恩恵、または呪い
「目を開けて?カナタ」
エリス様の声に促され、目を開く。するとそこはなんだか見覚えのある景色だった。
「ここは…」
「そう。対して懐かしくもないかもしれないけど、君がこの世界に降り立ったちょうどの場所さ。ここで魔法の練習をしてから山賊たちのアジトに行こう」
森の中に不自然に開けた広場。たしかに魔法の練習にはうってつけだ。
「えーとベルフェは…寝てるか…」
「…?あ…」
よく見たらいつの間にか木の枝に止まって身じろぎ一つしないフクロウがいた。
だがどういうわけか…
「なんだかベルフェって浮いてません?雰囲気というか…」
「…?あぁ。たしかにベルフェの周りには魔力が集まるからねー…今のカナタには違和感があるように見えるかもしれないね」
…今の?
「あ!話してなかったけどカナタもう魔族って枠に入ってるからね。そこんとこよろしく」
…え?
「いやいや。待ってくださいよ…どういうことですか?」
今思ったんだがこの神様の行動は全部気まぐれなんじゃないんだろうか…
いや、その神様に従わないといけない俺は大丈夫なのか…?不安だ…
「カナタの中にベルフェゴールを入れちゃったからねー…元々黒髪だったからその点は変わらないと思うけど眼とかもうだいぶ赤くなってるよ?もう身体能力も上がってるんじゃない?それは種族の特性だけが原因じゃないけどさ」
ちなみに悪魔系の魔族は(サキュバスなんかがこれにはいるんだとか)総じて黒い髪に赤い眼、という特徴を持っているらしい。
いやそれって…
「人間やめちゃったんですか俺…」
「うん。卒業おめでとう!あと時間無いからさっさと魔法の練習はじめるね?」
「はい…」
涙ながらに答えた。我ながら短い人生だったなぁ…
これから何生だろう?魔生?うわ、ろくでもなさそうだ…
「…ちゃんと聞いててよ?カナタには今から第七位階魔法【シェイド】と第五位階魔法【ジャベリン】の二重詠唱を覚えてもらうんだ。【シェイド】は発動自体は第十位階程度の難易度なんだけどね…継続にコツがいるんだよ。まぁカナタならごり押しでもなんとかなると思うけど…ベルフェの分の魔力もあるし」
「…あの、質問いいですか?」
「ん?なに?」
「二重詠唱っていうのは…?」
「あぁ。魔法を二種類以上同時に発動させるテクニックみたいなものだよ。【ジャベリン】って影から槍みたいなのをにょっきにょっき生やせるってな魔法なんだけどね、それに影自体を生み出す【シェイド】って魔法を組み合わそうってことを今からやるわけだよ。わかった?」
「…いや、理解はしたんですけどそんなほいほいできるものなんですか?」
というかさっき難しいとか言ってた気が…
「え?いけるいける!カナタなら全然大丈夫だよ!」
エリス様はそう言いながらくるくると回りだした。それに合わせて鮮紅の髪が躍る。
そしておもむろに回転をピタッと止めた。
「それじゃあまずは【シェイド】からね。さっきの要領でやればいいよ」
回ったのはなんだったんだ…
「…魔力を声に乗せるやつですか?」
「そうそう。それ」
「【シェイド】」
すると月明かりに照らされて多少なりとも明るかった芝生の上に真っ黒い影ができた。円状の。大きさはサッカーボールぐらいだろうか…?
