銀色の精霊、商売する 後
黒い小鳥を肩に乗せ、人々の中心で黒髪の青年は両手を広げて朗らかに言う。
「さあみなさん、見ていってください! 世にも珍しい黒竜と、その使い手の“くろの騎士”ですよ!」
言い終わると青年はお辞儀をして微笑む。彼らを取り囲む人々は黒い竜と黒い鎧をもの珍しげに眺めるが、数人の女性は熱心に青年を見つめていた。
「これからすごいものをお見せしますよ! とくとご覧あれ!」
さあどうぞ! と言わんばかりに紹介され、黒い鎧の戦士と黒い竜はしばし見つめ合う。
(「大道芸をすればいいと言ったのは俺だが……さて、何をすれば良いか。お前何かあるかゲオルギ?」)
(「ギュー」)
両者が戸惑っていると、青年の肩に止まっていた黒い小鳥が間に飛び込んで地上に降り立ち、右の翼を振った。
その動きを見て黒い鎧が右腕を無造作に上げると、それを合図にしたかのように黒い竜が地面に伏せた。
小鳥がさらに一声鳴くと、今度はなんとなく右手を前へ差し出し、そこに竜が鋭い爪の並んだ前足を片方乗せた。
「「……」」
乗せた方も乗せられた方もこの行動にどう反応したらいいのかわからずにいたが、周囲はどよめいた。
「おおお!」
「り、竜が芸をしたぞ!」
「続きまして。さあ」
青年の掛け声に慌て、黒い鎧がとりあえずもう片方の手を差し出すと、竜は反対の前足も乗せ、それから回転して太くて力強い尻尾を乗せ、最後になんでも噛み砕きそうな顎を乗せた。
観客達はさらに驚き、やった方も驚いていた。
(「こういったことだけでも驚かれるものなんだな」)
(「この地方では竜の生息数はかなり少ないですから、珍しいのでしょう」)
幼い頃から竜と共に育ち、常に一緒にいると言っても過言ではない黒い鎧は世間と感覚がずれていて、一般的によく訓練された竜でも簡単に芸などしないのだと知らなかった。
(あそこで大空らしき騎士達が興奮しているんだが……どこの騎士団にも騎竜はいるだろうに)
「すげえ! 賢い奴だなアイツ!」
「あんなに簡単な命令でちゃんと動く竜は初めて見たぞ」
「黒い竜か、初めて見たが大人しいんだな」
観客と一緒に騒ぐ見知った制服を見かけて、黒の鎧はさらに困惑した。
「さて続きましては」
そう言うと黒髪の青年は荷車からいくつかの果物を盛った籠を取り出し、離れた位置から竜に向かって林檎を放り投げた。
黒い竜は口で受け止め、満足そうに噛み砕いて飲み込んだ。続いて様々な方向へ果物が放り投げられるが、素早く追いかけ、ひとつも落とさずぱくりぱくりと食べていく。
人々はまた拍手をした。
「お客様の中にナイフを持っている方はいませんか?」
「小型の投げナイフならありますよ」
青年が尋ねると、観客の中にいた騎士が答えた。
「ありがとうございます。お借りしますね」
差し出されたそれを受け取ると、青年は鞘から抜いて手のひらを超える長さほどの刃を手に取りざっと確認すると、黒い鎧に渡して距離をとる。
「いきますよ。そぉれ」
そしてオレンジを投げた。
ナイフで模擬戦でもするのかと思っていた黒い鎧は慌てて腕を動かした。その腕が思っていた以上に素早く、かつ自由自在に動かせたのに驚きつつ、彼は空中でオレンジを六等分した。
青年がすかさず両手を差し出し、いつの間にか持っていた皿で受け止める。
「今度はこちらを」
次々に投げられた果物を黒い鎧は難なく切り分けていき、青年が持つ皿には果物が山盛りになった。
最後に大きめの瓜を黒い鎧が輪切りにして、ナイフは騎士に返された。
「これで我々の出し物は終了です。最後まで観て頂いたみなさん、ありがとうございました」
その言葉と共に青年は深くお辞儀をし、一歩遅れて黒い鎧も礼をした。その横で黒い竜が小箱を青年の足元に置いた。
