第1話
2作目です。
晴れ晴れとした、雲1つ無い青空に、爽やかに頬を撫でる微風。
僕こと足利芍薬は、学生の本分を果たすべく、今日も早朝から学校へ向かう。
今日は本当に良い天気だ…。こんな日には、きっと何か良いことが起きることだろう。
が。
しかし。
「アオアオアオアオ!!」
…ちっ。
折角人が、気分良く歩いているっていうのに…。
また来たのか…、本当に鬱陶しいんだよなぁ…、この犬…。
鳴き声が何だか変だし。野良犬のくせにダックスフントだし。登下校中はいつも僕のあとを付いて来るし。
何故かちゃんと学校には入って来ないんだけれど、学校の門の前までは付いて来るので、僕の飼っている犬だと勘違いされるし。
はぁ…、僕の何が好きで付いて来るんだよ…、この犬…。
「しっしっ」
追い払う様に手を上下させると、何故か嬉しそうに、尻尾を振りながら更に近づいてくる犬。
その犬の様子に、思わず嘆息してしまった。
何でこんな嬉しそうなんだ…、もういいや、無視しよう…。
改めて歩を進める。
(スタ…スタ…スタ…スタ…)
(ヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッ)
(スタスタ…スタスタ…スタ…スタスタ…)
(ヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッ)
(スタスタスタスタスタスタ!!!)
(ヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッ!!)
…くそ、歩く速度を上げてみても、やはり付いて来るぞこの犬…。
もう諦める…というよりも、割り切った方が良いのかもしれないなぁ。
そう、この犬は背景の一部この犬は背景の一部この犬は背景の一部この犬は背景の一部この犬は背景の一部この犬は背景の一部…。
「ムグッ…アオアオアオアオ!!」
「だぁー!!駄目だ喧しい!!」
頭を抱えて天高く叫ぶ僕。
この犬、視覚ではなく聴覚に訴えてきたか!
ちなみにこのやり取りは、毎日行われている。
僕はふと、犬の方へ目を見遣った。
…ん?口に何か咥えてるぞこの犬…、何だ?
犬の方へ手を差し出してみると、犬は咥えているものをその手に落とした。
何だこれ…、たまごっち?
それは、小さな画面と十字キーと赤いボタンの付いた、たまごっちの様なものだった。
…この犬、ガラクタまで拾ってきやがって…、何なんだよこれ…。
赤いボタンを押してみる。
すると、どうやら起動したらしく、画面が文字で埋め尽くされた。
全てアルファベットで表示されていて、少々見難いものがあったが、段々とそれにも慣れてきた。
「エイチピーマックス…、エムピーマックス…アタックマックス…マネーマックス…」
いや本当、なんだこれ?
HPMAXとかMPMAXとか…、何だかゲームのチートツールみたいだな。
でも何のハードのチートツール何だろう…。
そういえば、取り付ける部分も見当たらない。
うーん。
十字キーを押して、適当に『DefenseMAX』にカーソルを合わせ、赤いボタンを押してみた。
すると『キュゥゥゥゥン…』という音をたてながら、画面は消えてしまった。
「何だったんだよ…、ちっ、本当ガラクタだったな…」
一度拾ったものを、再度道端に捨てるのには抵抗があったので、家に帰ったら捨てようと考えて、そのガラクタをズボンのポケットにしまった。
いつも通り、犬に見送られながら学校に到着する。
もう他の生徒はその光景に慣れたらしく、珍しがったり、くすくす笑ったりすることはしなかった。
いや、慣れられても困るんだけどね…?
嘆息しつつ(本日何度目だろうか)、校内の階段を登っていく。
途中、足を階段にかけようとして、転がっている虫の死骸を踏みそうになった。
無視して(駄洒落じゃ無いよ!)、そのまま踏み潰して登っていっても良かったのだが、しかし。
繊細で潔癖な僕は、それを一瞬躊躇ってしまい、身体のバランスを崩して、階段(13段目くらいだった)から頭から落ちてしまった。
周りの生徒が驚いた様な表情で、落ちてゆく僕を見ていた。
落ちている際に、僕は死を覚悟した。
走馬灯が走り、家族のこと、どうでもいいクラスメイトのこと、鬱陶しい犬のこと、ガラクタのことについて想いが駆け巡った。
友人が1人もいないのはご愛嬌。
とにかく、僕は死を覚悟した。
頭が床に激突して、頭がかち割れて死ぬかと思った。
が。
しかし。
頭が床に激突しても、頭がかち割れて死ぬことは無かった。
どころか、痛みすら感じることは無かった。
…あれ?そんな低い位置から落ちたっけ…?
