第一章 唐突な出会い
『五感』視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚。人はこれらの感覚を日々使用して生きている。
このうち一つでも失うことになれば、人は絶望の渦に巻き込まれることだろう。
そしていかに自分が多くの情報によって生きていたかということを痛感する。
しかし、失うことで見えてくるものもある。
失うことで得るものもある。
その境地に達する為に必要なものはなんだろうか?
勇気?努力?愛?
恐らく全てが必要になってくるのだろう。大事なのは、『気付くこと』だ。
自分に訪れている事柄に関して常に敏感に反応していくこと。
『気付くこと』ができた時、それから自分がどうしたらいいのかということが『見えて』くる。そして、
『見えた』ものを掴むために必要な要素を取り込んでいく。
無意識に出来る人もいれば、意識しても出来ない人もいる。『気づく事』が出来ずに絶望に耐えられず、
そのまま飲み込まれてしまう人もいるだろう。
だからこそ、ある日唐突に出会ったものが、自分にとってかけがえのない存在ということに『気づく事』が出来た時、人は絶望ではなく、幸福の渦に乗り、天高く昇っていくことができる。
それが、一生に一度の出会いなら尚更だ。それを人は『運命』というのかもしれない。
その『運命』を手にできたならば、失ったもの以上の幸福を人は得られるのだろう。
たとえ辛く険しい道を歩んだとしても・・。
第一章唐突な出会い
7月も半ばを過ぎ、本格的な暑さが日本中を覆い始めた。
梅雨明けから一気に気温が上がり、連日今年の夏は厳しい暑さが日本列島を襲うとメディアは騒いでいた。
そんな夏の始まり。神奈川国際大学では前期末試験が行われていた。
この試験期間が終われば、長いようで短い夏休みがやってくる。
学生の多くはすでに夏休み気分で、海に行くだのキャンプに行くだのとはしゃいでいた。
真面目な学生たちは教科書、ノートにかぶりつくようにしてラストの追い込みをかけている。
社会福祉学科二年の黒崎 崇はそのどちらでもなかった。結して友達がいないわけではない。
夏休みには同じ学部の友人たちと一泊二日で海に行く約束もしているし、バイト仲間や高校時代の友人との飲み会もすでに何件か入っている。
学業においても落ちこぼれというわけではない。成績で言えば中の上くらいだろうか。
一言でいうと、崇は要領のいい男である。
友達付き合いも良く、勉強もそこそこでき、スポーツだってそれなりにこなすことが出来る。
あまり知られていないが喧嘩の腕もたいしたものである。
しかし、なんでも卒なくこなしてしまうため、今まで何かに熱中するということはなかった。なんでも人並み以上にこなし、大きな問題を起こしたこともない。
だが所謂『いい子ちゃんの優等生』というわけでもない。
タバコも吸うし酒も飲む。イケメンの部類に入る顔立ちをしているため、女にだってモテる。崇自身も何故かはよくわからないが、どこか人と一線を引くところがあり、世の中に対して冷めた部分があった。
そんなわけで、夏休み前の浮き足立った感じもなければ、試験前の鬼気迫る重圧も感じなかった。崇にとっては夏休みもただ暑くて長いだけ、試験も恒例行事くらいにしか感じていなかった。
今日は試験二日目。崇はいつものように喫煙所にいた。
「さて、ボチボチ行くかなー。」
やや気だるそうにタバコを消し、試験が行われる教室に向かった。
最初の科目は社会学。学部の人間は必修の課目のため、知り合いも多い。
「おーい、崇ー!」
友人の宮下 昇が教室の後方で手を振っている。崇は軽く手を上げて応え、昇の隣の席に座った。
「お前勉強した?俺昨日22時に寝ちまって全然できてねーんだよー!」
「22時って健全な大学生が寝る時間じゃないだろ。」
頭を抱えて机に臥せっている昇を、崇は小バカにしたように笑う。
