#クロ
とある路地裏で、
少女は、旅人に出会いました。
旅人は黒いレザーパンツに、黒いYシャツをきっちり着込んで帽子もブーツも真っ黒でした。
旅人は、薄黒い壁に寄りかかって、足元を見ながらタバコをくゆらせているようでした。
ようでしたというのは、旅人の前髪が目元と顔の半分を覆い隠しているからです。
生まれて一度も日を浴びたことがないのかと思うほど白い肌に、
本で見るようなブロンドの旅人に少女はちかよりました。
「どこから来たの?」
旅人は、顔も向けずに答えます。
「この町から来たんだよ」
少女は言いました。
「そう、旅人さん、あたしのお兄ちゃんにそっくりね」
旅人は、やっと少女に目を向けました。
その瞳は、たった今も建物の隙間からのぞく、青空にそっくりでした。
「お兄ちゃんは目も髪も黒かったけどね」
「お兄さんの……名前は?」
「……忘れちゃったわ」
「……そう、残念だね」
「10年位したら、思い出すかもしれないけれど」
「……」
旅人は、ふっと笑ってまた下のようにタバコの煙を吐き出しました。
まるで、記憶を入れ替えるみたいに。
「それじゃあ、僕と町を出ようか。君が思い出したら、君を殺すことにしよう」
「町から出るの」
「そう、町から出るんだ」
先日10歳を迎えたばかりの少女は、少しも迷うことなく旅人に返事をしました。
「そうね、思い出すまで旅人さんと旅をするわ」
「そう? それはよかった、ところで、君の名前は?」
「黒よ」
「……奇遇だね、僕も、黒っていうんだよ」
少女と旅人はしばし沈黙しました。
「困ったね」
「……それじゃあ、あたしがヘイで、あなたがクロでいいじゃない」
「それじゃあ、僕が猫みたいじゃないか」
「あら、そんなの偏見だわ。クロって名前の人に失礼よ。それに、
あたしの家の猫はシロだわ」
旅人は、前に出会った人間のことを思い出しました。
――彼も、僕のいうことなんて、ひとつも聞いちゃくれなかったなあ。
旅人が、その人間のことを思い出すのは、とても久しぶりでした。
旅人は、影みたいな格好のまま、
真っ黒な長い髪をなびかせる少女と路地出ました。
明るい路地にでても、旅人は影みたいなままでした。
この街では、昔から茶髪と茶色の瞳をもった人が普通でしたから、
旅人と少女はいささか目立ちます。
「これをかぶってるといい」
旅人は、自分のかぶっていた黒い帽子を少女にかぶせようとしましたが。
ふと思うことがあり、帽子を深くかぶり直しました。
「どうしたの?」
「いや、僕が目立っちゃうなと思って。」
帽子をかぶっていても、旅人の格好と、帽子からのぞく金色の髪は目立ちましたが、少女はそれを言いませんでした。
「それに、この帽子を脱ぐと死んじゃうんだ。」
「……? どうして?」
「前にこの帽子をかぶってた人がそうだったからだよ」
それだけ言うと、こんどこそ旅人と少女は
街を出るまで無言でした。
「だいたい、お兄ちゃんがいけないのよ。まったく、あなたも大変だったわね」
旅を始めてから、何年か経ったある日、少女が旅人に言いましたが。
「お兄ちゃんの最期は、どんなだった?」
……それはまた、
別のお話で。