レーベンボーフの話 中(本編関係なし)
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「へえ、こっちにもサヴァはいるのね」
「サヴァは女騎士ですごく強いんだ。時々稽古してもらってる」
「サヴァの騎竜のゲイラ、あとは弟のレネと、シオンっていう女の子がいます。今はみんな闘技場の方にでかけてるんで不在ですが」
フィムがマフィンにかじりつく横で、ハースが行儀よく籠からマフィンを自分の皿に取りながら言う。
「ああその時期なのね、今」
ひとくちマフィンを食べると、女王は少年王を見た。
「じゃあ今あれの準備ですごく忙しいんじゃない?」
「あれ?」
「今度海の上であるじゃない。私なんて毎日頭爆発しそうよ」
女王は最近王の間で資料に向かって文句を言いながら頭をかかえていることがある。あれはそういった意味があったのだ。いつ女王の頭蓋が爆発してもいいよう、今度その光景を見たら医療器材を持って待機していようとレーヘンは決意した。
「フィムさまは諸国合同で行われる会合に不参加を表明しました」
レーベンボーフが茶のおかわりを用意しながら言った。
「え、そうなの? どうして? みんなに色々言われなかったの?」
不思議そうな顔をして女王は尋ねる。彼女は初めは会合に参加するのに難色を示していたが、国民と精霊に説得され今は前向きに準備をすすめている。
「それは……」
「いいんだ! 俺はここでゆっくり過ごしていたいんだから!」
言葉を続けようとするレーベンボーフを遮る形でそう言うと、用事があるからとフィムは王の間を出て行った。
「相談事とは、もしかして彼のことですか?」
レーヘンがフィムが去っていった扉を眺めながら言う。女王はあんな風に会話を止めて逃走するようなことはしない。
「ええ」
レーベンボーフは寂しそうに言う。
「フィムさまには立派な帝王になっていただきたいのです。ご本人も当初はそう望まれていました。ですが、最近のフィムさまあまりものごとに積極的でなはくなり、ワタシやベウォルクトとも『信頼関係』というものがうまく築けていないようなのです」
「信頼関係ですか」
「数ある並行次元の中で、“国主と精霊“として一番関係が良好な貴方がたに教えを乞いたいのです」
そう言われ、レーヘンは誇らしい気分になった。女王には時々叱られるが、嫌われたり、無視されたり、遠慮されたことは一度もないのだ。
「私とレーヘンは別に関係ないと思うわ」
女王はカップの茶を飲み干しながらあっさりと言ったので、レーヘンはちょっとショックを覚える。
「この国の一日の流れ、詳しく教えてくれない?」
レーベンボーフは不思議そうな顔をしながら、ハースと共にこの世界のくろやみ国の一日について説明した。ひととおり聞き終わると、女王は何かを納得していた。
「ここでは家事とかみんなあなた達がやってるから、人間が暇なのね。だから信頼関係も築けていないんだわ。ご飯の時間もみんなバラバラだなんて、こんな広いお城の中じゃ一日顔を合わさない事にもなっちゃうじゃないの。うちでも朝と晩はなるべく一緒に食べるようにしているわよ」
フィムは孤独になっているのだと、女王は言う。精霊だけでなく周りの国民たちとも交流が足りていないのだと。
「精霊でも人間でもいいから、とにかくみんなでやる仕事を増やすの。お城の設備を触る時とか、身の回りの掃除とかそういうの。一緒に作業すれば何か喋るだろうし、交流も深まるわ」
言われてみればレーヘンの次元の女王と国民たちは身の回りのことはなるべく自分たちでこなしていた。城のシステムも使うが頼り切らず(使い方がよく分からないかららしい)、精霊にすべて任せず(あてに出来ないと言われた)、特に食べることに関しては(精霊達が何もしないので)女王を中心に熱心に動いており、果樹園での収穫や材料の加工にも手間と時間をかけ、毎日違う料理を作っている。
レーベンボーフと比べるとレーヘンは何もしていないように思えていたが、これはこれでいいらしい。
「ワタシとフィムさまの関係はどうなのでしょうか」
「アナタの外見が年上の女性だからあまり強く出られないんじゃない? きっとあの子、アナタの事大切にしたいのよ」
うまく育てれば将来きっといい男になると、女王はなにやら頷いている。
「どうすればぎこちなさが減るのでしょう」
「うーん、会話が増えればいいと思うけど。美味しい料理作ってあげるとか? でも毎日だと嬉しさも減るかもしれないわね」
「あの、女として喜ばせて差し上げるのはまずいのでしょうか」
レーヘンボーフの言葉に女王の顔がひきつった。
「まさか、寝室に忍びこむとかやってないでしょうね?」
女性姿の精霊は顔をしかめる。やったらしい。
「ずいぶんと大胆な精霊ねぇ」
「それ以来距離を置かれるようになりました」
「警戒されているのよ。あの子も白箔国出身なら、私と価値観も近いはずよ。いい? 親しき仲にもちゃんと礼儀って必要なのよ?」
そう言うと女王は立ち上がり指を一本立てる。
「ちなみにうちでは、精霊であろうと幼馴染みであろうと夜に女の子の部屋へ家族以外が勝手に尋ねてはいけない決まりになっているの」
続けてもう一本指を立てる。
「それと、共同で使う大浴場の利用時間もちゃんと別。着替えを見るのも厳禁! うちのレーヘンはそのあたりしっかり守らせているわ」
「何度も叱られましたから」
一度入浴中に足を滑らせた女王を助けようとして侵入し、その後数時間にわたり王の間で正座させられたこともある。
「躾は大事よ」
そこで何かを思いついたらしく、女王は笑顔になりレーベンボーフを見る。
「フィムがまだ国を取りまとめられないなら、アナタがやればいいわ」
「ワタシがですか」
「主をアナタが鍛えればいいんじゃない? そっち方面で躾の上手い人がうちの国にいるんだけど、ちょっと呼び出せる?」
「え、ええ」
レーヘンはあんまり良くない予感がしたが、自分と同じ存在が押し黙ってしまう状況が珍しいので、黙って観察することにした。