精霊会合 前(第五章「海の騒乱 14」読了推奨)
第五章「海上の会合 1」の前夜に起きた精霊の会合です。
がっつりネタバレがあるため、「海の騒乱 14 ―ふたたび、会合―」まで読了しておくことをオススメします。
それは人間たちの会合が開かれる前夜のこと。
「ではそろそろワタシ達は行きますね」
「あら、もうそんな時間なのね」
精霊は眠らないので深夜に会合を開くことになっていて、レーヘンはくろやみ国の特級精霊として、これから単体で各国の精霊たちと渡り合う。
人間同士のやりとりも大事だけれど、今の私達がどれくらい精霊に助けられているかを考えれば、各国の精霊たちにくろやみ国を認めてもらうことはとても重要なこと。
「レーヘン」
「はい」
私は目一杯応援する気持ちを込めて、闇の精霊を腕で囲んで、そっと抱きしめた。
「ファムさま?」
レーヘンは不思議そうな声をあげる。意図がわからないらしい。
「アナタはやるときはやってくれるって信じてるから。自信を持ってね」
「はい」
「人間の私が言うのもなんだけど、くれぐれも他の精霊と仲良くね。特に、他の国に関して悪口を言わないこと」
「気をつけます」
私が腕をほどいて離れると、レーヘンがじっと見つめてきたので、私も見つめかえす。青灰色の瞳はいつもとかわらないようでいて、どこか緊張や不安を含んでいるようにも見える。気のせいかもしれないけど
精霊に信頼関係といったものがあるのかどうかさえ知らないけれど、とにかく私はアナタを信じるわ。
「うちの国の代表として、しっかり頑張ってくるのよ!」
「はい」
「ハーシェも、危ないことは無いらしいから、とにかくレーヘンから離れないように」
「わかりました」
そう言って今度は私に似た銀髪の女性を抱きしめる。ハーシェは影霊としてのお披露目役として、レーヘンと共に精霊達の会合へ出向くことになっている。
「何か変なことされそうになったら、とにかくはぐらかして逃げるのよ」
「はい!」
良い笑顔ね!
◆
霊晶石で建造された建物の海中部分には人間では立ち入ることのできない部屋があった。これは人間を締め出すためといった理由からではなく、人間たちが使わない場所を彼らの会議室としたためである。だがもちろん人間に喜んで聴かせる内容を話す場所でもない。
うっすらとテーブルの縁が光り、並ぶ椅子には精霊。その多くが海上で人間たちと共にいた精霊だが、そこにはいなかった顔ぶれも混じっている。
全員の見つめる先には灰色の髪の女性が立っていた。
「ハーシェといいましたね」
「はい」
空気に溶けこむような静かな声にハーシェは応える。自分を取り囲んでいるどの精霊が発しているのかわからない、不思議な響きをもつ声音だった。
「次の質問で最後です。これから自分はどういった存在でありたいですか?」
ハーシェは言われた内容を頭の中で繰り返した。
「あなたは最初の影霊。すべての始まりになるのです。今後どう生きたいと願うかが、その希望が他の影霊にも影響します。あなたを誕生させた女王や、他の影霊たちは皆あなたの意見を尊重するそうです。ゆっくり考えてみてください」
ハーシェは言われた通りゆっくりと考えた。問われている内容の重要さは理解できた。自分や他の影霊の今後を決める重要な質問だが、どうやらこの場ですぐに答える必要があることもわかった。周囲を囲むように存在する精霊全員が彼女の答えを待っている。正解も間違いも求められていない。ただハーシェ自身の希望するものが何なのかを知りたがっている。
そして彼女は答えた。
素直で、率直といっていいその内容に全員が満足し、何名かの精霊は感嘆の声を漏らした。
「わかりました。これで我々からの問いかけは終わります。なにか感想はありますか?」
「えっと、その、こういった場は初めてでしたので緊張しました」
それまで無表情といってよかった顔つきだったハーシェは初めて微笑んだ。それからお辞儀をすると、背後に立っている闇の精霊の導きで移動する。何しろほとんど光が存在せず、足元も見えない空間なのでハーシェ一人では歩き回れない。
「お疲れ様です」
「これでお役に立てましたか?」
「ええ充分に」
そう言って闇の精霊がハーシェの背をなでて労ると、彼女は目を閉じて灰色の兎の姿になり、眠るように動かなくなった。
闇の精霊はその灰色の小さな毛玉を両手でそっとすくいあげるように持ち上げると持参していた柔らかい素材を底に敷き詰めた箱の中に収め、音を立てないように蓋をした。
「それではまた後ほどお会いしましょう」
「いい子ですね。べウォルクトは素晴らしい成果をあげました」
「ええ。それと、我が主の協力があってこそです」
背後から投げかけられた言葉に闇の精霊はそう答え、今度は自身が他の精霊たちに囲まれるようにして中心に立つ。