「それまではちゃんとやってたんだぜ!?でもちょっと休憩のつもりで布団に入ったらそのまま連れていかれたんだよー!」
「睡魔さんにか?」
「マジ恐ろしいは!!」
試験前の学生らしいどうしようもない会話を繰り広げていると、
「またいつもの感じ?昇!」
もう一人の友人工藤 悠樹が昇の後ろに座り話しかけてきた。
「優等生のお前にはわかんねー悩みだよ!なぁ崇!?」
「待て待て、頼むからお前と一緒にしないでくれ。俺はどちらかと言えば悠よりだぞ。」
崇は身体を悠樹側に反らせて異を唱えた。
「まぁそうだね。崇は要領がいいから。」
「お前らさー、友達なら少しはこう俺を助けてくれるとかそういう気はないわけ?勉強教えてくれるとか答案見せてくれるとかさ!」
親友二人の冷たい対応に昇は両極端の提案を二人に投げかけた。
「不正はいかんよ昇君!」
「だいたいお前と勉強したって勉強にならねーだろーが。あまりにも集中力がなさ過ぎる。」
悠樹に馬鹿にされ、崇に冷たくあしらわれた昇は再び机に臥せり、恨めしい視線を二人に投げつける。
「ひ、ひでー・・。単位落としたら恨んでやるからな!」
「そういうのを逆恨み!っていうんだよ?知ってた?」
「お前はいちいちムカつくんだよー!」
昇が悠樹にヘッドロックをかましているのを、崇は隣で笑って見ていた。
昇と悠樹とは、入学式のときに知り合い、すぐに仲良くなることができた。
崇が心を許せる数少ない友人である。夏休みに海に旅行に行くのもこの二人だ。
昇は勉強はからっきしダメだが、とびっきり明るく、友達も多い。スポーツ万能で、典型的は体育の出来る子である。レポート作成時にはいつも二人に面倒をかけているが、憎めない何かを持つ、三人の中では良きムードメーカーである。
悠樹は学部内でトップクラスの学力の持ち主。その上家が金持ちで、次男の悠樹は家督を継ぐというプレッシャーもなく、自由気ままに生きていた。
色白で整った顔立ち、崇とはまたタイプの違うイケメンで女にモテる。
崇との違いはその甘いマスクをしっかりと活用しているところ。
以前悠樹が遊んだ(弄んだといった方が正しいが・・)女が大学まで乗り込んできたことがあり、そのフォローを昇と崇が行って大変な思いをしたことがある。
お調子ものの昇、ボンボンの悠樹、クールな崇。
まったく違うタイプの三人が何故ここまで仲が良いのか。
実は学部の中でもかなり噂になっている。それぞれタイプは違うが三人とも人よりも秀でた何かを持っているため、学部内でもかなり目立つ。
その三人がつるんでいるのだから周りの反応ももっともだろう。
周りの反応をよそに、三人の友情は本物であった。あまり素を出さない崇もこの二人の前ではそれなりに素を出せていると感じていた。
それぞれが互いの足りない部分を補うように、見事な融和をみせている。
さて、そんなくだらないやり取りがひと段落すると、いよいよ試験が開始された。
崇と悠樹が順調に問題を解いていく中、昇一人が序盤から頭を抱えていた。
そんな昇が嫌でも視界に入る二人はおもしろくてたまらなかった。
試験時間は80分。60分を過ぎると途中退出が可能である。
崇と結城は60分を過ぎ、試験官が退出を許可するアナウンスをすると、早々に教室を出ていき、そのまま喫煙所に向かった。
「昇かなり序盤から頭抱えてたね!」
「ありゃダメだな。間違いなく落とすだろ。」
崇と悠樹は愉快そうに笑いながら喫煙所に向かって歩いていく。悠樹はタバコを吸わないが、いつも崇に付き合って喫煙所に来てくれていた。昇も同様である。
20分後、試験を終えた昇は肩をガクッと落として喫煙所にやってきた。
「どうだった?」
悠樹が分かりやすい表情で当たり前の質問をする。
「ま、まったく分からんかった・・。」
「だろうな。」
崇がニヤニヤしながらタバコを吹かしている。
「まぁマークシートなんだから、奇跡が起こるのを期待しようよ!」
悠樹が軽ーく昇の肩をポンポンと叩く。
