レーベンボーフの話 前(本編関係なし)
2011年4月1日の活動報告に書いてたもしもネタを書いてみました。
本編からの遊びネタです。
時系列的に第三章の途中あたりです。
深夜にあたる時間、レーヘンが城の中を歩いていると突然空間のねじれを感知した。
精霊が作れるレベルの何とかなりそうな程度のものだったので、ベウォルクトに状況を説明して、そのまま巻き込まれてみることにした。
「どなたかがワタシに用があるみたいですね」
一瞬全身にノイズが走る感覚があり、瞬きをすると以前と変わらず城内だった。
「?」
城のシステムを触ってみてもそう違いを感じなかったが、ところどころ知らない構造を感知した。興味はあったが、ひとまず人や精霊の気配が集まっている感覚がある王の間へ向かうことにする。
「レーヘン!」
王の間に行くと、ファム女王が駆け寄ってきた。近づくと、いきなり胸のあたりをたたいてくる。
「ない! アナタはレーヘンだわ!」
「? どうしたんですかファムさま」
「ようこそ、平行世界のワタシ」
少し高く響く声がして、見ると“外見は違うのに個体として自分と同一の存在”がいた。
「アナタはどなたですか?」
警戒して女王を背後にかばうようにして立つと、相手はくすりと笑う。
「いきなり呼び出して申し訳ない。女王とワタシよ」
「ということは、この方はワタシの次元のファムさまですか」
自分だけならまだしも、女王も勝手に連れてきたことに不快感を覚え、レーヘンは眉間に皺をつくり相手を睨む。
「気がついたらいきなり目の前に女性版レーヘンがいたのよ。これは一体どういうことなの?」
「……女?」
女王の言葉に、見れば相手の外見は自分とは少し違っていた。
銀髪は一緒だがあちらのほうがやや長く、側頭部は細かい三つ編みにしてまとめている。服装も、肩周りをふくらませた濃い灰色のワンピースに、上から光沢の無い白っぽいものを巻きつけており、下には黒のストッキングとくるぶし丈までのヒールの高い編み上げブーツを履いている。
よく観察すれば体型も違うようだった。身長はあちらのほうがやや低く、その分の質量が胸囲と足腰についている。
レーヘンは二、三度瞬きをした。
自分と同じ個体情報を持つ相手は、人間の女性の姿をしていた。
レーヘンが相手を認識したのと同時に、相手はこの状況を楽しむかのように笑みを浮かべた。
「アナタ、レーヘンじゃないし、お城もなんかちょっと違うし。ここはどこよ」
不安なのかレーヘンの背にすがりつつも女王は気丈に目の前の“別のレーヘン”に問いかける。
「ワタシの名はレーベンボーフ」
そう告げると、レーベンボーフは上体をかがめて礼をした。
「ここは、貴方方がいたのとは違う、別次元のくろやみ国です」
***
「実はお願いがあり、ワタシがお呼びしました」
レーベンボーフは王の間にテーブルと椅子を出して座るようにすすめると、どこからともなく取り出したティーセットでお茶を淹れはじめた。
きっちりと時間を測って茶葉を蒸し、金属製のポットからガラス製のティーカップへ注ぐと音も立てずソーサーごとそっと女王の前に置く。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
口をつけると女王は目を見開いた。
「おいしい……!」
レーベンボーフはその言葉を聞いて微笑み、茶請けとしてクリームを挟んだビスケットを花柄のトレイに乗せて差し出すと再び口を開いた。
「貴方たちの次元と、この次元は数ある平行世界のなかでもかなり近しいものなのです」
「平行世界?」
「この世の動きにゆらぎをもたらすための、ささやかな分岐から生まれる“もしも”の世界です。本来ならそれぞれが互いの存在に気づくことはありませんし、こうして接触することもありません」
「ですが、この次元のワタシは精霊の力で干渉してこの場を設けているようですね」
女王の問いに、レーベンボーフが答え、レーヘンが続ける。
「理屈はわからないけれど、目の前の事実からどういうものなのかはなんとなくわかったわ」
眉間に皺をよせつつも、女王は目の前の銀髪の精霊たちを見比べ、頷きながら言った。
「理解が早い主さまです」
レーベンボーフの笑みが深まった。
「それで、私たちに何の用なの? 正直、出来ることなんてあんまりないと思うけど」
女王がビスケットを口に運びながら首を傾げる。
「実は相談に乗っていただきたいのです。ワタシと、ワタシの主フィムさまのことで」
「フィム? ファムじゃなくて?」
「ええ。この次元での我が主はフィムさま。十五歳の男子です」
思わずレーヘンはファムを見た。
この人が男性?
