女神の甘言
「あ!それと《魔法目録》を渡しとくね。まぁ変なのに狙われても面倒だから…闇魔法だけに限っとこうかな」
そういうとエリス様は宙から本のようなものを取り出した。(【ストレージ】という魔法を使ったらしい)。
そして…
「えいやっ!」
とかいいながら俺の体にその本を突き刺した。
「え?ちょ!痛……くない?」
そう。あきらかにエリス様の腕は俺の腹に埋まっているのだが…まったく痛くなかった。シュールだ…
すぐにエリス様は手を抜いたが本はもう持っていなかった。
「ふっふーん。カナタの概念世界に《魔術目録》を置いてきたよ。使い方はベルフェに聞いといてね。どう?エリス様すごいって思った?」
「軽く引くぐらいにすごいですね」
「ガーン…」
率直な感想を言ったところ結構ショックを受けてしまったらしい。
な、なにか話題を逸らさねば…
「あ、そういえば俺って魔法適正とかなんなんですか?」
「あれ?言ってなかったっけ?んー…あ!そうだ!せっかくまだわからないんだしアレをしてあげるよ!」
いや、闇ってさっき言っちゃいましたよね?確認のつもりで聞いたんだが…
そう言ったエリス様が虚空に手を伸ばしたかと思うとその手には水晶のようなものが握られていた。
「じゃあさっきの要領で【インジェクション】って唱えながらこの水晶に魔力を送り込んでね」
と、水晶を俺に手渡してきた。おお、結構重い…
「それは魔水晶って言って《ステータスボード》の材料になったりこうして魔力の属性やポテンシャルを測るために使われるんだ」
とのこと。ほう…
「じゃあいきます。【インジェクション】」
すると効果はてきめんに表れた。
指の振れている部分からさっきの黒い光のようなものが水晶内に広がっていき、やがて全体まで行き渡る。
すると今度はどんどんと色が濃くなっていき、水晶が震えはじめ…え?震えはじめ?
「ちょ!魔力入れすぎ!爆発するって!ベルフェ!」
エリス様があわてた様子でベルフェに言った。すると…
「【形象崩壊】」
そう言った声が聞こえてきた途端、魔水晶は振動をやめ、ぼろぼろと砂のようになっていってしまった。
「これは…」
「…第四位階魔法【形象崩壊】……無生物なら…ほとんどなんでも砂みたいに……できる…。まぁ防具に…【形象強化】とか…その効果を含む防御魔法……かけられてたら役に立たないけど」
「そうそう。どんな魔法にも対となる魔法があってそれを使えば打ち消しあうようなシステムになっているんだ」
「なるほど…ところで【形象崩壊】って何属性の魔法なんですか?」
そう聞くとエリス様とベルフェは顔を見合わせ、そしてエリス様の方は笑い出した。
「アハハ…いや実はこれって土属性じゃないといけないんだけどベルフェは闇属性でこれを再現したんだよ。まぁカナタには生涯関係のないテクニックと思うから気にしなくてもいい。天界と地上と冥界に七人ずついる【七賢人】だけが使えるものだからね」
「…いや、私を…カナタの中に…入れたの忘れた…の?」
「アハハ、ハ、ハ……そういえばそうだった…」
なんだか痛いところをつかれたらしく、エリス様はガクリと膝をついた。ぶつぶつと「ベルフェに突っ込まれるなんて僕もヤキが回ったなぁ…」とかいう声が聞こえる。
「…まぁ、私にも…コクリ…関係あることだし…コクリ……一応…教えといてあげ…る……」
あ、寝た。
じゃなくて…フクロウの頭をコンコンと小突いてあげる。
「…ふわぁ…で、なんだっけ…そう、【七賢人】だっけ…?簡単に言えば、自分の属性でほかの属性の魔法を再現できる…みたい…な……」
ガクン。
…いや、つかフクロウってこんなに首が上下に動くっけか…?
