黒の怠惰
「それでね?カナタをこっちに呼んだ理由なんだけど…」
そしてエリスは俺に顔を近づけ、目をのぞき込むと言った。
「僕に代わって世界を引っ掻き回してほしいんだ。それで、大きな戦争を起こしてもらいたい。できるだけ、大きな戦争を」
「え…?」
予想外の言葉に頭がフリーズする。
「驚くのも無理はないと思うけど…僕は争いの神様なんだ。不和の神とも呼ばれるね。でも今の世界はあんまりにも安定しすぎていてそろそろ僕の神性がなくなってきてるんだ。このままだと神の座を追われるかもしれない…まぁ兄様がそんなことを許さないとは思うけどね。まあ君にわかりやすく言うなら『お腹が減って今にも死にそうだ』って感じかな?感覚としては。もちろん気は進まないだろうけど絶対に嫌というわけではないでしょ?どう?やってくれるかな?」
頭を切り替えて、考える。
…戦争。戦争といっても種類は多種多様だ。この神様のいわゆる食べ物のようなもの、が『争い』だとか『不和』だとしたら、あるいはそれは小規模の諍いでも必要最低限ではあるのだろう。
だが『戦争』なんていう大きな争いがなければエリスは『神』を続けられるのだろうか…?答えはノー。だから俺にそれを起こさせようっていうのか…
…まぁ誰も彼もに恨みを買うのはごめんだ。人が死んでいくのを見るのが好きというわけでもない。
でも確かにエリスが言った通り凄まじい嫌悪感があるわけではないのだ。前々から感じてはいたが自分は少々冷酷らしい。しかもこの性格が買われてこっちの世界に来たのだとしたら…とんだお笑い草だ。そしてなにより…
「…もし断ったとしたらどうなるんですか?」
「むぅ…敬語は使わなくていいって言ったのに…まぁ、そうだね。断ったら…何もしない。つまり、奴隷としてこき使われて、ぼろ雑巾みたいになって死ぬ。まったく見知らぬ、こんな世界でね」
…やっぱりそうくるか。エリスは俺の生殺与奪の権利を持っている。ならやるしかないじゃないか。なにであろうと。
「…わかりました」
「本当に!途中でやめるのとかはなしだからね!うっふっふー…それじゃあ今からカナタに力を与えるよ!母様たちもいろいろしてくれるみたいだから楽しみにしててね!いやぁ…僕も楽しみだな!」
そういうとエリス様はぱっと炎を消してしまった。真っ暗で何も見えなくなる。
するとエリス様が下にしゃがみ込む気配がした。そこでふと月明かりが差し込み、エリスがしていることが明らかになる。
「…魔法陣?」
「んー…まぁ正確に言えば召喚陣かな?カナタはこのままじゃ魔法が使えないからねー…ちょっと面倒だけどあいつの力を借りようと思ってさー…」
せっせとエリスは召喚陣を書いていく。つかあれどうやって書いてるんだ?って思ったらエリスの指がペンみたいになってるぽかった。
後から聞くと【ライティング】とかいう魔法なんだとか…便利だなぁ…
「よっし完成!【召喚の書】」
エリス様が魔法陣を書き終わった後にそう言うと、ポンという音がしそうな感じで分厚い本が現れた。音はしなかったんですけどね。
「【召喚・ベルフェゴール】」
そう唱えるまでは聞こえていたのだが、そのあとに続くのは俺の知らない言語のようで聞き取れなかった。やっぱヘブライ語みたいなのかな?召喚といえば。まぁこっちの世界の歴史は根本的に違うだろうからおそらく違うと思うけど。神様が本当にいるぐらいだし…
「――――ベルフェゴール!」
そうこうしているうちに呪文を唱え終わったらしく、エリス様も魔法陣へかざしていた手をおろした。心なしか疲れている気がする…。
「はは…やっぱこんな儀式でさえきついね。忌まわしい…」
「…その…大丈夫なのか?」
「飢えた狩人だって狩りはするだろう?ほかならぬ飢えを満たすために。ちょっとぐーたらしすぎた罰でもあるね…あ、来たみたいだ」
すると急に魔法陣が赤く輝きだした。徐々に魔法陣の中央に人影が見え始める。それは何度か点滅していたがそれも消える。顔は伏せているのでわからない。
またエリス様がパチンと指を鳴らした。するとさっきよりも大きい光源が現れ、魔法陣の人影を照らす。
「お久しぶり、ベルフェゴール。元気にしてた?」
「…眠い。おやすみ」
…うん。その人影は目にも留まらぬ速さで寝ころんだんだけどね。…ふぅ…そろそろ精神的疲労が…
