最終話
気が付いたら、僕は裏山の芝生の上に倒れていた。
隣では、犬が心配そうに、僕の顔を覗き込んでいる。
………。
僕は、とんでもないことをしてしまった。
何故チートが消えたのか。
理由は分からないが、僕は1つの仮説を立てた。
もし、このチートの効力が、1日を堺にリセットされるとしたら。
そう考えると、色々と辻褄が合う。
例えば朝。
僕は昨日、チートをオフにした覚えは無かった。
なのに朝、チートはオフになっていた。
それは、12時に、リセットされたから。
1日を堺に、リセットされたから。
だから、昨日僕が、少女に使わせた(使った)チートもリセットされ、少女は癌が突然再発して、………。
僕は、とんでもないことをしてしまった。
人を蘇生するチートなんて、無い。
それは昨日、確認済み。
もう取り返しがつかない。
もう償うことなんて出来ない。
僕の軽率な行動によって、少女は命を落とした。
僕が、殺したようなものだ。
僕は、殺人鬼だ。
…何がチートツールだ、何が神だ、何が万能だ…!!
調子に乗ってたんだ、浮ついてたんだ、チートを過信しきってたんだ。
「くそ、くそくそっ!!この犬っ!!お前が、お前がこんなもの拾ってこなければ、こんなことには、ならなかったんだ!!」
僕は怒鳴って、チートツールを犬に投げつける。
犬は小さく悲鳴を上げて、怯えた目で僕を見る。
…。
何やってんだろう僕…。
犬にまで当たって…、最低じゃないか…。
最低だな…、僕…。
もう嫌だ。
もう何もしたくない。
このまま消えてしまいたい。
そう思った、その時。
後ろにある、林の方から、声が聞こえた。
「ねぇおじさん…、手伝って欲しいことって、なぁに?」
小さな女の子の声。
続いて、野太い男の声が聞こえてきた。
「あぁごめん、ちょっとここで待ってて…、すぐ終わるから…」
ザク、ザクという足音。
足音は、段々と大きくなってくる。
どうやら、こちらに来ているようだな…。
何となく、嫌な予感がした。
僕は立ち上がって、チートツールを拾い上げ、素早く『HPMAX』と『AttackMAX』、『DefenseMAX』に『SpeedMAX』、それと『ItemMAX』をオンにした。
ぞくぞくと、背中に寒気が走る。
犬もその嫌な気配を感じたのか、僕の後ろ側に隠れている。
やがて、音の正体は姿を表す。
それは、異常に目つきの悪い、しかし端正な顔立ちをした、すらりとした体躯の男だった。
男は僕の顔に焦点を合わせると、口を歪めて、言葉を放つ。
「お前だったのか…。さぁ、返せ」
僕は一瞬、その言葉の意味が分からなかった。
しかしすぐに、1つの可能性を思いつく。
男は続けた。
「どこにスペア落としたのかなぁ~って探してたら…。まぁ拾われてるな、とは思ったけどよ…」
それは会話、というより独白、独り言に近かった。
「まぁいいや…、ほら返せ、お前みたいなガキが持っていいもんじゃねぇ~んだよ、そりゃ」
男は、僕の手にあるチートツールを指差して、そう言った。
…!!やっぱりと言うべきか…こいつ!!
このチートツールの、持ち主…か!!
僕は即座に、警戒態勢に移った。
それにしても、何でこの場所が分かった…!?いや、『スペア』という発言からして、こいつはもう1つチートツールを持っていると見るべきだろう。
つまり、この男の行動に対する数々の謎や疑問は、意味を成さない。
何故なら、理由は全て『チートツールを持っていて、何でも出来るから』で済むからだ。
…。
いや、警戒するも何も、チートツールを、こいつに返せばいいじゃないか。
そうだよ。もう懲り懲りだ。このチートツールはもう、いらないじゃないか。
この男に返して、さっさと普通の生活に戻った方が――
ふと。
そこで、今は亡き、僕が殺した少女のことが、頭に浮かんだ。
そこで、連鎖的に、さっきこの男と会話をしていた少女のことを、考えた。
その思い付きは、偶然か、はたまた必然かは、僕には分からない。
あの少女は一体、何なんだ?