「そうだなー。まぁ終わっちまったもんしょうがないよな!」
昇は切り替えが早い。これが彼のいい所でもあり、反省がないという意味ではダメなところでもある。
「崇は次もあるんだっけ?」
「あぁ。日本文学の試験がある。」
「お前よくあんなお堅い講義とるよなー。考えられん。」
昇は大袈裟に首を振ってみせる。
「昇、お前は少し本を読んだ方がいいと思うぞ・・。」
「ジャンプなら毎週欠かさず読んでるぞ!」
ビシッと親指を立てて自身満々の表情を見せる。
「すまん、俺が悪かった・・。んじゃ行ってくるわ!」
「頑張れよー!」
「ラウンジで待ってるからね!」
昇と悠樹がそれぞれ声をかけ、崇は次の試験へと向かった。
崇は日本文学の講義が特別好きなわけではなかった。単純に単位のためと、まぁ昔から本を読むのが好きだったというただそれだけの理由だ。
この講義は大学中の学生が取っている。その多くが崇のように単位欲しさになんとなく受けている者ばかりだ。
そのため、教室も大学で比較的大きな教室を使用するが、普段の出席率はこの半分にも満たない。
「この授業こんなに取ってるやつがいたのか・・。」
すでに席のほとんどが埋まった状態の教室に入り、崇はあっけにとられた。知った顔もちらほらいるが、ほとんどが今日始めて見る顔ばかりである。
「さて、どこに座るか・・。」
崇がしばらく席を探していると、丁度真ん中辺りに空いている席を見つけた。横にはすでに知らない女子が座っていた。念のため、その女子に連れがいないか聞いてみた。
「なぁ、この席空いてる?」
特に問題のないこの質問に、女子は心臓が飛び出るんじゃないかというほどのリアクションを取った。初めて見る子だったが、かなり可愛らしい子だ。
色白の肌に明るすぎない茶髪のロングヘアー、スタイルも良く、モデル、グラビアをやっていますといっても誰も疑わないくらいのレベルだ。そこまで女子に興味のない崇ですら、
(可愛い子だな・・。)
と思わせる魅力的な子だった。しかし、ただ空いているかを聞いただけなのにこのリアクションはなんだ?しかも驚いた表情を崩さず、返答もない。
(なんなんだ、こいつは??)
「あの、この席座っても大丈夫かな?」
念のため今度は少しだけ丁寧に聞いてみた。するとその女子は驚いた表情を崩さずに、
『ど、どうぞ・・。』
と弱弱しく答えた。
(思ったよりアニメ声だな・・。)
「どうも。」
そう言って崇は席に着いた。これ以上はあまり関わらないでおこうと、一応授業の内容を振り返るため、レジュメに目を通すことにした。崇がレジュメに目を通している間も、その女子はチラチラ崇に目線を送ってきた。
(なんなんだ・・?)
あまり気にしないようにしようと無視していたが、
『あ、あのー・・。』
遂に女子が話しかけてきた。
「何?」
『私の声が聞こえるんですか??』
「は!?」
突拍子もない質問に思わず声が大きくなってしまった崇。
『だから、私の声が聞こえるんですか??』
また同じ質問をしてくる女子。一先ず崇は表面上は冷静に対処することにした。
「聞こえてるからこうして会話が成立してるんじゃないのか?」
(やばい・・。変なのに捕まっちまったか・・。やっぱ世の中顔じゃないな・・。)
これ以上変なことを言い出す前に退散しようと思い、席を移動しようとした時、チャイムがなり、試験官が入ってきた。
(遅かったか・・。)
仕方なく崇はその場で試験を受けることにした。
女子も試験官が来てからは話しかけなくなった。
この試験の時間は60分。途中退出は認められていない。崇はさくさく問題を片付けていき、開始40分で解き終わった。ざっと見直しをし、時間になるまで寝ることにした。
(終わったらさっさと出よう。また絡まれたら面倒だ・・。)
そんなことを考えながら、崇は時間がくるのをひたすら待った。
まだかまだかと思うとそういう時に限ってやけに時間が進むのが遅い気がする。崇は眠ることができす、