「楽しんでいただけましたら、こちらにお気持ちをお願いします」
彼らを観ていた人々はこぞって小箱の中に金属製の貨幣を投げ入れる。予想以上の量に青年が内心驚いていると肩にとまった黒い小鳥が青年の髪をついばみ、引っ張る。
「そうでした。皆さん、こちらは“無料”ですので、どうぞ! 今日は見て下さりありがとうございました!」
観客に礼を言いながら青年は黒い鎧が切り分けた果物を配る。
「面白い奴らがいるな。あの竜、うちで買い取れないかな」
「どうしたユミット、ひどく真剣な顔つきで」
「さっき貸したナイフ、実は少し刃こぼれしていたから修理にだそうとしていたやつなんです」
「あ? だがあの黒い鎧は普通に使ってたろ」
「見てください。刃がこんなに鋭くなっています。すっかり別物ですよ。法術でもこういったことは一瞬でできるものじゃないです」
「あの司会の男もただ者じゃなかったってことか。どこから来た奴らなんだろうか」
「“くろの騎士”か。闘えるのが楽しみですね」
後日、彼らが大空騎士団の上司に大会で圧倒的な強さを見せた正体不明の“くろの騎士”についての報告を求められた際、「そういえば通りで竜と一緒に大道芸をしていました」と報告し、上司達の混乱を深めた。
「そろそろ本予選の時間だ。レーヘン、俺は闘技場へ行く」
「わかりました。落ち合う場所は昨日と同じ場所で」
「わかった」
そう言葉を交わし、黒い鎧は青年と竜を残し闘技場へ向かった。
「兄ちゃんよ、この林檎どこ産なんだい。えらく味がいいな」
引き続き御礼の言葉と共に人々に果物を配っていた青年に話しかける男がいた。
「ここからずっと海のほうの小さな国のものです。えーと、本当はこれを売りに来たのですがで出店を出す余裕がなくて」
肩にとまった黒い小鳥に髪を引っ張られながら、青年は答えた。
「うちはこの街で青果店を出してるんだが、量があるんならちょっと見せてくれないかい」
「いいですよ。乾燥させたものもあります。どれも甘くて美味しいんですよ」
「そうかい。おお、こりゃ質のいいもんばかりだな。実は商品の仕入れが騎士さんたちの大会に間に合わなくってな。よかったらうちで売らないか」
「それはありがたいことです。ぜひお願いします」
青年は微笑んだ。
「それで、どうしてこうなったのでしょう」
青年は首をかしげた。
「あんた商売しにきたんだろ、顔もいいし、うちの出店手伝ってくれよ。ちゃんと買い取った果物の代金と別に賃金も払うからよ。な!」
男に笑顔で肩をたたかれ、台車に繋がれた竜を見る。黒い竜は口を大きく開かないよう革製のベルトが取り付けられている。
「窮屈じゃないかい? ……コスプレ? 随分と変わった言葉を知っているね。まあ君がいいのなら」
竜の頭に止まっていた黒い小鳥がピチピチと鳴く。
「大丈夫ですよ。ゲオルギも手伝ってくれますし、さすがに五百年はかかりませんて」
「準備いいかい? 台車が倒れないよう気をつけてついてきてくれ」
青果店の男に案内されて広場へ着くと、そこは人でごった返していた。色とりどりの布を張った屋台や出店が並び、様々な物を売っている。
「お、兄貴おかえり。なんだそいつらは」
「おう、やってるか。今日は稼ぎ時だからな、大道芸の兄さんを助っ人で呼んできた」
「よろしくおねがいします」
「おお、べっぴんの兄ちゃん、よろしく頼むわ。げ、そこにいるの竜じゃねえか!」
「大人しいですよ。頭が良いので人間を襲ったりしませんよ」
果物を売る出店のところで男によく似た別の男が出迎えた。簡単に挨拶をして、仕事について教わる。
「箱に入ったものは種類ごとに値段が書いてあるから、一つずつその値段で売ってくれ。まとまって売るものは袋やカゴに書いてある。あとはそこの壁に値段表吊るしてあるからよ」
