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1.化物

初めまして、ぱくどらと申します。


今作品は暴力的な場面があります。血も出ます。

苦手な方はお控えください。

 月も出ていない夜のこと。

 どこかもわからない山道に、一台の車が車体を左右に揺らしながら駆けていく。

 音もしない山の中エンジン音が轟く。

 しばらく道なき道を走り――車はようやく止まった。


「降りろ」


 運転していた男が、助手席に回り込みドアを開けた。


「……はい」


 返事をしたのは、助手席に座っていた十五の盲目の少女。名前を、玉緒、と言う。

 枯れ木のようにやせ細り、頬には生々しい火傷の痕がある。

 年頃の少女とは思えない薄汚れたTシャツとジャージを着て、靴も履いておらず皮と骨の貧相な裸足だった。

 玉緒は慎重に恐る恐ると車から降りようとする。

 が、男は舌打ちをすると玉緒の細い腕を掴み、力任せに車から引きずり下ろした。

 地面へと叩きつけられ、黒髪の長い髪が無造作に広がる。

 痛さで顔を歪めた玉緒だったが、男は心配するどころか忌々しく見下ろすだけだった。

 

「どこへでも行け。てめぇの醜い顔は吐き気がする」


 そう冷たく言い放つと唾を吐き捨て、再びエンジンを轟かせその場から去って行った。


    ◇    ◇


 山に、ある奇妙な生き物が住みついている。

 人の身長ほどある大きな顔。

 顔全てがごわごわとした剛毛に包まれ、半分は大きな瞳の目、半分は口。

 口は鋭い八重歯が並び、どんなものも食い千切れる。

 ただ――手足がなく、顔だけしかない――人食い化物だった。


 化物は山を知り尽くしている。

 山は化物にとって庭であり縄張りだった。もう何百年と生きている。

 化物の凶暴さを知っている動物たちは、化物に近寄ろうとはしない。

 出会えば食われる、それを本能でわかっていた。


 だが、その日は違った。


 獲物を探している午後のこと。見下ろせる大岩から、大きな目で注意深く森を見ている時だった。

 静まる森の奥で、わずかに動く獲物を見つける。


 ――目の前で動くとは良い度胸。


 普段獲物は隠れており、見つけるのに時間を要する。が、こうもあっさりと見つけられるとは。

 化物は馬鹿な獲物を見つけたと喜び、生肉の旨みを想像しながら一気に跳ね跳んだ。

 頭しかない化物だったが、移動は容易かった。飛び跳ねれば、木も簡単に飛び越えられる。

 その時も一気に上空へ飛び跳ねると、獲物の目の前にどんと着地をした。

 大きな振動に一瞬山が震える。

 が、目の前にいたのは、珍しい獲物だった。


 ――これは!


 人間。倒れているが僅かに動き、生きている。


 見るや否や人間の足目掛け、鋭い牙を立てる。

 化物は人間の生肉が一番の好物だった。


「ああっ!」


 人間が叫び声を上げる。口の中に広がる血の味と臭い。

 が――何か違う。


 ――不味い。


 噛み切ろうと牙を立てたものの、この人間の足は皮と骨しかない。

 全く旨みがない。血も以前食べたものよりも薄い気がしたのだ。

 化物は口を広げ、少し、人間から離れる。


 ――なぜ不味い。生きているのに。


 そう思い、人間の様子を見てみた。

 

 噛んだ足から鮮血が流れ出て、小さな血の水たまりができつつある。

 当の人間は逃げようとはしない。痛さもあるのだろうが、少しも逃げる素振りがない。

 良く見ると――人間は固く目を閉ざしている。痛さを唇を噛み締めることで押し殺し、ただひたすら、流れる血を手で止めようとしている。


『貴様……目が見えぬのか』


 久しぶりに言葉を出した。

 人の声とは思えない低さに、人間――玉緒はビクッと身体を震わせた。


『答えろ』


 目の前に感じる気配に、恐怖を覚えた。が答えなければと思い、必死に首を縦に振った。

 足から激痛が走り、必死に痛みを堪えている。


『なぜここにいる』


 答えたい。が、玉緒に声を出す体力は残っていない。

 置き去りにされたままずっと動けずにいた。

 もう何日も食べていない。生きているのが不思議なぐらいだった。


「……す、て……られ……て」


 口の中が乾燥して言葉がうまく出てこない。

 なんとか答えねば、そう思っていたが……痛みと空腹に耐えられなくなった身体が、とうとう耐えきれず意識を失ってしまった。


    ◇    ◇


 化物は、ぴくりとも動かなくなった獲物をどうしようかと考える。

 近寄って様子見て見れば、まだ息は弱いものの死んではいない。

 せっかくの生きた人間だ、このまま放置をして死なすのも勿体ない。

 だが、このまま食うても不味いのだ。


 ――太らすか。


 そう決めると、化物は口から大きな黒い舌を出し、器用に玉緒の下に潜り込ませひょいと頭の上に乗せた。

 乗せても重さを感じない。干からびた木の枝のようだ。


 ――たっぷりの肉汁を感じながら、香りの良い血を楽しむ。楽しみが増えた。


 想像するだけで涎が滴り落ちそうだった。化物は意気揚々と寝床まで玉緒を運んで行った。


 化物の寝床――山の滝の裏にある洞窟の中。ジメジメとする洞窟の奥が、化物が住み家だった。

 そこへ、運んできた玉緒を降ろした。

 見れば、まだ足からは血が流れ出ていて意識は戻っていない。息はまだあった。だが、いつ目覚めるかはわからない。


 ――ひとまず、太らせねば。


 そう思い、化物は食糧を集めるべく洞窟を後にした。


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