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とある旅人の話  作者:
1/2

#ヘイ

 


 それは、とある国のとある路地。


 その国は、慈悲深い王が収めていましたが、

 戦争が嫌いなせいで、とても貧乏な国でした。



 少年は、旅人に出会いました。


 旅人は黒いYシャツに黒いレザーパンツ、帽子もブーツも真っ黒でした。

 カフスのボタンは外してあって、肘から先があらわになっています。


 旅人は、薄暗い路地に座り込み、片膝を立ててタバコをくゆらせていました。


 袖口から伸びる細い腕と、小さな顔、そしてそれを支える首だけが、白く浮き上がって見えました。



 よく見ると、とても整った顔立ちの青年のようにも見えます。


 しかし、顔の半分は服とおなじ黒い髪で隠れていてみることができません。



 少年は旅人のそばに寄り、話しかけました。



「ねえ、お願い。僕を……――殺して?」



 旅人はふとこちらを向き、思いついたように言います。



「そうだな、それじゃあ。

 俺と10年旅をしよう。それでもこの世界がクソだと思うなら、

 ……――そん時は、俺が殺してやるよ」



 旅人は微笑んだので、少年も笑いました。









 それから、十年│ちました。


 少年は青年になり、

 旅人は旅人のままでした。



 二人は、これまたとある国の、とある宿で食事をとっていました。



 ふと、思いついたように旅人は言います。



「なあ、お前を殺してやろうか?」

 言って、冷めたシチューをくちに運びます。



 青年は、まるで独り言ちるように


「そうだな、

 ……―やめとくよ」


 言って、パンを口に運び、旅人に微笑みました。



 今度は、旅人が声を上げて笑いました。



 それは、青年が、青年になるもっと前からしても、見たことのない笑いようでした。


 ふたりの旅は、それからも続きました。





 青年の髪は少年の頃から、金色でした。


 それはそれは綺麗なブロンドで、旅をするには目立つので、いつも帽子をかぶっていなくてはならないほどでした。


 瞳も深い碧色あおいろでした。


 旅人は、時折ときおり彼の瞳に映る月の光に見いっていました。





 息も凍る寒い朝。


 彼らはいつかと同じように灰色の壁に囲まれた宿の一室で、朝食をとっていました。

 相変わらずシチューは冷めていましたが、パンはまあまあでした。



 その日はどんよりと空が重たく、今にも雨か雪が降り出しそうです。



 かたん。

 寝室の方から、物音がしました。



 青年が見に行こうとすると、旅人は


「いいからお前はオイルとナイフを買ってこい。

 ああ、これをやるから。新しい銃でも買えばいい」


「いいけど、雨が振りそうです」


「そうだな、帰るまでに、湯を沸かしといてやるよ。

 ……これかぶってけ」


 旅人は、旅人のかぶっている帽子をかぶせました。

 すると、青年は黒づくめになりました。


 シャツこそきちんと着込んでいますが、

 それは、初めて旅人にあったときの格好そっくりでした。



 すっぽりと頭をおおうつばの広いぼうしからは、旅人の吸っているタバコの臭いがします。


 青年はタバコをすいませんでしたが、

 旅人の吸うタバコの匂いは好きでした。



「はい。あ、帰るまでに、食器を片付けておいてくださいよ」


「わかってるよ」


 そう言いましたが、今までも、そう言って旅人が食器を片付けたことはありませんでした。


「いってきます」


 青年は、笑いながら財布を受け取りましたが、その重さに驚きました。


「……いくつ銃を買わせるつもりなんです?」


「好きなだけ」 


 適当に言いました。


 旅人は、どこまでも旅人だと、

 青年はその時思いました。




「行ってきます」

 ドアの前でもう一度振り返ると、旅人は



「行ってらっしゃい」

 こちらを振り向かずに、テーブルに向かったままでした。


 灰皿の上で、静かにタバコをもみ消しながら、

 ひらひらと左手を降っています。



 横目で見ながら、青年は重たい扉を閉めました。







 宿に帰る途中、案の定雨が、降り出しました。


 青年は、オイルを少しにぎ立てのナイフを4本。

 青年にとっては2丁目の銃。


 それから、旅人のために買ったタバコを抱えていましたから、いそいで宿まで走りました。



 雨脚は強まるばかりです。







 ドアを開けると、そこには赤い床がひろがっていました。


 それは、旅人の血でした。



 青年は、ドアのそばに荷物を置き、

 腰に下げていたピストルの安全装置を外しました。



 静まりかえった部屋に、カチッという軽い音が響きます。



 旅人は、テーブルのそばに倒れていました。

 瞳は閉じられ、眠るように。



 けれども、何発も、何発も。


 脚や、腕や、腹を打たれたあとがあります。