「さて、ここからは国精霊としての話し合いとしましょう。闇の特級精霊レーヘン、自ら王を見つけ出したという行動力には賞賛を覚えます」
「それはありがとうございます」
レーヘンは銀髪の青年姿で微笑む。この姿になって得たものは数多いが、この笑みもその一つだ。
「ずいぶんと若い人間の姿になりましたね」
「王がそう望まれましたので」
「男性体は人間の中に紛れるのなら良い判断ですね。女性だとそれなりに老いを演出するのが大変で」
赤麗国の国精霊のアカネが言う。日中は赤い髪をきっちりと結い上げ装飾品で飾り立て、瞳もの色も赤麗国の宮廷ではよくある深みのある赤、衣装も身分の高い女官のものを着こなしていたが、今は髪と瞳はどちらも鮮やかな緑色をしており、髪は軽く結っただけで、首から金鎖で下げた小さな丸めがね以外は装飾品を身に着けておらず、服装は赤だが飾り気のない装いになっている。
「ワタクシは年齢相応に肌の乾燥具合を保つのがなかなか難しくて。よく美肌の秘訣は何だと訊かれるのよ? むしろもっと乾燥させたいのに」
「夕方以降は疲れた様子を演出するのに苦労してますよね」
アカネの背後の席にいる同じ赤麗国の精霊シノノメが言う。人間の尺度でいえばシノノメは一等級の精霊で、アカネと同じ宮廷内で人間に紛れて暮らしている。
「時々やりすぎて紅濫あたりがよく紅祢ばあさんももう歳だなって言ってますよ」
「だれがばあさんですか」
アカネがシノノメの言葉に反応する。
「やはり見かけは工夫した方がいいのですかね。ワタシは面倒なので長年同じ姿で過ごしていますが、周囲の人間に距離を置かれて、今じゃ王宮の付属品か何かと思われている節があります」
そう言って白箔国のオーフが伏し目がちに首を横に振る。分体の白いランタンから投影されたものなので輪郭はやや薄ぼんやりとしているが、繊細な装飾の施された白い衣裳に輝く黒髪が流れ、瞳は貴石のような光を持ち黒いまつげに縁取られている。
「そういえばアナタもアカネと同様に大変そうな姿ですねアクシャム」
オーフが青嶺国の精霊達が座る席に声をかけると、アクシャムがため息をつく。
「ええ、アンチエイジングっていうの? 歳が歳だから最近よく勧められるんだけど、ああいうのをしてまた元に戻す方が大変だから、きちんと時間通りに老いるようにしてあるの。人って些細な変化に敏感だから。気がつかないうちに白髪を減らしちゃって驚かれたことがあるのよ」
アクシャムも昼間よりもずいぶんと装いが変わっており、秘書官よりも地味な小姓が着るような身軽な服装に、上着だけは王室の紋らしきものが刺繍されたものを羽織っている。そしてなにより青かった巻き毛と瞳が橙色の鮮やかなものに変わっている。
「そうそう、くろやみ国のレーヘン、昼間は挨拶ができずごめんあそばせ、ワタクシが青嶺国の国精霊アクシャムですの」
そう言ってアクシャムは席から立ち上がると一瞬のうちにレーヘンの前に現れ、手を差し出す。
「うちのジェスルちゃんの面倒を見てくれてありがとう」
「どうも、その節はにぎやかな土産をありがとうございました」
レーヘンはそう言いながらアクシャムの手を握って握手をしつつ、皺の刻まれた歴史のある手を珍しそうに眺める。
「本当に見事な『代役』ですね」
レーヘンの言葉にアクシャムは嬉しそうに笑う。
「おほほっ、あの子たちを元気に育てあげるのが亡くなったハーリカさまと約束したワタクシの役目ですもの。当然よ」
現在の青嶺国は表向き国精霊のアクシャムは姿を見せない存在となっている。それはかつて王妃ハーリカが死の間際にアクシャムと約束をし、本人の代わりとなって子育てをしているからだ。この特級精霊は人間の前では姿形はおろか性格や言動まで本人を模倣した状態で常に過ごしている。
アクシャムが席に戻ると、オーフが先導するように言葉を切った。
「それで、ベウォルクトから聞きましたが『くろやみ国』として改めて国家間の協定を結びたいとの話ですが」
「はい。そのとおりです。精霊が関わる国としての協力関係を持つことを希望します」
日中のハーリカとは違う表情でアクシャムが口を開く。
「これは人間の国家に影響力を持たない我々精霊間のものに限定されますが、どの国との協定を希望しますか?」
「できれば全員と」
「わかりました。そちらの方はすでに協定の要項をまとめているので、この場では最終確認をしましょう」
アカネが頷いてオーフに目配せする。
「レーヘン、精霊同士での取り決めには申し出る側が『提供』するものがある。君は我々に何をみせてくれる?」
白箔国の精霊オーフはそう言うと、くろやみ国の精霊レーヘンに微笑みかけた。
2018/03/03:ちょっと加筆。