僕からチートツールを取り返す、という理由でここに来たのならば、あの少女を連れて来る意味は、あるのか?
嫌な、予感がする。
理由は分からないが、しかしその予感は、恐らく的中していると、確信できる。
僕は、疑問を男にぶつける。
「…なぁ、あの女の子は一体何なんだ?」
「…は?」
男は質問の意味が分からない、とでも言いたげな表情をしている。
「だから、さっき話していたあの女の子は何でここにいる?何を手伝わせる気だ?」
男は、少し間を空けて、僕の顔をじっと見据えて、
「攫うためだよ」
と、短く答えた。
…ん?
攫うって?
攫うって誘拐、拉致…、だよな?
もしかして、それをするって、こいつは言ったのか?
「…は?」
今度は僕が、そう口から漏らした。
男は、僕のその反応を確認して、
「いやぁ、もうこの世界は観光し尽くしたからなぁ。少女の1人でも攫って、もう次の世界に移ろうかと考えてて…っと、喋りすぎかぁ?」
と言って、ハハ、と小さく笑った。
…なんて、自然に。
『次の世界に移る』といった言動もそうだが、なんて自然に、人を攫うなんてことを言うんだ、こいつ。
警戒を通り越して、恐怖が心の底から湧き上がってくる。
なんだ、この人間は。
なんで、こんなにも、危ういんだ。
「いつも、世界を移るときは、女を一人攫っていくって決めてんのよ…俺。まぁ、攫って何をするか…ってのは、言う必要無いだろ?ハハ!!」
…少女をあそこに待たせているのは、僕からチートツールを回収して、すぐ『世界を移れる様にするため』か。
僕の頭の中で、重なった。
僕が死なせてしまった、殺してしまったあの少女と、男が攫おうとしている少女、とが。
ほっとけって僕の頭は言ってる。
関係無いだろうって僕の頭は言ってる。
でも。
でも、僕の体は、勝手に動いた。
最高の速度で、男の隣を通り過ぎて、林にいる少女を抱えて、あの男から逃げるように離れる様に、体は動いた。
しかし。
しかし、急に肩を掴まれる感覚がして、その場に縫い合わせられた様に、僕は動けなくなってしまう。
ゆっくりと後ろを振り向き、確認をする。
すると、さっきの男が、口を歪めながら、僕の肩を掴んでいた。
「おいおい…、使い方まで把握しちゃってんのかよ…。まぁいい。とにかく、機械とその子供をこっちに渡せって。まだ死にたくねぇだろ?」
ゾクゾクゾクゾクっと、寒気が体中を這いずり回る。
また、だ。
また、自然に、こいつは死ぬ、なんてことを――!!
だが、どうする?
こいつもチートツールを所持している以上、逃げ切ることは不可能。どこまでもこいつは追いかけてくるだろう。
じゃあどうする!?
どこまでも、逃げるか!?少女を連れて!?本家のチート使いから!?逃げ切れるのか!?
気付いたら僕は、男の顔面を殴っていた。
少女を降ろし、逃げろと叫び、僕は、この男の顔面に拳を叩き込んでいた。
――何をやっているんだ、僕は!!
くそ、何でこんな――
そう考えかけた瞬間、腹部に鋭い痛みが走った。
何が起きたのか、と腹部を見遣ると、腹部には、一本のナイフが突き刺さっていた。
深く深く。
致命的に。
口から血が溢れだす。
「ぐ…ぐふっ…ぐっ…うぅ」
刺された――!?
くそ、刺された!!
駄目だ、くそ、血が、止まらない、くそ。
というか、何故、この俺が、攻撃をくらった!?
