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異世界に行っても働かずにいられる101の方法  作者: 芋煮
方法の1 異世界に行こう! の巻
2/51

ああっ女神さまっ

「はーい! おはようございまーす!」


 ……深い暗闇から目を醒ますと、何だか、見知らぬ少女が目の前にいた。

 明るい金髪に、空色の瞳、小ぶりで通った鼻筋など、神秘的なまでの美少女だ。薄手の、白いワンピースが良く似合っていた。


「何だ夢か……」


「ちょ、ちょっと、起きて下さいよ! このボクが話しかけてあげてるんですよ!」


「分かったよ母ちゃん。今日はハローワークに行く様に善処するよ……」


「ボクはあなたのお母さんじゃありません! って言うか、そう言って二度寝して行かないでしょう!」


「うるさいなあ」


 耳元であんまり喚かれるので、堪らずに起き上がる。


 見れば、真っ白な空間に、俺と少女だけがいた。自分自身に意識を割いて見れば、着ているカッパやジャージは乾いた泥に塗れていた。水に濡れた、ぐじゅぐじゅとした感覚はなかった為、完全に乾燥している様子だった。


 そんな風に、辺りを確認していた俺と、少女の目が合う。

 すると、彼女は何が楽しいのかにっこりと頬を持ち上げると、ふんす、とその場で胸を張った。その胸部は平たんだった。


「全く、ダメ人間ですね、あなたは! でもいいです。そんなあなたを、ボクが選んであげます! 光栄に思って下さいよね!」


「よし、分かった。分かったから寝てていいか?」


「ダメですよっ! これから諸々の説明があるんですから!」


「説明?」


 そう訊くと、少女は肯き、こほんと咳払いをする。その背はかなりちんまい感じだ。


「さて、浦木生司(うらきせいじ)さん。あなたは、あなたの世界で言う、今日、八月十一日の午後九時三十七分、お亡くなりになりました」


「衝撃の事実判明だな」


「もう少しリアクションを激しくしてくださいよ!」


「あちゃー、俺のやつ死んじゃったかー」


「……もういいです」


 少女は少し肩を落とすと、それから気を取り直したみたいに、


「もっと正確に言うと、実際にはお亡くなりになる予定だったのです! 死の間際、あなたの魂と肉体はこのボクに見初められ、この空間に召し上げられたと言う訳です! はい、拍手!」


「わー」


 ぱちぱちと手を鳴らすと、むふー、と少女はない胸を張った。


「ここで、あなたは疑問にお思いでしょう。何故、こんな無職童貞ダメ人間丸がこれ程までに素敵で無敵でかわいい! ちょーかわいいボクに見初められたのかと!」


「うん」


「ふふん! 素直ですね! いい事です!」


「うん」


 取り敢えず、扱い易い性格であるらしい。俺はテキトーに流す事にした。


「それはね、生司さん。ボクはあなたの、最期の姿勢に、心を打たれたのです!」


「って言うと?」


「あなたは、ダメ人間です。今まで働きもせず、ひたすらに惰眠を貪り、起きればパソコンを弄るだけで特に何と言う事も生み出していなかったどうしようもない穀潰しです」


「うん」


「しかし、それでも、その心の奥底には、輝くものがあった! だからこそ、あの嵐の日に、自分の身も省みずに田畑の様子を確かめに行ったのですよね! その生命を慈しむ心、実にすばら――」


「いや、違うよ」


「え」


「違うって。俺はジジイに強制されただけ。んで、そのジジイも多分俺を計画的に殺したかっただけ。まあ、俗に言う、口減らしだな」


「え」


 数秒、無言の時間が流れる。


 それから――――


「ぼ、ボクを騙しましたね!」


「そっちが勝手に勘違いしたんだろうが……」


「この卑怯者! ばーか! あなた、その年齢と健康体で本当に単なる穀潰しをしてたって言うんですか! ボク、あなたを召し上げて能力を目覚めさせるのにかなり力を消費したんですよ! どう落とし前付けてくれるんですか!」