「はい」
「あとは果物を包むのはこれな」
「はい(包む……持って帰るために包装するのですね)」
「代金計算用の計算尺は値段表の横に置いてあるから自由に使ってくれ」
「はい(けいさんじゃくってなんでしょう……ああそういったものなのですか)」
「……なあ、あんた、わからないことがあったら肩の鳥じゃなくて俺に聞いてくれよ。それなんかの芸か?」
「ああ、すみません。ついつい癖になっていまして」
「いいけどよ。午後から来るはずだった手伝いが来れないんで正直助かるわ。しっかり売ってくれよ」
「はい」
青年は頑張った。釣り計算も商品の包装もはじめはまごついたがしっかりとこなし、始終爽やかな笑顔で道行く人に「おいしい果物はいかがですか」と声をかけ、人足が途絶えると黒い竜と一緒にまた大道芸をして人目を集めた。
果物を買った客の中にはずっと話しかけてくる者がいたり、竜を売ってくれなどと言ってくる者もいたが、そのたびに黒い小鳥が助言をしてなんとか言い抜けた。
青年は少々驚いていた。かつて人の街をさまよいながら五百年かけて人探しをしていた自分が、これほどまで人々としっかりとしたやりとりが出来るとは考えもしなかった。だが、主に助言をもらい、仲間に助けられることで、ここまでしっかり任務をこなせている。
(「これはベウォルクトへの良い土産話になりそうです!」)
「あら美味しそう」
かけられた声に顔をあげれば、銀縁の眼鏡をかけた女性が立ち止まってドライフルーツの包みを見ていた。隣にいる紫色の髪の男性がすかさず懐から財布を出す。
「その棚にあるものを全てください」
「はい」
青年は手早く全てを包み、代金を受け取って男に渡した。
「ユリア」
男性は瞳をきらめかせ、受け取った包を女性へ手渡す。
「ありがとうございます。夜食によさそうですね。これだけあれば待機室の差し入れにちょうどいいです。あとで代金半分払いますね」
「これはユリアにと……。いや代金はいらない」
女性は礼を言うが、男の望むものではなかったらしい。残念そうな表情をしているが女性は気づかず竜に意識を向けていた。
「珍しい。黒くて可愛い竜ですね」
「ありがとうございます」
「この子は何を食べますか?」
「果物が多いですかね。よかったらどうぞ」
青年が渡したオレンジを受け取り、女性は竜に差し出す。竜は器用にオレンジをくわえて、美味しそうに食べる。
「このオレンジ、五つほどくださいな」
「はい。ありがとうございます」
女性は購入したオレンジを紫の髪の男性に渡す。
「美味しそうなので買ってみました。エシル。どうぞ」
男性はそっと両手で受け取り、微笑んだ。
「ああ、ありがとう。あとで一緒に待機室で食べよう」
男女が店を立ち去った後、青年の肩にとまった小鳥がため息を付いた。
「お疲れですか? 身体に不調が出たら接続を切って休んでくださいね」
元気だといった風に、だが力なく首を振る小鳥を青年は見つめるしかなかった。
「今日はありがとうな。助かったわ。これ兄貴から預かった果物買い取り代金と、今日の手間賃な」
夜になり、出店の片付けまでをすべて終えるまで手伝い、青年は代金を受け取った。
「ありがとうございます。これで喜んでもらえます」
「お、良い顔しやがるな。故郷に大事な人でもいるのか」
「ええ。とても大切な方です。あまり出歩けない方なので、こうして叶えられるだけ望みを叶えてあげたいんです」
青年は微笑む。日中の微笑みとはまるで違う、深さと柔らかみのあるものだった。
「じゃあ土産でも買ってくといい。大会期間中はいろんなもんが売ってるからよ」
「はい」
肩にとまったまま眠る小鳥をやさしく撫でながら、青年は言った。