…――あぁそうか、あちらも最高の攻撃力を適応しているのか。
こちらは、最高の守備力。
あちらは、最高の攻撃力。
これなら、イーブン。
普通に、攻撃が通ってしまう。
一応『HPMAX』もオンにしているが、これは飽くまで体力を無尽蔵にするだけで、死なない、という効果は無い。
まぁ、ナイフで刺されても、すぐには死なない、というくらいには、効果があるかもしれないが。
…今なら、まだ病院に行けば、間に合うかもしれない。
今行けば、適切な治療をしてもらって、死ななくて済むかもしれない。
でも、それは。
その行為が、意味するものは。
再び、昨日の病院での、少女の屈託の無い笑顔が思い出される。
…。
……。
………。
僕は。
そっと、微笑む。
血を吐きながら、僕は、微笑んだ。
チートツールを操作して、『RecoveryMAX』を素早くオンにする。
『RecoveryMAX』とは、体の怪我を一瞬で消すチートである。
僕は腹部に刺さっているナイフを引き抜く。
傷が一瞬で消える。
僕のその様子を見た男は、笑いながら、罵る様に、言う。
「ハハハハ!!ほぉら、痛い目にあったろ!!それに、傷を治して安心してるかもしれねぇが、24時を経過すれば、またその傷はぶり返すぜ!!
ハハハ、無駄なんだよ!!無駄無駄!!お前の死は確定した!!…あ~、いや、その程度じゃあまだ病院行けば治っちまうなぁ…、よし、じゃあ24時が来た瞬間死ねる様に、もっとちゃんとした、致命傷を与えてやるよ!!ヒャハハハハハハハ!!!!!」
男は高らかに哄笑する。
どうやら僕の仮説は当たっていた様だな…。
24時を経過すれば、チートの効果はリセットされる。
男の言う通り、怪我もぶり返す。
…それが、どうした。
僕は、もう。
同じ思いを、想いを、したくない。
あの少女を、僕は。
「…とは言ったけどまぁ、俺だって、殺人に抵抗は無くとも、すすんで殺したいとは思わねぇ。ハハッ!だから今、そのスペアを俺に返却して、さっさとここから消えるっつーんなら、まぁ、見逃さないでやらないでもねぇ。どうだ?先刻言った通り、まだ病院に行けば間に合うレベルの怪我だぜ?ここはまぁ、大人しく退いとけよ、なぁ」
「それに加えて、あの少女を攫うのも諦めるって言うんなら、僕はその取引を呑んでもいいんだけれどね」
「…交渉決裂、ってことでいいな?」
「………」
僕の返事を待たず、男はどこからかバズーカを取り出して(チートで出現させたのだろう)、僕目掛けて、躊躇いも無く引き金を引いた。
一瞬、意識が途切れたが、すぐ意識は復活した。
男は大して驚いた風も無く、言う。
「ヒュー、頭ふっ飛ばしても再生するとは…。流石だわ、うん。でもこれで、お前の死が、決定的になったな――ぐぅっ!?」
男の腹部に、肘鉄を入れた。
確かに、これで僕の死は確定的だろう――。
これで、僕は、死んだ。
だが、覚悟はしていた。
それに、リミットは24時まである。
それまでに、この男を、僕は殺す。
腹部に肘鉄を入れた姿勢のまま、胸部にさらに肘鉄を1撃、2撃、3撃。続いて左フックを顔面に入れ、右フックを顔面に入れ、もう一回肘鉄を顔面に入れた後、腹部に中段前蹴りをくらわせる。
この間、2秒。
男はくらぁ、と一瞬倒れかけたが、すぐに持ち直して、僕の足を払った。
僕は前のめりに倒れこむ形になったが、倒れる先には、バズーカの銃口があった。
ドンッッッ!、という嫌な音をたてながら、僕は後方に、木を薙ぎ倒しながら吹っ飛んだ。
そして男は、こちらに向かって、超高速で突っ込んでくる。
それに対し僕は、地面を思い切り、殴りつけた。
すさまじい轟音と共に、地面にクレーターが出来上がった。
恐らく、この裏山の何分の一かは、吹き飛ばしてしまっただろう。
男は吹き飛んだ土砂をくらって、嗚咽をあげながら地面に倒れこむ。
…どうやら『自分が放った攻撃』であるならば、『AttackMAX』は適用されるらしいな。
地面に倒れこんだ男の上に、僕は素早くのしかかった。
マウントポジションである。
…どんなバトル漫画だよって話だよな…、全く…。
だが、これで。
このポジションを、取れば。
僕はバズーカを出現させて(『ItemMAX』で)、銃口を男の顔面に押し当てる。
バズーカで隠れて、今の男の表情は窺えない。
男は、言う。
「お、おい!本気か!?それ、マジで撃ったら死ぬぞ俺!?お、お前、人殺しになっちまうぞ!!」
怯えた声だった。
…どうやら、瞬間移動や自動再生のチートはオンにしていないらしい。
もっとも今からオンにされると面倒なので、さっさと撃ってしまおう。
僕は、男に言った。
「悪いね。もう人なら、殺してるんだ」
ドォン!!という音が、夜空に響き渡った。
随分と長い時間僕らは争っていた様で、気付けばもう、21時をまわっていた。
僕はあの後、男の死亡を確認して、男の所持していたチートツール(本家)を破壊して、少女の安否を確認して、今現在、芝生の上に寝転がって、夜空の星を眺めている。
今思えば、チートツールの謎を男に聞いとくべきだったかな…?