しょうがないのでまた頭をコツンとやる。なんかだんだんかわいく思えてきたな…
「んぁ…まぁ…私がカナタの……概念世界に住んでる以上は……カナタも…頑張れば使える……テクニック…か…も……」
そこまで言うと今度は安らかな寝息が聞こえてきた。
コイツ……
するとそこでちょうどエリス様が起き上がる。どうやら立ち直ったみたいだ。
「うん。まぁベルフェが言った通りだね。一日二日で使えるようになるモノでもないから当面気にしなくていいよ」
「はい、わかりました」
そう答えるとエリス様はあからさまに不機嫌そうな顔を俺の顔にぐいっと近づけてきた。いい匂いが…ハッ!へ、変態でも匂いフェチでもないぞ俺は!
でもやっぱり顔が怖いほど整ってるな…たまらずどきどきしてしまう。
「むぅ…どうしても他人行儀なんだね、カナタは…まぁいいけどさ。ここを出ればしばらく会うことはないわけだし…」
「…ここってこの奴隷商館のことですか?」
「そうだね。ここを出てからはしばらくカナタの自由にさせてあげるよ。…そうだ!」
そこまで言うとエリス様はいきなり顔を引いた。
そして顎に手を添え、ふんふんとうなり始める。
「今から外に出てカナタを売りとばした盗賊どもに仕返しに行こう!」
「…いきなりですね…」
何を言い出すかと思えばそんなことだった。というかあんたが全部仕組んだんでしょうが…
「まぁ確かにカナタが望んだこととはいえ、こっちに勝手に連れてきた僕も悪いっちゃ悪いしカナタだってあいつらのことがむかつくだろ?それに捕まってたあの女の子を助けたいんじゃないのかい?」
「…!なんでそのことを…」
「僕がカナタに関してわからないことがあるわけないじゃないか。君のことは何でも、お見通しなんだから」
あの妹によく似た容貌が脳裏にちらついた。だが女の子を助ける、という行為と盗賊を皆殺しにする、という行為はイコールで結ばれてしまっている。
「それでも俺は…」
「もしかして人を殺すことに躊躇を覚えてるのかい?大丈夫、もうここはもとの世界と違うんだ。牢屋にいた時の気持ちを思い出して。決めていたじゃないか」
確かに殺してやるとは思ったけど…
やっぱり、それはいけないことじゃあないか。
よく考えろ、カナタ。もう後戻りできなくなるぞ…
だがそんな言い訳をする心とは別に、口元はだんだんとにやけはじめた。
「それに今回はあの女の子を助けるって大義名分もある。それに僕…人を殺せない駒を持つつもりはないよ?」
エリス様も微笑みながらそう言う。
「駒って…」
ここで思わず声に出して笑ってしまった。
「不服かい?そうでもないだろう?なぜなら僕はそういう人を選んだんだから。さぁ行こうか。この手をとって?」
そうして手が差し出された。俺は特に躊躇いなく手を伸ばす。
そうなのだ。俺はそういう人間だ。
悩むのはフェイク。かぶった善人はブラフ。
本当は冷酷で、だけど自分という人間をそうじゃない風に装った。そしていつしか愛想笑いを続けることにも疲れて、ありのままの自分で過ごせる世界に行きたいと思った。
その願いを、きっとエリス様は聞いてしまっていたに違いない。
ようやく解放されたのだ。この世界に来て。奴隷という首かせははまってしまったけれど。
それもあれこれ面倒なことを考えないためというなら喜んでその首かせを自分の首にはめよう。
そして俺の手を取ったエリス様は極上の笑みでこういった。俺もそれに満面の笑顔を返す。
「ようこそカナタ。《異世界》へ!」
次の瞬間に人影は消え去り、牢屋の中はただ鉄格子のはまった窓から月光が差し込んでくるだけの空間になった。
それに気づくものは誰一人いない。
気まぐれ投稿です。
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