唐突に奴隷
「動くなよ」
外に出た俺を待っていたのはマチェーテを構えた山賊だった。
まぁ何をされるわけでもなく、縛られていた両手の拘束を解かれただけだったのだが。
「今回売るのはお前一人だからな!こいつにさっさと乗れ!」
理由は簡単。頭領っぽいやつと二人きりで馬に乗って最寄りの街に行くらしいからだ…なんの罰ゲームなんですかねぇこれは…
「早くしねぇか!」
怒鳴られた。まぁ一見貧弱そうな外見の俺だが、小さいころから大抵のことはさらりとできていた。ここでもたもたすると何をされるかわからないからな…
なんて不安を抱えつつ、人生初乗馬をしたのだが…
(怖ッ!案外怖ッ!)
バランスがとりにくい。仕方ないのでむさいおっさんの鎧を必死でつかむ羽目に…(腕を回すのはプライド的に無理だから!)
「よし!お前ら行ってくるぞ!酒はたんまり買ってきてやるからな!ガハハハ!」
だからうるっさいんだってその笑い…
なんて思ってたら足首と鐙をガチャリと鎖らしきものでつながれた。は…?落ちたら死ぬやん…
そんなこんなで俺たちは街へと向かって出発した。憂鬱だなぁ…
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「要件は?」
「奴隷を売りに来た!《黒刃団》のドラー・グラッヘだ!通してもらおうか!」
俺たちの顔を見て門番は露骨に顔をしかめた。そう、門番。
よく洋ゲーとかでいるじゃない?近衛兵みたいなヤツ。あれが立っていた。しかも見上げるほど高い城壁の門の前に。
(…は?これじゃあガチで異世界モノのテンプレじゃねーか…中世ヨーロッパ風の世界って…)
だが俺はまだ異世界へ来たということを認めようとはしなかった。
認めるなら決定的な…そう!魔法とかを見たら信じることにしよう。
「チッ!盗賊風情がデカい顔して街の中に入りやがって…」
「アァん?喧嘩売ってんのかお前?」
「とんでもないとんでもない。さっさと用事を済ませてこの街から出てってくれ!」
「あぁそうかい!」
うわー…大の大人が喧嘩するなっての…
まぁ後で知った話なのだがここは城塞都市ザナウェル。エストレア帝国の地方都市で、大陸東側から攻めてくる奴らのための迎撃都市なんだとか。
この街では冒険者稼業も活発らしく、例にもれず「始まりの街」的ポジションといっても問題ないっぽい。
この時点ではかかわることもないと思っていた(というか欠片も知らなかった)魔術ギルドや冒険者ギルドもある。
まぁそんなこんなで街の中に入った俺たちだった。門番さんの気の毒そうな視線が痛かったぜ…
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最初の感想。
とにかく、すごい。街の賑わいが。
通りの両脇にはこれでもかというほどの露店がひしめき合い、それを中世ヨーロッパ風の服装をまとった人が練り歩く。
普通の庶民らしき人がいる一方で目を引いたのは剣や身の丈ほどもある杖を持って歩く人たちだ。
グレートソード、ショートソード、スピア、ワンド、スタッフ…
それこそRPGに出てきそうな武器の名前が頭に浮かんでは消える。
ここで、俺は確信を強めた。
ここはやはり異世界なのだと…
通りの中央を堂々と馬に乗って歩いていく。大抵の人はいかにも盗賊ちっくな人と関わりたくないのか目も合わせずに俺たちを避けていった。まぁ大抵の人というか全員なんですけどね?