…いや、もういい。
もう、僕には関係ない。
「あー、星が綺麗だな…、雲1つ無い、綺麗な夜空だ…」
寝転がっている僕の隣で、犬もまた、『おすわり』をしていた。
ただし、夜空や、街景色にではない。
僕の方を向いて、『おすわり』をしている。
…。
「さっきは悪かったな、当たっちまって…」
犬は、黙って僕の顔を見つめている。
「思えば、お前と、僕の付き合いもかなり長いよなぁ…」
犬は、黙って僕の顔を見つめている。
「お前はいつもいつも、僕のあとをついてきて…。いつも嬉しそうに、尻尾を振りながら、僕のあとをついてきていたよな」
犬は、黙って僕の顔を見つめている。
「だけど、こっから先は、もうついてこなくていいからな。僕はもう先にいくけど、お前は長生きしろよ」
犬は、黙って僕の顔を見つめている。
「あぁ、そうだそうだ、お前、このチートツールさ、どっかにさ、誰の目も付かない様な所に、保管しておいてくれないか?」
犬は、「アオ!」と短く、答えるように、吠えた。
「本当は破壊した方が良いとは思うんだけれど、まぁ、うん、何か、何と言うか、僕が生きていた証っていうか…」
犬は、黙って僕の顔を見つめている。
「ハハ、他に残すもんが無いっていうのが悲しいよなぁ…」
僕はチートツールを操作して、『Flower』をオンにした。
ぽん、と牡丹の花が、犬の隣に咲いた。
死に花を、咲かせるってね。
「牡丹はな、『花の王』とも呼ばれてるんだぜ…。花言葉は『王者の風格』。僕も、もし生まれ変われるとしたら、この牡丹に生まれ変わりたいな…」
犬は、黙って僕の顔を見つめている。
「僕は今まで、家族以外の、いや家族にすら、かな、あまり口を聞かずに、陰鬱としていたからさ、生まれ変わるなら、こーんな『王者』に生まれ変わりたいんだよな」
犬は、黙って僕の顔を見つめている。
気付けば時間は10時を経過していた。
ふぅ、さて…そろそろだな…。
うん、どうせなら、眠るように死ぬっていうのも、悪くない。
中々、悪くないぞ。
僕は、犬の頭を撫でる。
犬は、とても気持ち良さそうに、目を細めた。
そして、僕はゆっくりと目を閉じる。
疲れがかなり溜まっていた様で、すぐに、意識はまどろみ始めた。
嗚呼…、短い人生だったけれど、こういう死に方も、悪くないと今なら思えるよ。
これでちっとは、あの、病院の少女に、罪滅ぼしが出来たかな…。
今までありがとう、お母さん。
今までありがとう、お父さん。
今までありがとう、お姉さん。
今までありがとう、クラスメイト達。
今までありがとう、先生方。
今までありがとう、犬。
本当にごめんなさい、病院の少女。
本当にごめんなさい、そのお母さん。
そして。
さようなら。どうか来世は、気高い牡丹の花で、ありますように。
―END―
誤字脱字等がありましたら、ご指摘いただけると幸いです。