「カナタにも紹介しよう。怠惰の悪魔、ベルフェゴールだよ。愛称はベルフェ。【大罪】の一人で実力は折り紙つき。あとは僕の一番の遊び相手かな?まぁやることと言ったらだらだらするだけなんだけどね」
エリス様が紹介すると、悪魔ーベルフェゴールはこちらに寝返りを打った。まず目につくのは服装だ。まぁ説明は省くがサキュバスとかが絵でよく着ている服(服と呼べるのかは知らない)みたいなモノを着ていた。レザーのピッチピチのやつ。顔へと視線を移すと眠たげな紅い目にこれまた人間離れした美貌が目につく。そして頭には角がついていた。巻いてるやつね。
ちなみにでかい。確実に80オーバーはある。何がとは言わないが。あと尻尾もついてていかにも悪魔って感じだ。
「…よろ」
「あ…よ、よろしく?…」
ものすごく億劫そうな喋りをするので話しづらい。ところで今から何が始まるんだろうか…
「うん。自己紹介は済んだね!じゃあこれからベルフェをカナタの中に入れるよ」
「………はい?」
なんかものすごくおかしなことを口走った気が…
「…?あぁ、言い方が悪かったかな。さっきも言った通りカナタは今のままじゃとてもじゃないけど魔術を使えないんだ。だからカナタの魂にベルフェの魂をくっつけて『魔法の才能があった』ことにするんだよ。今の僕の神性じゃそれが限界だね。ちなみに拒否権はないから。ベルフェもカナタが死ぬぐらいまでは出てこれないけど大丈夫だよね?」
「ふぁあ…【堕ち人】の…概念世界はおもしろいって聞いた気がするから…全然お…け……」
…あまり理解はできなかったが、ようはベルフェが俺に『憑りつく』といったイメージだろうか?ていうかお前寝すぎだろ…
「まぁそういうことだから…早速始めようか!カナタはベルフェの魔法陣のとこに横になってね。ベルフェはいったんどいて」
するとベルフェはゴロゴロと牢屋の隅まで転がっていった。なんで尻尾が絡まないんだ…
それはさておき、ごろんと魔法陣の上に横になった。エリス様はこちらを向いてにやにやしながら…
(…嫌な予感が……)
「――――――!」
またわけのわからない言葉で呪文を唱えた。
…しばらくたっても何も起こらない。どうなるんですか?とエリス様に聞こうとしたところで…
「ガッッ…!熱ッ…!」
突然胸に焼きごてをあてられたような痛みが走った。実際にやられたことはないけど熱痛い!とにかく痛い!
ジタバタとその場でのたうちまわる。視界は涙にまみれてぼやけていたがエリス様が笑いながら俺をみていることは不思議と分かった。
なんで楽しそうなんだ…
その疑問を最後に、俺の意識は黒に塗りつぶされた。
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「…概念世界の扉を開けただけなのにこんなに拒絶反応が出るなんて…やっぱカナタを選んで正解だね!ベルフェもそう思うでしょ?」
とエリスはベルフェに語りかけた。
ちなみに概念世界というのは魔力をためておく池みたいな役割を果たす場所であり、中に入っている魔力の量が多ければ多いだけ概念世界の扉を《開く》と強い拒絶反応に襲われる。カナタの今の状態がそうだ。
「そう…まぁ眠いからさっさとして…」
「はいはい。まぁ気絶しといてよかったかもね。ハジメテって相当痛いらしいから」
「…下ネタ…?」
「あ、下ネタといえばアレは元気にしてる?アスモ」
「…私がニートなのをしらないわけじゃ…ないでしょ…?バカ…なの?死ぬ…の?」
「いやいやそりゃ勘弁だよ…今の僕は君に傷一つつけれないぐらい弱ってるからね」
そんなことを話しながらエリスはカナタをごろんとうつ伏せにさせると服をめくり、背中の肌をさらした。そして【ライティング】を発動させると背中に模様を刻んでいく。
その書かれていくタトゥーは然るべき人が見ればベルフェゴールの《印章》だとわかったかもしれない。その然るべき人が何人もいるかといえば一人いるかいないかなのだが。
そしてそのタトゥーを書ききるとエリスはベルフェと交代し、ベルフェは自らの指先を切り、滲み出した血でそれをなぞり始めた。
それも終わると、ベルフェはスッとどこかへ消える。同時に、カナタの体がビクンッとはねた。
しばらくは痙攣したかのようにピクピクと動いていたカナタだが、数分もするとそれもおさまる。
エリスはその様子を満足げに見ながら部屋の隅へと腰を下ろした。朝はまだ来ない…
よく考えたらこのペースならストックが結構もつのでしばらく隔日更新でいこうと思います。