 最後はこめかみをたまが貫通していました。



 いつもの黒尽くめが、更に重く濃い色になっていました。


 青年は、旅人の体を抱き起こしました。



 少年だった頃と違い、二人の背丈はあまり変わりません。



「……」




 青年は、何も言わずに旅人の前髪を書き上げました。

 そこには一方と同じように閉じられた瞳がありましたが、そのまぶたを押し上げると、そこに瞳はありませんでした。



 それでも、青年は何も言わず、ただ黙って旅人の顔を見つめています。


 ちらっと目をやると、食器は、流し台に放り込まれたままでした。




 そして、ふと。

 旅人に微笑みかけました。


 それは、旅人が好きな表情でした。



 そしてそのまま、青年は自分の左目をえぐりとりました。






 痛みで体は痙攣し、焼けつくような頭痛がします。

 叫びだしそうになるのを堪え、青年は、自分の左手に、左目があるのを確認しました。


 青年は、綺麗だ。と思いました。

 でも、旅人にも似合うんじゃないかなと思いました。


 そっと旅人の顔に、自分の瞳を納めます。



 青年が思った通り、青い瞳は旅人によく似合っていました。


 青年の左側は血まみれで、頭の奥が真っ赤になるような痛みが続いていましたが、

 いつも真っ黒だった旅人に、青い瞳が据えられているのが不思議でそれに見入りました。




 青年は、旅人の胸元に火をつけました。

 旅人にはあらかじめ、買ってきたオイルを垂らしてありましたから、火はあっという間に旅人を包み、天井まで届きました。



 青年は、炎の前で、旅人の吸っていたタバコをくゆらせながら、

 そばに転がっているもうひとつの死体にやっと目をやりトンッと軽く、つま先で小突きました。

 そして、ただ一言「・・・黒。《へい》」とつぶやきました。




 それが、旅人の名前でした。









 とある国を、旅人は歩きます。


 その国の人々は、みんな茶色の髪の毛に、同じ色の瞳でした。

 そして同時にその国は、旅人が少年だった頃住んでいた国でした。

 しかし、旅人はそんなことを知りません。


 国は、少年が国をでた頃と違い、活気が溢れています。

 これも、旅人の知らないことです。


 国の中心にたつ城を見て、やっと、旅人はこの国が自分の故郷だと気が付きました。

 城の城壁には、大きなバツ印や、汚い言葉で罵った張り紙がありました。


 すぐそばに立っていた警察官の男に訪ねました。


「ここの王は嫌われているんですね」


 それは、素直な感想でした。

 男はしかめっ面で応えます。


「この国には王なんていないさ、ずーっと昔に民主制になったんだよ」



「へえ。それじゃあ王はどこに行ったんです?」


 ああ、それなら、男は言います。


「少し前に、王族の生き残りを殺すために、殺し屋さんが雇われたって話だ。

 このあたりじゃあ、珍しい、金髪に碧眼だそうだから、すぐに捕まったよ」


「そう、それで?」


「それで…・・って。たしか、一番末の王子だけ見つかってないんじゃなかったかな。

 なんと、殺し屋が失敗したんだ」




「ありがとうございます。それにしても、この国は治安が良さそうですね」


 旅人は帽子の下から城の周りを見渡します。


 赤い靴を履いた女の子が、綺麗な服を着た母親に連れられて歩いています。

 老夫婦は、噴水の脇にあるベンチに腰掛け、昔話の最中でした。



 男は言います。


「当然さ、王がいなくなってから戦争を始めたから、お金はあるし。

 悪いことをしたら、みんなすぐ殺してしまうからね。

 この国に、そろそろ悪い奴は居なくなるよ」



 おや、男は続けます。



「旅人さん、あんた。

 変わった眼の色だね。金髪だし、ここの腐った元王族にそっくりだよ」


「そうですね」


「やや、……これは、失礼した。どうだいお礼に食事でも」


「いえ結構」


 それよりも、


「聞きたいことが」



 男は、国の風景にふさわしい笑顔で「なんだい?」と言って旅人に向き直りました。



「王子の抹殺に失敗したのはあなたですか?」


「ああ、そうだよ?」



 他に誰がいるんだ。男は言います。


「いやはや、金髪碧眼の青年がいるっていうから入った宿には黒尽くめの男しかいない。

 撃てども撃てども王子の場所は言わない。

 終いには俺の胸に一発当てて、自殺と来たよ」


 旅人は、黙って聞いています。


「俺は防弾着を着ていたから、そこで気を失うだけで済んだんだけど。

 目が覚めたら火柱だ。まさか焼身自殺とはね」



 そう言って、男は肩をすくめました。

 旅人は、黙って聞いています。







 パンッ







 乾いた音が、広場に響き、一人の男が死にました。


 その音は、

 一人の命を奪うには、あまりにも軽く――……




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