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【読み切り】 『街月記 B面』

作者: ヤマトミチカ


 星空が好き。


 夜。バスから降り、家路を進む私へオリオンがついてくる。

 私は星座をよく知らない。いろんな事をまだ知らない。そんな私にもオリオン座はよく分かる。残業で疲れていても、この様にふと目に飛び込むギフトが起こる。残業したからこそ眺めることができたのだ。私は、私の人生もまんざらではないのかなと励ます。


 街の灯りがぼんやりとしか星々を示さない。それでも私には嬉しい世界。月も、きれい。思わずこぼれる、かすれた鼻歌は好きなロックバンドの応援歌。


 私に贈る、私だけの宝物。


 月を見上げる。

 うさぎが私に手をふって、おかえりなさいと笑っているよ。

「お団子」

 つぶやいて、吹き出す。おなかがすいてペコペコだ。

「お月見団子。あんころ」明日、スーパーで白玉粉を買おうかな。真っ白じゃないけれど、好きなお団子を食べて元気を出そう。

 そうやって、玄関のドアを開ける。「ただいま」一人暮らしのアパート。私だけ。でもただいまは言う。言いたいから。それが好きだから。

 もうここからは月もオリオンも見えない。

 そういう私の中には星空が、陽と共にきらめいている。


 部屋の中には好きなものがたくさん。読みかけの本、まだ読めずにいる物語。そして目の前には大きなキャンバス。

 忙しくて、気ぜわしくて、絵を描く気になれないでいる。公募の締め切りは迫っている。でも、描けない。

 夢にも締め切りがあるのかな?私はレンジでチンしたほかほかのお煮染めをほおばりながら首を傾げる。


 No、それは自分で決めていい。


 カートゥーンラビットの様に肩をすくめ、納得する。

(まったく、そのとおり。でも、疲れているって良くないね)カフェオレの甘さを楽しみながら背中をほぐす。絵が好きになっていた子どもの頃。その時には締め切りという概念はなかった。好きだから描いていた。夢とか目標とか出発点とか、そういう単語に置き換える必要すらなかった。私はただ、チラシの裏に好きなお姫様を描いていた。その瞬間で嬉しかった、それが好きだから。ただ描いていた。いや、描くという言葉で行動してはいなかった。言葉ではない。そういう垂直な。ただ、そうしていたのだ。

 星空へ、星座をしらないまま、それに目を輝かせる心。そして、広大な星々の中から物語を見つけるしあわせ。どちらも良い。比べなくて良い。そういうことじゃないもの。どちらも美しいものを見ているから。星を頼りに航海もしていたのだ。生きるために。あらゆる思いで人は夜空を仰ぐ。


「おいしいものも好き」お風呂に浸かりながら深呼吸する。「なんだ、今で楽しいぞ」笑う。またギフトが現れた。私は眠たいなりに〈良いこと〉を集める。子どもの頃にアニメでならった〈良いこと探し〉。素敵な大人のアドバイス。


 あったかい布団も好き。

 明日は晴れたらお洗濯をしよう。青空も好きだから。


 星空が好き。

 私がいなくなってもずっと輝く永遠は、私が生まれる前からの光。そうやって美しいものは形成される。ということは。

(つづければいい。やりたいなら)

 まどろみの中で、思うに任せる。好きだから。また黎明の藍を眺めたい。茜空にも。ごはんも楽しむ。そうであるならば繰り返し、いきるしかない。生活して、空を見ることを大切にできるこころでありたい。天体がとても遠い場所にある不思議。離れているからこそ美しい月。いや、いつか月面荒野にも立ちたい。対面する碧い地球に圧倒されたいじゃないか。そういう空想自体を楽しむ。いろんなことをハッキリ区分しないでおこう。私の予測は当てにならない。勉強しすぎて虎になった男の物語。こころから安心する事をしなかったのかな?あれも私には〈なぞなぞ〉のひとつ。


 どうにかやるさ。やわらかい布団にくるまり意識を最下層へと手放す。


 おやすみなさい。また明日。



(了)


拙作をご覧くださりありがとうございました。

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