時計ばかり目に入った。そして、ようやく試験終了のチャイムがなった。
「はい、そこまで。答案を入り口で回収する。」
待ってましたとばかりに急いで入り口に向かった。女子も慌てて片付けているのが見えたため、やはり崇に話かけようと思っていたようだ。
教室を出た崇は後ろを振り返り女子が追ってきてないことを確認すると、安堵の息を漏らし、昇と悠樹が待っているラウンジに向かった。
(その前に一服していくか・・。)
そう思い、方向を変えて喫煙所に向かって歩き出した。その時、
『あ、あの、ちょっと待って!』
さっきの女子が追いかけてきた。
(勘弁してくれよ・・。)
逃げようかとも思ったが、この際はっきり言っておいた方がいいと思い、崇はその女子が来るのを待っ
た。女子は相当急いで走ってきたのだろう。息が切れている。
「なんなの?さっきから?」
崇は冷たく言い放った。優しくすれば逆効果だと思ったからだ。
『やっぱり聞こえるのね?私の声が・・!』
「だからそう言ってるだろ!?何?なんかの宗教?」
『私にもあなたの声が聞こえる・・!』
「マジで何言ってるかさっぱりなんだけど!?」
崇の声がこの意味不明なやり取りに苛立ちを感じ、大きくなる。
『あのね、私、実は・・』
女子が何かを言いかけたとき、前方から昇と悠樹が迎えにきてくれた。
「おーい崇―!終わったかー!」
(助かった!!)
「悪いけど友達きたから。もう関わらないでくれる。」
そう言い放ち、崇は二人のもとへ小走りで向かった。
(これだけ冷たくすればもうこないだろう)
女子はその場に呆然と立ちつくしていた。
次の日、三人は同じ講義の試験へと向かってキャンパスを歩いていた。
神奈川国際大学は5つの学部と12の学科に分かれ、総敷地は東京ドーム10個分の広さがある。三人は同じ人間総合学部で、崇は社会福祉学科、昇は人間スポーツ学科、悠樹は心理学科とそれぞれ学科は違うが、学部内で定められた必修があるため、同じ講義を受ける事がよくある。この日も同じ科目の試験のため教室に向かって歩いていると、昨日の女子が目に入った。
「あ。あいつは・・。」
「なんだ、珍しいな。崇が女に興味を持つなんて!」
昇が楽しそうに食いついてきた。
「いや、あいつ昨日日本文学の試験のときに変なこと言っててよ。試験終わったあとも追いかけてきたりして、気持ち悪くてさ。」
崇は昨日のことを思い出し、顔をしかめる。
「あの子は商学部の倉石 七海だね。」
悠樹は大学内の可愛いと言われている女子の情報をほぼ掌握している。どこから入手しているのかは定かではないが、その情報量は半端じゃない。
そして目を付けた子には必ずなんらかのアクションを起こす。その結果、二人に多大なる迷惑をかけることがしばしばある。
「さすが悠!んで、崇のお相手はどんな子なのよ!?」
「だからそんなんじゃないってーの!」
ややうっとおしそうに崇は否定してみせる。
「確か、あの子耳が聞こえないんだよ。」
「え!?」
崇と昇が綺麗にハモった。
「耳が聞こえない・・??」
「うん。確か小さい時に病気かなにかで、そのまま聞こえなくなったらしいよ。だから話すことも出来な
いんだって。あんなに可愛いのに、もったいない。」
「ちょっ、ちょっと待て!喋れないって・・。俺昨日あいつと喋ったぞ!?」
実際に昨日会話を交わした崇は納得がいかず悠樹に食ってかかる。
「いや俺も実際に関わったことはないけど、喋れないのはホントみたいだよ。それに耳も聞こえないんだし会話は不可能だよ。確かにあの子だったの?」
「それは間違いない。」
「じゃあ、ホントは喋れるとか!?」
昇も無い頭を使って推察してみる。
「俺の情報に間違いはないよ!」
どこからこの自信がくるのかは置いておくとして、崇は少し頭が混乱していた。
(聞こえない??喋れない??じゃあ、昨日の会話はいったい?そういえば、あいつ声が聞こえるとかどうとか言ってたな・・。)