体感時間で五分ほど羞恥プレイパレードを行い、急に馬を止められた。
「【アンロック】」
と頭領の男が呟くと、なんの前触れもなく足の鍵が外れた。
もしかして今のって…?と、怪訝な顔をしていたところ、
「その顔…まさか本当に魔法の類を見たことがねぇってのか?こりゃあホントのホントにあたりかもな!ガッハッハ!」
だからうるせーんだよハゲ…という意識を込めて頭領の男を睨みつけるが、軽く眉を顰められただけだった。まぁキレられる方が面倒だったか…
「ハッ!早く降りろよ」
渋々指示に従う。そのまま襟根っこをつかまれ、逃げないようにされてから俺たちは建物の中に入っていった。
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「いらっしゃいませ、《黒刃団》頭領様。本日はどういったご用向きで?」
店に入ってすぐに話しかけてきたのは異様に太っていて、かのザビエルを髣髴させるような髪型の男だった。ようはハゲってことだが。
「あぁ、こいつを奴隷として売りたいんだ」
「あぁ奴隷でしたか!いつものようにまとまった人数ではありませんでしたので…何か訳有りで?」
「おお!勘がいいな!実はこいつ、奇怪な服を着てシュアナスの森の結構深いところに寝てたんだよ。しかも驚いたことに魔法を見たことが無いらしい!やっさん、《堕ち人》は高く売れるんだろう?買い取ってはくれないか?」
…どうやら話を聞くところによると俺が倒れていた森の名前はシュアナスというらしい。あと《堕ち人》っていうフレーズだが…なんとなく異世界人のことを指しているような…
高く売れるってことは珍しいことではあるんだろうけどな…
と、奴隷商人が俺の全身を嘗め回すように見ているのに気づく。あんまり気分のいいものでもないな。
「ヨシュア!《ステータスウィンドウ》を持ってこい!」
「かしこまりました」
いつの間にやら現れた小さい子供が店の奥へと引っ込んだ。そして持ってきたのは…
(…ガラス?)
そう、ちょうどA4サイズぐらいのガラス板だった。
何をするつもりだろうか…?
「では、腕をこちらに伸ばしてくださいますかな?」
「ほら、ガラスにさっさと手をつけろ!」
危険ではなさそうなのでさっさと手を伸ばした。
「【オープンステータス】」
と、奴隷商の男が呟く。すると今まで透明だったガラス板に白い文字が浮かび始めた。
驚きに目を見開く。
「フゥム…本当に魔法を見たことが無いかのような反応をしますな…」
奴隷商はそう言いつつ、ガラス板を俺の脇から覗き込んだ。そこに書かれていたものは…
【名前】辻占 彼方
【年齢】十七歳
【種族】普人族
【状態】健康
【称号】《ハードラック》《堕ち人》
【スキル】
「…フッ」
…いや、なんか今鼻で笑われた気がしたんですけど何でですかね?つか山賊のほうもガラス板をチラ見した後「使えねー…」みたいな目でこっちを見てくるんですがそれは…
「…すいませんグラッヘ様。《堕ち人》が高値で取引されるのは珍しい能力や才能を持っているからでして…このステータスは逆に珍しいというか…」
「…あー、みなまで言うな…普通の値でいいから売ってしまいたいんだが?」
「かしこまりました。病気もされていないようですし、働き盛りの年齢のようです。金貨二十枚でいかがでしょう?」
「だがここら辺では珍しい黒髪黒眼だ。金貨二十五枚」
「ですが縁起がいい色でもありませんので…金貨二十二枚でいかがでしょうか?」
「…いいだろう。その値段で頼む」
…なんだろう…自分のあずかり知るところで自分に値付けされていくのはものすごいやな感じだ…いや別に新しい快感に目覚めたとか言うわけではなく。
「それではさっそく《奴隷の儀》を執り行いましょう。ヨシュア!契約の紙を」
「かしこまりました」
またしても男の子が店の奥に引っ込み、なにやら巻物を一本持って帰ってきた。この子も奴隷なのかねぇ…
奴隷商はそれを受け取り、軽く紙に目を走らせた。満足げにうなずくとこう呟いた。
「【契約開始】」
すると不思議なことに紙が淡く輝きだした。さすがにもうオーバーに驚くような真似はしない。
「ではそちらの針で指を軽く刺してくれますか。血が一滴垂れるぐらい。そうしたら指をこの紙に押し付けてください」
針?とか思ったらヨシュア君が針がついた台のようなものを俺に向かって差し出していた。
差し詰め血の契約ってところか?
というかこれで俺の人権は失われたも同然になるのか…
胸に様々な思いが去来するが…無念。俺にはこの状況をどうすることもできない…
針が刺さる痛みに眉を顰めつつ、契約の紙に指先を押し付ける。紙は一瞬赤い光を放ったかと思うと、すぐにただの紙へと戻ってしまった。
商人は満足げにうなずいた。
「【契約終了】」
まぁこういう経緯で俺はめでたく奴隷となったのさ。はぁ…
気まぐれで余分に投稿です!これからも時たますると思います。
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