だが数秒するとフッと消えてしまった。
「発動はイイね。じゃあ次は継続だよ。魔法と自分の間に糸がつながってるようなイメージを持つんだ。そしてその糸を切らないように気をつける。これで継続はできるはずだよ。やってみて」
「わかりました。…【シェイド】」
するとたしかに出来た影と自分との間に何かしらの繋がりがあるのを感じた。その繋がりを切らないように気を付ける。
「いい感じだね!その調子でどんどん【シェイド】を増やしていってみようか。カナタの魔力から言ってあと三個ぐらいかな?できそう?」
「…やってみます。【シェイド】、【シェイド】、【シェイド】」
すると三個の繋がりがまた新たに感じられた。それも切らないように気を付ける。
合計四つの影が地面に浮かんでいる。一つ発動させるよりも神経を使うな…
「うん。いい感じだね!辛くもなさそうだし。じゃあそのつながりを意識したままどれか一つの影から黒い棘が出てくるようなイメージをつくるんだ。【ジャベリン】って唱えながらね」
「はい…【ジャベリン】」
するとちょうど広場の真ん中あたりに作っていた影から音も立てずに真っ黒な槍がまっすぐに突き出してきた。
「うわっ!」
まぁいきなり自分の背丈ぐらいの凶器が現れたことにびっくりして【シェイド】との繋がりから意識を離してしまったのだが。
すると四つあった影と【ジャベリン】は揺らぎながら消え、広場はただの広場へと戻った。勝手に消えるのか…便利だな…
「あらら。まぁ最初だし仕方がないか…よし、じゃあ今のを繰り返しやって四つ全部の影から【ジャベリン】を出せるようにしてね。んー…でもそうだな…その前に君にステータスを見せておいてあげよう。【ステータスウィンドウ】」
するとヨシュア少年が持っていたようなガラス版がエリス様の手に現れた。まぁやたら装飾華美なフレームがあったりして最初にみたものよりは断然見目がよかったが。
「それじゃあこれに手をつけてね…いいかい?【オープンステータス】」
あの時と同じようにガラス板に手をつけ、エリス様が魔法を使うとガラス版に白い文字が刻まれていった。
そこには…
【名前】辻占 彼方
【年齢】十七歳
【種族】魔族
【状態】健康
【称号】《ハードラック》《堕ち人》《奴隷》《神に愛された者》《怠惰の大罪》《魔術書架:闇》
【スキル】《ハイセンス》《ハイフィジカル》《悪魔の炯眼》《血の狂乱》《原書解放》
むぅ…なるほど。種族が魔族になっている。本当に人間はやめてしまってたみたいだ。 後は称号やスキルの欄にいろいろ追加されているが…どういうことだろう?
「あの…」
「あぁ。わかってるさ。一つずつ説明していこう。まぁ称号あったところで効果もないからね。読んだまんまだよ。それでスキルの方だけど…まず《ハイセンス》。これは魔法とか、色んな技術とかが身に付きやすくなるって考えたらいいよ。効果は実感できる程度には大きいし、気に入ってもらえると思う」
俺が聞くまでもなく、エリス様はにこにこしながら説明を始めた。いきいきしてるなぁ…
「《ハイフィジカル》の方はカナタも気づいたと思うけど劇的な身体能力の向上の効果だね。徹夜で山を一つ二つ超えたって全然平気なぐらいは丈夫になってるね。多分。でも基礎体力がないと効果を大きく実感できないかもしれない」
「多分って…」
「まぁ僕も試したことはないからねー。それで次に《悪魔の炯眼》ってスキルなんだけど」
スルーかい…
「結構特殊なスキルで、『目を凝らすと』魔力が見えてくるんだ。やり方は声を出すときと同じで目に魔力をこめるみたいな感じ。まぁそのうちできるようになるよ。最初は【悪魔の炯眼】とか言った方がいいかもしれない。でもそれを使いこなせれば【術式阻害】っていう相当便利な魔法が使えたりするから使う練習は時々したほうがいいかもね」
「【術式阻害】っていうのは…?」
「文字通り、魔法が発動する前に魔法をキャンセルする魔法だね。魔眼系のスキルって何個かあるんだけど一番使いづらくて一番保有者が少なくて一番凶悪なものだね。まぁカナタなら使えるかなーと思って入れといた」
「使えるかなーって…」
使える気がしないんだが…
「まぁ使うときは若干目が光ったり見えちゃいけないものとか見えたりするけどしょうがないよねー!ということで次のスキルにいってみようか」
「………」
なんだか…疲れました…
いや、俺ってば幽霊とか本当にダメなんだけどなー…あーでもファンタジーの世界だしアンデットとかもいるのか…まぁでもゾンビとか骨とかが動いてもさほど怖くないからいいか。
それにしてもこの神様ぐいぐいくるよなー…絶対俺で遊んでるよ…
「《血の狂乱》だったね。これはどちらかというと悪いスキル。発生条件は『自分が一定以上傷つくこと』でこれが発動すると周辺の生き物を見境なく攻撃しだすんだ。まあベルフェをカナタに入れたデメリットみたいなものかな…まぁ気をつけといて」
「…わかりました」
なるほど…暴走があるのか…万が一のために対策は考えておいた方がいいかな。
「《原書解放》は僕がカナタに渡した《魔術目録》に関係するスキルなんだけど…まぁ今説明するのもあれだから落ち着いたらベルフェからでも聞いてね」
「なるほど。わかりました」
「んー…じゃあこれで一通りの説明は終わりかな?さっきの練習やっててね。僕はベルフェをいじってくるから」
そういってエリス様はベルフェが止まっている木の下まで行くと意外に素早い動作でベルフェを捕獲した。
そのまま腕の中に抱いて、くすぐったりして遊んでいる。ベルフェは抵抗する子もないらしく、されるがままだ。
その様子を横目に、俺はひたすら反復練習を始めた…
説明回は一応ここで区切りです。
次回はいよいよカナタと盗賊たちの戦闘です!