考えても始まらない。すぐそこに本人がいるのだからと、崇は直接確かめることにした。
「俺ちょっと行ってくるは。お前ら先に行って席とっといてくれ!」
そう言い残し、崇は七海のもとへ向かっていった。
「お、おい崇ー!どうなってんだ??」
「さぁ。」
残された二人は首をかしげながら崇の後ろ姿をしばらく追っていたが、言われた通り先に教室に向かっていった。
崇は七海のすぐ後ろまでくると一度立ち止まった。悠樹が言うように、本当に耳が聞こえないのか。
本当に倉石 七海という女なのかを確かめるために。
「倉石 七海。」
大声でなく、囁くようでもなく、崇は目の前にいる人間に普通に話しかけるトーンで声をかけた。
七海は驚いて振り返る。そこには昨日の男性が立っていた。
『昨日の・・。』
小さいが、崇にはやはりはっきり聞こえた。
「お前、耳が聞こえないって本当か?」
崇は躊躇なく、言葉も選ばずに質問をぶつけた。七海は少し困った表情を浮かべたが、真っ直ぐに崇を見つめて答えた。
『本当だよ。』
あまりにもあっさり答えが返ってきた崇は、自分が質問したにも関わらず、動揺してしまう。
「聞こえてるじゃないか。」
『うん。』
「どういうことだよ!」
訳が分からない、崇は声を荒げる。
『わからない。どういうわけかあなたの声だけは聞こえるの。そしてあなただけが私の声を聞くことが出来てる。』
「俺だけが・・?」
『うん。私の唇動いてないでしょ?実際に声を出してるわけじゃないの。もちろん腹話術なんてできないよ。心の中であなたに話しかけてるだけ。』
七海の言うとおり、これだけ会話をしていても七海の唇はまったく動いていない。崇は何がなんだかわからず、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
しかし、七海の顔をみていると、不思議とそのモヤモヤしたものが徐々に無くなっていくのを感じた。しばらくの沈黙のあと、崇は冷静を取り戻し、七海の隣に座ることにした。
「だから昨日俺が最初に話しかけたときあんなに驚いたのか。」
『うん。小さい頃から聞こえなかったから、もう心臓が飛び出すかと思ったよ。』
七海は胸を押さえて鼓動の高鳴りを表現してみせる。
「そうだったんだ。よくわからないけど悪かったな。驚かせて。」
『ううん。あなたの方が驚いたでしょ。実際、いきなりあんなこと言われたら気持ち悪いもん。』
「ごめん。てっきり変な宗教かと思って・・。」
『誰だってそう思うよ。』
一瞬会話が途切れ、二人の間に微妙な空間が出来る。崇は思い切って切り出すことにした。
「俺、人間総合学部二年の黒崎 崇。」
『私は商業学部二年の倉石 七海。ってもう知ってるんだよね?誰に聞いたの?』
「友達にすげー情報網を持ってるのがいてさ。そいつに聞いたんだ。」
『そっか。あのさ、もしよかったら今度ゆっくり話せないかな?こうやって人とお喋りするの久しぶりっていうか、ほとんど初めてみたいなもんだから・・。』
ちょっと照れくさそうにしている七海が無性に可愛く見えた。思わず抱き締めてしまいそうになったほど。
「あぁ。もちろんいいよ!俺もいろいろ話してみたいから。」
『本当!?嬉しい!!』
笑顔がこれまた最高に可愛い。崇は思わず見とれてしまった。
『どうしたの??』
言葉を失っていた崇に今度は心配そうな表情を見せる七海。我に返った崇は急に恥ずかしくなったが、すぐにいつもの自分を取り戻した。
「俺このあと試験なんだ。よかったらアドレス交換しないか?」
『うん!いいよ!』
二人はアドレスを交換し、崇は試験に向かうことにした。
「じゃあ、あとでメールするから。」
『うん!試験頑張ってね!』
「サンキュ!」
崇は七海と分かれると、勝手にこぼれてくる笑顔を必死に抑えながら、急いで教室に向かった。
これが二人の唐突な出会いであり、運命の歯車が回り始めた瞬間だった。