。


「紙やペンはないかな……」


 僕は筆記用具を求めて、部屋中を探し回ると、机の中に運よくそれらがあった。

 これらがあるならすぐに小説は書ける。


「よし、書いてみよう!」


 執筆する場所や道具はいつもと違うが、いつものペースでガリガリ書き進めていく。


「あれ? あっという間に2話分が書けちゃった。短編も書きたいな……」


 いつもの連載は2話分で止め、僕は短編小説の執筆を始めた。


 なぜならば、シルラの家族に読んでほしいから。

 ルーベンスに住むみんなに読んでもらいたいから……。



 *



 短編小説の方である程度、書きたいことがまとまった時に部屋のドアを叩く音が聞こえてきた。


「失礼いたします」

「ハイ。ア、アリーさん」


 入ってきたのはメイドのアリーさん。


「ルイス様、夕食(ディナー)の準備ができました。食堂へご案内いたします」

「分かりました」


 僕は急いで机の中に紙とペンでしまい、彼女と一緒に食堂へ向かった。



 *



「ルイス様」

「ルイスくん、こちらよ!」


 シルラの母さんが僕に向かって手を振っている。

 おそらく、彼女は僕と同じように感情がある世界の人間だったのだろう。


「うわぁ! 旨そう!」


 そこには高級レストランのような雰囲気。


「そうでしょう? 我が家の専属のシェフが作ってくださるのよ。ねぇ、アリー」

「えぇ、奥様。ルイス様、冷めないうちにどうぞ」

「いただきます!」


 僕は紙ナプキンをつけ、慣れないテーブルマナーでシルラの家族と食事を始めた。



 *



 あれから1時間かけて、僕達は食事を済ませ、再び部屋に籠もって執筆を再開。


 早ければ明日か明後日くらいには書き終わるかな。

 早く公開したいな、この短編小説を……。


 僕は風呂に入り、そのままベットに入った。



 *



 僕がルーベンスにきてから半日が経った。


 ベットはフカフカで寝心地がよく、ぐっすりと眠っていたのだろう。


「……スさん……ルイスさん」


 誰かが僕の名前を呼んでいる。

 その声はシルラの声……。


「……シルラ? おはよう……」

「おはよう、ルイス。アリーが朝ご飯できたからって……」

「そうなんだ。急いで支度して食堂に行くわ!」

「わかった」



 *



 僕は急いで身支度を整え、食堂に向かった。

 彼女の家族とともに朝ご飯を食べる。


「あ、あの……」

「ルイス様、どうしたんだ」


 シルラの父さんが問いかけてきたようだ。


「じ、実は僕、みなさんに感謝の意味を込めて小説を書いているのです」


 僕が少しかしこまった口調でそう言うと、


「小説? ルイスくん、ステキね!」

「わたしも読みたい」

「私も」

「その小説はいつ書けるんだ」


と彼らは僕の小説に興味を示しているようだ。


「早くて今日中。遅くても明日には書き終わりますよ」

「本当か。楽しみにしてる」

「ルイスくん、頑張ってね!」

「ハイ! 頑張ります!」


 僕はあのあと、彼らのために頑張って筆を取る。

 一応、ざっくり書けたけど、ところどころ修正が必要。

 あとは誤字とかの確認をしっかりと確認して……。


「……書けた!」


 僕が書いた短編小説はある世界からきた青年が現地に住む女性に恋をする恋愛小説。

 実をいうと僕は恋愛小説を書くことははじめてなのだ。

 正直言って、面白いか感動するかは保障はない。


 なぜなら、この家族のために筆を取った作品だから、結果はどうあれ、なんらかのリアクションがあると嬉しいなと思ったから――。



 *



 部屋のドアを叩く音が耳に入ってきた。

 僕が「ハイ」と返事を返す。


「突然、押しかけてごめんね? ルイスくん、書き終わったかな?」

「奥さん、書き終わりました!」

「お疲れ様。ルイスくん、みんなが待ってるわ」

「ハイ。面白いかは保証できませんが……」

「それでもいいのよ。表面的には無関心でも、本当は面白いと思って書いていると思うから」

「奥さん……」

「では、行きましょう!」

「ハイ!」



 *



 シルラの母さんと僕がリビングに着くと、全員僕がくると大きな拍手をして出迎える。


「ルイス、書き終わったの」

「うん」

「お疲れ様」

「ありがとう。みなさまで読んでください」


 僕は部屋に置いてあった紙10枚分使って書き上げた小説をシルラに手渡した。


 彼女らはその紙をみんなに回しながら読み進めている。

 読み終えた人達は今までの無表情から一変していた。


 感動したのかどうか分からないが涙を流している者がいれば、まだ、笑い慣れていないせいか不細工になっている者もいる。


 みんな、それぞれ声に抑揚がついているような気がした。


「ルイス様、とても感動した!」

「ルイスくん、この続きが読みたいわ」

「わたしも!」

「ルイス様、私もです。ステキなお話を感謝しています……」


 シルラの家族がそう言ってくれた。

 もちろん、この屋敷の使用人達も――。


「これが「感情(かんじょう)」って言うんだ……」

「シルラ、分かってくれたんだね……」

「ルイス、わたし、笑ってる?」


 シルラが僕に問いかける。

 彼女は少しイントネーションと不細工な笑みではあるが、感情が現れている。


「うん、笑ってるよ」

「ありがとう!」

「ルイス様、この小説をルーベンスに広めてもいいかい?」

「えぇ、僕は構いませんが……」

「きっと、ルーベンスは笑顔の国になると思うわ」

「そうですよね! お願いします!」


 そのあとの作品の行方は僕には分からない。



 *



 僕のクラスは体育の授業で棒高跳びの授業をしているようだ。

 その授業中に僕は制服姿で棒を飛び越えていた。


「桜井、制服姿で何をやっているんだ?」

「あれ? ルーベンスじゃないのか?」

「オイ、ここは日本だぞ!」

「日本? 異世界(あっち)から戻ってきたんだ!」

「桜井、早く体育着に着替えてこい!」

「ハイ!」


 僕は体育着を取りに教室に向かい、それに着替えて校庭に向かった。



 *



 僕はいつも通り小説情報を見ている。


「あっ……増えてる……」


 そう。

 僕が異世界に行っている間にブクマ件数が150件になっていた。


「僕の作品、読んでくれてる人がいるんだ……」


 僕は嬉しかった。

 その作品を読んで面白いと感じてくれたのかなと思うとなおさら――。


 どんなに自分の作品に自信がなくて、折れそうになっていても読んでくれている人は少なからずいるから。

2016/08/08 本投稿

2016/08/08 修正

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