いや、そんなことは無い。確かに僕は相当な高さから落ちた。
じゃあ何故、僕は傷1つ負っていない…?
疑問に思いつつ、とりあえず保健室に行ってみた。
保健の先生に、階段から落ちた時のことを漏れなく説明して、頭を診て貰ったが、やはり傷らしい傷は無かったとのこと。
先生も僕に、思ったよりも低い位置から落ちたのではないかと言った。
うーん。
やはり僕の認識がおかしかっただけなのだろうか…、いや、傷1つ無い以上、そう思わざるを得ないのだけれど。
先生は、念のため今から病院で検査を受けることを僕に勧めた。
しかし、病院は帰りに寄ることにした。
暢気すぎるとは自分でも思うが、頭に異常は無いと、何故か自分で確信していたからこそのことである。
午前の授業が終わって、昼休み。
僕は1人で弁当を食べていた。
へ?何故1人なのかって?
…ふ、それをこの僕に言わせるのか?
…。
……。
友達がいないからだよ!満足か!?
弁当を食べ終わって、次の授業まで少し時間に空きが出来た。
暇潰しに、ポケットから朝拾ったガラクタを取り出して、戯れることにした。
それを見てなのか、一人の男子クラスメイトが、興味深そうにこちらに歩いてくる。
「なぁ足利、何弄ってるんだ?それってたまごっち?」
僕はその男子クラスメイトの質問に対して、たっぷりと間を空けてから、
「何でもいいだろ」
と短く答えた。
そして、男子クラスメイトはしばらく僕の様子を眺めた後、「ふぅん」と言って立ち去っていった。
…自分でも、ほとほと無愛想な対応だった、と思いはしたが、別段後悔はしなかった。
これが日頃の自分というものであり、クラスにおける自分の立場というものなのだから。
しかしこのガラクタ、本当何のチートツール何だろうな。
接続部分が無いって言うのがまずおかしいし、道端にそれが落ちてたってことも、おかしいと言えばおかしい。
まぁ、別にどうでもいいのだけれど。
僕は赤いボタンをプッシュして、画面を再び起動させた。
朝に適当に押したからか、『DefenseMAX』の文字が、他の文字より少しだけ濃く表示されていた。
ディフェンスマックス、ね…。
守備力が最大、か。
つまり言い換えれば、ダメージを受けないってこと。
ダメージを、受けない。
ダメージを、受けない?
…。
……。
………。
頭を、擦る。
…………。
まさか、な…。
…と、考えつつ、『AttackMAX』にカーソルを合わせて、赤いボタンを押そうとしている自分がいた。
いやぁ、ないない。
ハハハ、ハハハハハ…。
ボタンを、押した。
するとまた、『キュゥゥゥゥン…』と音をたてながら、画面は消えていった。
(ドクン、ドクン、ドクン、ドクン)
手を、握り締める。
(ドクン、ドクンドクン、ドクン、ドクン)
少し、逡巡した後、握り締めた手を机に向ける。
(ドクンドクン、ドクンドクンドクンドクン!!!!)
カンッ、と。
机を、叩いた。
すると。
『ベキッ』という音をたてながら、机は真っ二つになった。
……。
心臓が高鳴る。
心臓が脈打つ。
頭がボーっとする。
クラスメイト達がこちらを見ている。
………。
「つ、机が壊れたな…、予備室に行って、換えて来ないと…」
我ながら、説明するような口調だった。
僕は真っ二つになった机を抱え上げ、廊下に出る。
…なんてこった。
いやもう、なんて言ったらいいのか…。
とにかく、このガラクタはどうやらチートツール、というのは確かみたいで、それも現実をチートする、みたいな、そんなとんでもない代物だったらしい。
いやはや。
本当に、とんでもない。
何故こんな物が、こんな非現実的な物が道端に落ちていたのかは、置いておくとして。
最っ高に、素晴らしく、とんでもない。
僕は職員室に行き、机が壊れた旨を報告して(先生は、『古かったのだろうな』、と言っていた)、予備室の机を自分の教室まで運んだ。
そしてその後また、例のガラクタ、いやチートツールを起動する。
改めて、どういった種類のチートがあるのかを、確認した。
英語表記だけならばまだ良かったのだが、どうやら別の国(?)の言葉も使われているらしく、全てのチートを理解するには至らなかった。
だが、十分。
これだけ分かれば、いや、こんなに分からなかったとしても、重畳だ。
とりあえず『AttackMAX』のチートをオフ(再度カーソルを合わせて赤いボタンを押したら出来た)にして、今度は『BrainMAX』のチートをオンにしてみた。
『BrainMAX』…、最高の脳…、大体察しはつくな…。
そしてそのまま鐘が鳴り、午後の授業。
世界が、変わった。
問題を見ただけで、頭に回答が浮かび上がってくる。
教科書の内容を、一字一句漏らさず覚えている。
教師が次に何を言おうとしているのか、先を取るように分かる。
最高だ。
僕は今、エジソンよりも頭が良いのかもしれない!
