傍迷惑な女神様
あの後商品交換がされ、盗賊はほくほく顔で帰って行った。金貨というのがどれだけの価値かは知らないが人身売買であるのだからそれなりに高金額だったんだろう。
というかなぁ…ふつう逆だと思うんだよなぁ…
異世界で俺TUEEEE!して奴隷でハーレムがスタンダートだろ…
「おい!ジンジャー!新入りだ!案内してやれ!」
商人は盗賊が帰るや否や召使を呼び出した。出てきたのは…
(でかい!?)
身長は確実に2mオーバー。さらには目を除いて顔を布でぐるぐる巻きにしているので怪しさMAX。
おそらく奴隷たちが逃げ出さないかどうか監視している看守なのだろう。
「…かしこまりました」
と、野太い声が聞こえた。当たり前だが男のようだ。
「ついてこい」
そういって看守は奥へと引っ込んでいった。それに大人しくついていく。憂鬱だなぁ…
店の奥にある木でできた扉をあけると、木造の商店の方とは異なり、石造りの建物が顔をのぞかせた。
そのまま奥へと進んでいく。やはりというかなんというか両脇には牢屋がずらりと並んでおり、老若男女様々な奴隷がギラギラとした目でこちらを見てくる。
そのまま一番奥の牢屋へ行くと、そこに入れられた。中には毛布と、壺以外は何もない。
盗賊の所よかましか…
ん?壺…?
「…ところでお前は壺で用を足したことがあるか?」
「え?あ、あぁ…ありませんけど…」
急に話しかけられて相当びっくりした。というかやっぱりトイレ替わりかよ!
聞いたことはあったんだけどさ…まさか自分がこんな目に遭うハメになるとは…
「…使い方は?」
「たぶんわかると思いますが…」
「…ならいい。入れ。魔法は使えないようだから拘束はしない…」
男の手元を見るといつの間にやら先ほどのガラス板を持っていた。
俺が牢屋の中に入ると男は手慣れた感じで鍵をかけ、また戻って行ってしまった。
「…寒いな」
窓があまりないので牢屋は全体的に薄暗い。そのせいで気温も低いようだ。
毛布にくるまり、どうせすることもないからと目を閉じると家族たちの顔が浮かんできた。
優しい母、気難しい父、活発な妹…
とりたてて特別でない家族だったが、今思うと幸せな家庭だったかもしれない。
これからどんな風になってしまうんだろうかなんて想像をしながら、俺は眠りについた。
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「…ナタ…」
うぅ…誰かが俺の名前を呼んでいる気が…
「目を覚ますんだ!カナタ!」
急に大声で呼ばれ、飛び起きる。
え?え?何だ?つか暗くて何も見えない!
「やっと起きたね…あんまり僕を煩わせないでほしいなぁ…」
ようやく、俺は人の気配に気づいた。正体を見ようと目をひそめていると…
「…?あぁ…僕が見えないんだね。ちょっと待ってよ…」
そういって少し経つと、パチンという指を鳴らす音が聞こえてきた。と、同時に蝋燭の炎のような火がともる。
そうして照らし出されたのは…
美貌だった。まるで作り物みたいな。
鮮やかな赤の髪は肩までで切りそろえられており、髪の毛は一本一本が意思を持っているかのように揺らめいている。
金色の目はどこまでも澄んでいて、見た人を惹きつけてやまない。
すっと通った鼻は言わずもがな、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべている口もまた魅力を持っていた。
あまりの美しさに、俺はぐっと息を詰まらせる。
「はじめまして。僕は女神エリス。平たく言うと、君をこっちの世界に拉致った張本人だね!これから、よろしく」
唐突に自己紹介されると、手を突き出してきた。どうやら握手を求めているらしい…
「よ、よよよろしくお願いします?」
いきなりの事態に頭がついていかず、変にどもってあいさつを返したあげく汗ばんだ手をぬぐいもせずに握手に応じてしまった。
「あぁ、よろしく。別に緊張しなくたっていいんだよ?カナタには僕にできるだけいい感情を持っていてほしいからね。敬語なんかも使わなくていいから」
「はぁ…」
手をぱっと離された。深呼吸を一回…二回。気分を落ち着かせる。
そして、気づいた。女神…?