「知るかよ……」


「どうするんです! ボク、神様仲間の皆にボクの眷属は心優しくとっても強い英雄になるって言っちゃったんですよ! 今のあなたじゃそんな見込みないじゃないですか!」


「知らないって。大体、何だよ、眷属って」


「あなたの事ですよ! いいですか、今、ボク達、神様界隈では人間を使って遊ぶのが空前の大ブームなんです! で、皆がやれ自分の選んだ人間が凄いとか言うから、ボクもやってみようって……」


「で、俺を選んだと?」


 訊くと、自信満々に彼女は肯いた。


「一つ、言ってもいい?」


「何です?」


「お前、頭悪いだろ」


 …………瞬間、時間が止まった。


 そんな、気がした。


「――――な」


「な?」


「何て事を言うんですか、このボクに!」


 だが、時間の凍結はそう長くは続かず、直ぐに顔を真っ赤にした少女が俺に詰め寄って来た。怒りによって声のオクターブが数段跳ね上がっているのか、うるさい事この上なかった。


「いいですか、ボクはとっても強いんですよ! 昔なんてわるいやつらをちぎっては投げちぎっては投げしていたんです! どうです、崇め奉りなさい!」


「それが賢さの証明になると思ってる時点で相当にアホだろ……」


「アホって言わないで下さい!」


「アホだろ。大体、俺が英雄になるなんてあり得ると思ってたのか? 自慢じゃないが、俺はこの生涯で一度も労働に従事していないんだぜ? 筋力なんて衰え、走れば二分でダウンだね」


「だから、それはボクがテコ入れしたんですよ! あなたの精神性に備わっていた隠された“才能”、“特質”! それを目覚めさせてあげたんです! 神に迫る程の一個の能力として昇華させてあげたんですよ! ボクはその所為で大部分の力を消耗してしまった! あなたみたいな、ダメ人間の所為で、です!」


「そんなもんお前が勝手にやった事だろうが。知らねえよ、俺はよお」


「言いましたねえ……っ!」


 少女が歯を剥き出しにして、その怒りを表現する。幼いとは言え、やはりとんでもない美人が凄むとそりゃあ迫力があった。俺がもう二、三歳は若かったらちびっていただろう。


 ……と、まあ、ちびらずに済んだみたいな感じにはしているけれど、ちょっとばかし、漏れちまってはいるのだ。


 ただ、俺の名誉にかけて言わせて貰うと、それは別にこの小娘にびびったからじゃない。

 これはマジだ。天地に懸けて誓ってもいい。

 俺はそんなびびりじゃない。社会に出る事は嫌で嫌で仕方がなかったけれど、恐かった訳じゃない。面倒でどうしようもなかったのだ。


 ――でも、これは無理だ。


 真っ白な空間。


 周囲を包むそれが、急激に割れる。剥落し、真下、遠く、そこに実在する何かが見え始める。


 それは……森だった。

 そして、大地だった。


 同時に、肉体に負荷がかかる。


 直下へ落下していく、大いなる力が。

 重力と言う、どうしようもない鎖が、俺を遥か真下の地面へと縛り付けようとしているのだ。


「お、お前――――何をした!」


「あなたには、何が何でも英雄になって貰います……っ! ボク達がその庭とする遊び場“セレファイス”で、誰もに自慢出来る英雄に! それがこのボクに恥をかかせたあなたの償いです!」


「クソ……! そんな訳の分からん所に行けるかよっ! 俺を元の世界に戻せ! 俺には、まだやるべき事が残ってるんだ!」


「何を!」


「深夜アニメの消化!」


「もう無理です! 力を消耗したボクに、この空間はもう維持出来ない! 共に、セレファイスへ行って貰います!」


「――――この、ドアホがあああああああああああっ!」


 …………そうして、俺は、投げ出された。


 全く以て訳の分からない、未知なる世界へ。

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