僕は今、世界の誰よりも頭が良いのかもしれない!
教師が低脳に思える。
クラスメイトが猿に思える。
僕自身が神に思える!
もう学校なんて必要無い。僕は全能者であるのだから。
帰り。
僕は保健の先生の言う通りに、病院に向かっていた。
まぁ何も異常は無いと思うし、あってもチートを使えば万事解決なのだが、まぁ折角学校が手当てを出してくれるのだから、行っておこうということにしたのだ。
僕が住んでる地域には病院が1つしか無い。
とはいえその1つしか無い病院はとても大きな病院で、風邪から外科手術まで何でもござれの、万能な病院。
現在僕は、その病院の中の受付前の椅子に、腰をおろしている。
今は、待ち時間。
自分の診察の番が来るまでは、まだ時間がある。
ほけーっと、チートツールを眺めていたら、タタタッと、通路を駆ける音が聞こえた。
1人の少女が、こちらに向かって通路を駆けているのだ。
少女は、僕の隣の椅子に勢い良く座る。
少女の鼻からはチューブが伸びていて、頭には隠すように包帯を巻いている。
少女は僕の方を向いて二カっと笑う。
純真無垢な、屈託の無い笑顔だった。
僕は、それに笑い返すようなことはしなかった。
しばらく見つめ合う形になっていると、この少女の保護者らしき女性(母親だろう)が駆けてきて、女性は僕に「すいません」と頭を下げ、その後少女に「ほら戻るよ、みっちゃん」と言い、少女の手を引く。
僕はその様子を眺めて、やがて、1つのことを、聞いた。
「あの、失礼ですが、その子、一体何の病気なんですか?」
僕はそう、少女の母親に聞いた。
僕にしては珍しく、他人に積極的に、話しかけた。
質問に対し、少女の母親は少し間を空けてから、
「脳に、腫瘍があるんです」
と言った。
脳。
脳腫瘍。
脳の、癌。
母親は続ける。
「今日、これから手術なんです。脳の、手術です」
手術。
こんな幼い、少女が。
幼少期の癌の手術は、手術が成功する確立こそは成人よりも高いが、その後のリハビリなどがかなり苦痛なものだと聞く。
他にも放射能の影響等で、知能の発達に障害が生じる可能性があるということも聞いたことがある。
なので、手術をするにあたって保護者と医師、勿論本人も相当な覚悟が必要である。
…。
考えが――過ぎる。
僕の頭に、ある考えが過ぎる。
母親はそんな僕の様子を窺いつつ、話を更に続けた。
「この子は、生きたい、と言いました」
生きたい。
「この子には手術のことも放射線のことも、全て話しました。その上でこの子は笑顔を作って、『まだ生きたい』と言ったんです」
リスクを受け入れた上での、決断。
こんなに幼い子供が、こんなに大きなリスクを背負ってなお、生きようと、生きていたいと、言う。
放射能の影響。
リハビリの苦痛。
手術の苦痛。
それだけのリスクを伴いながらも、生存できる確率は、100パーセントでは、無い。
僕は、手元のチートツールに目を見遣る。
これを使えば、一瞬だ。
この少女を苦しませずに、一瞬で、治せる。
そして少女は、『生きる』ことを望んでいる。
…やるか。
僕はチートツールを起動し、『DeleteOfSickness』にカーソルを合わせる。
『DeleteOfSickness』。
病気の、削除。
チートツールを少女に持たせて、僕は少女に「その赤いボタンを押してみな」と言った。
少女は特に迷うことも無く、ボタンを押した。
『キュゥゥゥゥゥン…』という音が聞こえる。
少女の母親は、不思議そうな顔でその様子を眺めている。
僕は少女からチートツールを返して貰い、それをズボンのポケットにしまう。
…この時僕は、とても良いことをしたのだと思った。
とても、良いことを。
そこで。
「足利さーん。足利芍薬さーん」
自分の名前が呼ばれるのを確認した。
どうやら自分の診察の順番が来たようだ。
僕は少女とその母親に、「頑張ってください」と一言言ってから、席を立った。
僕の今の心境は、優越感と万能感でいっぱい。
神にでもなったかのような気分だった。
誤字脱字等がありましたら、ご指摘いただけると幸いです。




