レーベンボーフの話 後(本編関係なし)
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女王の説明を聞いた後、王の間を出ていったレーベンボーフは数分経たずに一人の女性を連れて戻って来た。
「なんだ?」
前髪だけは長いが短く整えられた銀髪、黒の細身のパンツに光沢のある淡い灰色のワイシャツ。そして高いヒールのショートブーツを履いた女性、元血霧の女帝ことマルハレータがそこに立っていた。
「旅の途中呼び出してごめんなさい。身体は大丈夫? 実はね……」
「……ふぅん。別次元ね」
マルハレータはどこか眠そうな顔で女王の説明を聞き、たいして興味なさそうに頷いた。
「まあ、大体事情はわかった。ところで、こっちにはおれみたいなのもいるのか?」
「ええ」
王の間に現れたのは細身の男性だった。マルハレータの男性版と言って良い。長い銀髪を背後で束ね、黒い上下に首にゆるく銀のリボンタイをしめている。男性の隣には小柄な少女が寄り添っていた。
男となにやら言葉を交わしていたマルハレータはいきなり相手にキレだした。
「おれに似た顔でんな情けないこと言ってんじゃねぇ。クソつまんねぇ男だな!」
「貴様こそ、可愛げのない女だ!」
「はっ、てめーに振舞う愛想なんざない持ち合わせちゃいないからなぁ」
額をぶつけ合うかのように睨み合い、熾烈なガンの飛ばしあいが始まる。
「あれ、同属嫌悪っていうんじゃないかしら」
手は出ていないが口喧嘩を始めた二人を遠くから眺めながら、女王があごに手をあてて言う。
「どっちもどっちってことですね」
レーヘンは女王の隣で言った。
そのうち言い合いは規模が大きくなり、ついにマルハレータの我慢が切れて足が出た。いきなりの蹴りによろめく男にさらに蹴りを入れようと近づくマルハレータに立ちはだかる者がいた。
「レーモントさまをいじめないで!」
男に寄り添っていた少女だった。同じように銀髪だが二本の三つ編みにまとめられており、暗い銀色の瞳をしている。レース飾りのついた黒いワンピースを着て、同じく黒色の光沢のある丸みをおびたブーツを履いており、背中には身体に不釣合いな大きさの合皮の縦に長いケースを背負っていた。
いきなり飛び出してきた少女の姿に目を丸くし、マルハレータは足を引いた。
「ローズ、やめろ」
レーモントという名らしき男性版マルハレータが焦りながら少女をどけようとするが、少女は頑として動かない。その様子を見て、マルハレータは目を細める。
「こっちのあいつか……別人だな」
「お前のところにもいるのか。どんな姿なんだ」
レーモントに問われ、マルハレータは前髪をかきあげながら言う。
「あー、男だ。目付きが悪くて、バカで、お前より図体がでかい」
「そ、そうか。この子が……大男……」
己の腰のあたりにしがみつく少女を見下ろし、レーモントは顔をひきつらせる。
マルハレータは近づくと屈みこみ、少女と目線を合わせた。
「なあ、お前、この男のこと好きか?」
「はい、大好きです!」
花もほころぶような可憐な笑顔だった。レーモントはその言語に優しく笑みを浮かべ、少女の髪を撫でた。その光景を見てマルハレータはしかめ面をした。彼女は続けて問いかける。
「そうか。ローズといったか。お前自分の命で男の命が助かると言われたらどうする?」
「私の命を差し出します」
少女は迷いなく言った。
「この男はやめろと言っても?」
「レーモントさまが死んじゃうなんて絶対に駄目です。レーモントさまがいない世界なんて世界じゃないです」
「そうか」
まっすぐな視線を受け止め、何かを納得したらしくマルハレータはひとつ頷くとこちらへ戻ってきた。
「平行世界だな」
「あれでわかるのね」
「ああ」
***
目を開けると、いつもの私のお城のだった。
女性版のレーヘンとか、男の子の私とかが出てくるかなり変わった夢をみた。本当に夢だったのかなんだったのか分からないけれど、思うところがあってレーヘンにお茶を淹れさせたら、すごい味になって出てきた。
「あちらのワタシと同じようにしたのに。どうしてでしょうか」
そう言って銀髪の精霊が納得いかない風に首をかしげていたので、あれはどうも夢ではないみたい。
あっちの私、すこしはいい男になるといいわね。
***
「女の俺は帰ったの?」
「ええ。先ほど。貴方によろしくとおっしゃっていました」
「そうか」
「フィムさま、今でもヴィルヘルミナ嬢に会いたいですか?」
「会いたい……けど……俺、もうここから出られないんだろ?」
フィムは暗い表情で言う。この子のこんな表情が増えたのはいつ頃からだろうか
「何故諦めるのです? 探せば手段などいくらでも見つかるでしょう」
現に、女性のあなたは諦めていませんでしたよ
あえてそう言葉にはせず、レーベンボーフは目の前の少年を見下ろす。
「でも……あいつ貴族だし……」
「早く強い王になってヴィルヘルミナを迎えに行くと意気込んでいたのを、もうお忘れで?」
「あれは、その」
尻窄みになって消えた言葉にレーベンボーフの片眉がぴくりと動いた。
「客人が言っていたのですが」
銀髪の精霊はうつむき、前髪に表情が隠れる。
「煮え切らない男ほど情けないものはないそうですよ。強くなりたいのでは無いのですか?」
「な、なりたいさ! そりゃあ」
その言葉を聞き、レーベンボーフは微笑んだ。そしておもむろに指先を伸ばすと変形させ、ロープのようにしなるそれを勢い良く地面へ叩きつける。
空気を振動させるほどの衝撃音が響きわたった。
「そうですか、それではさらに強くなるためにワタシも協力させていただきますね」
「な、なんだそれ」
「鞭です。調教用のもので、音は派手ですが痛みは弱いそうです。皮膚を一枚ほど弾け飛ばす程度ですから、声なんて出さないでくださいね」
鞭のしなり具合を確認しながらレーベンボーフはゆっくりとフィムへと向かって歩き出す。かかとのヒールが床とぶつかり、硬質な音が王の間に響き渡る。フィムは後ずさろうとしたが出来なかった。なぜだか足が動かない。
「我が主人が一刻も早く世界に覇をとなえられるよう、ワタシが鍛え上げて差し上げましょう」
レーベンボーフは血のように真っ赤な薔薇が初めて花開いたかのように、鮮やかに微笑んだ。
***
「他の次元の私たちって仲が悪いのかしら?」
「気になります?」
「ちょっとはね」
「おそらくワタシでも調べようと思えば出来ますが」
「うーん……やらなくていいわ。私たちは私たちよ。それ以外の可能性なんか知ったってしょうがないわ。アナタもそう考えてちょうだい」
「はい、ファムさま」
レーヘンは微笑んだ。主を世界の覇者にしたいと望む精霊が参考にするために我々を選んで呼び出したのだ。つまりこの次元の女王の未来はそれに近いということなのだろう。
「大丈夫です。ファムさまにはワタシがついています」
にっこり笑う銀髪の青年姿の精霊を見て、
「いまいち安心できないけれど、まあ頼りにしてるわ」
女王はそうつぶやいた。
あとがき:
おあそび企画の話なのでざっくりした内容です。
おあそびなのでレーヘンもファムさんも肩の力が抜けた感じになってますね。
レーベンボーフ姐さんはレーヘンよりしっかりしているので、おつかいもしっかりこなして、うっかりもなさそうですね。