視線を受けてファムもレーヘンを見返す。自分を指さしながら
「私が男? しかも年下?」
「ええ。貴方たちの次元ではくろやみ国の王は女性ですが、ここでは逆なのです」
レーベンボーフがゆっくりと頷いた。
「じ、じゅうごさいって……」
女王は何故かそこに驚いているようだ。
「ボーフ!!」
王の間に慌ただしい足音が近づき、扉を蹴り開ける者がいた。
「また訓練中にベウォが襲ってきたんだけど! なんとかしてよ!」
入ってきたのは黒い瞳の少年だった。黒髪をレーヘンほどの長さで整え、灰色と黒の丈夫そうな服をきている。
「襲っているのではありません。これはじゃれついているのです」
高く透き通る声を聞いて、レーヘンは少年が抱えている存在に気づいた。
灰色の布を目から額まで巻いた、小柄な少女。人間に換算すれば四~六歳あたりの体格。服装は灰色の生地を多く使った足元まであるもので、布に覆われていない箇所から見える肌は石のように白く、髪は背中までの真っ直ぐな白っぽい銀髪だった。幅の広い袖の先からは猛禽類を思わせる銀色の鋭い爪が覗いている。
「まさか……ベウォルクト?」
数百年以上年上の、落ち着いた先輩精霊のまさかの子供姿は自分の女姿以上の衝撃だった。
「こんにちは、別次元のレーベンボーフ」
「ん? あんたらどなた? ボーフ、お客さん?」
少年は近づくと真っ直ぐこちらを見上げてきた。
「ええ。ワタシが呼んだ別次元のワタシ達ですよ。フィムさま」
レーベンボーフの言葉に、少年は目を丸くする。その表情は女王によく似ていた。
「なにそれ! じゃあこの格好良い兄さんはレーベンボーフなの!?」
すごい、すごいと、フィムははしゃぎながらレーヘンを見上げる。
フィムに抱えられた少女版ベウォルクトも一緒に見上げてくるので、レーヘンは落ち着かない気分になってきた。
「じゃあ、こっちの人は俺なの?」
「どーもこんにちは、『私』」
女王が腕組みしながら微笑む。
「ふーん、よろしく『俺』」
別次元の主は年上の女性である自分にどう接すればいいのかわからないらしく、首をかしげながら挨拶する。
「ボーフさんに言われてマフィンを持ってきました」
フィムの背後から銀髪の同じ顔した少年が現れる。
「ありがとうございます。ハース」
こちらにも影霊は存在するらしい。
「主さま、客人も交えておやつにしましょう」
レーエンボーフはそう告げると新たに茶を淹れ始めた。
フィムとハースはテーブルにつき、ベウォルクトは退屈だとつぶやいて王の間を出て行った。体重についてぶつぶついいながらも女王は新しく出て来た菓子にも手を伸ばす。
「このマフィンすっごくおいしい。誰が焼いたの?」
「ワタシですが」
「ボーフはどんな料理でも作れるし、すっごく美味しいんだよね」
レーヘンは自慢げなフィムの言葉に嫌な予感を覚えた。
女王が毅然とした目付きでこちらを見る。
「ずるい! レーヘン、やっぱり料理覚えなさい!」
「えええ~」
続きます。
“せいれいのちから”って便利