「それじゃあ早速説明を始めようか。僕がカナタをこの世界に呼んだ理由とか」
「…はい?」
待て待て…いまいち状況が理解できないぞ?
「まぁまぁ。まずは話させてよ。ね?」
そう言って問答無用とばかりに女神さまとやらは説明を始めた。
…深く考えずに状況を飲み込んどこう…
「まず、この世界には名前がないんだよ。みんな世界はこの世界しかないと思っているからね。それで五つの、まぁ正確に言えば七つの種族が生活してるんだ。これから言う地形は名前からニュアンスを察してほしいんだけど…まず大陸中央のど真ん中には普人族が陣取ってるんだよね。一番団結力のない種族でねぇ…しょっちゅう戦争にならない程度の小競り合いをしてるよ。僕的には嬉しいんだけどさ」
なるほど。じゃあ俺は普人族に含まれるってことか。さっきのガラス版にかいてあったはずだ。
「そんで南側は大きい海に面していて、その海岸沿いとかに獣人族が暮らしてる。暮らしてる範囲は地上に住む五種族の中では一番広いね。海産物とかを大量に普人族とか、魔族に売れるからお金持ちが多い国でもあるかな…」
獣人…だと?じゃああれか?猫耳の女の子とかいるってことか!?
…いいじゃない。グッ!
「…?まぁ続けるね」
スルーですか…
「それで大陸東側にはたくさんの民族が集まってできた魔族の国があるんだ。魔族といっても外見は千差万別だからね…君たちの世界にも伝わってる感じでいくとサキュバスとか、ドワーフとか、そこらへん。王様はその時国の中で一番強い人が選ばれるんだよ」
あー…なんか見たことがあるような国だな。実力主義ってことか。
「今度は北の方に行くと竜族が治める国があるね。大きな山脈があって…そのあちこちに暮らしてるよ。ドラゴンたちは地上の種族の中じゃ桁違いの強さだからあんまり他の種族と関わらないんだ。あと頭もとんでもなくイイね。種族の方針は全部話し合いで決めてるらしいよ?だけど時々悪い竜が生まれて、人を苦しめるんだ。その悪い竜を倒すサーガなんかが出回ってるからほかの種族からの評判はあんまりよくないかも。精霊族からは別だろうけど」
ほー…ドラゴンなんてのもいるのか…
一回でいいから近くで見てみたいな…命が危なくない状況で。これ重要!
「あとは西側に精霊族が暮らしてるね。大陸の西側にはバカみたいにでかい湖、というか入り江があって、その入り江の真ん中にこれまた大きい島があるんだけどそこに精霊たちが暮らしてるんだ。邪な心を持った人には近づけもしないね。パないね。精霊族は他の種族と契約することが可能なんだ。だってそうするしか精霊たちは湖の島から外に出れないから。まぁ魔法とかに関係してくるんだけど…」
つまりは俺に縁がない種族と。なるほど…
「あとの二種族は神と天使たちの神族と悪魔たちだね。神族は天界に、悪魔は冥界に住んでるんだよ。どっちとも贔屓にしてる国とか種族とかがあってね…直接じゃなくて、地上の世界に間接的に干渉して退屈を紛らわせてる。最近は退屈すぎて地上に降りる神がたくさんいるんだよ。まあ地上に降りたらしばらくは天界にもどれないし神の力も制限されるからそんなに多くの神じゃないけどね。僕は違うよ?ちゃんと天界から君の活躍を見といてあげる」
活躍、ね…
そこまでエリスは話すとほぅ…と息をついた。
「大体分かった?」
「あー…大体、ですかね…」
「くすくす…だから、緊張しなくたっていいのに…」
ハッキリ言ってそれは無理。勘弁してください。ただでさえコミュ障気味だってのに…
半ば確信していたのだがここはやはり異世界のようだ。
さらに自称女神まで俺の前に現れる始末…
なにより、この状況をすっかり飲み込めている俺に我ながらうすら寒さを感じた。
またしても気まぐれ投稿です。
ようやく女神様が登場しました。ヒロインの登場はまだ先です。