銀色の精霊、商売する 前
くろの騎士と闘技場シリーズを読了推奨。
本戦前日あたりの話。わりとぐだぐだ
ネタバレ以上に、読んでいる前提でないと分かりにくいかと思います。
「え、物を売るにもお金が必要なんですか?」
黒髪の青年は灰色の瞳を見開いた。
「そりゃあんちゃん、騎士さん達の大会があるから外の者も店せるっちゃ出せるが、この街の中は場所も限られてんだ。それ相応の利用料金ってもんが必要になるんだよ」
闘技場脇の広場を取り仕切っている組合の窓口で、中年の男が白髪と茶色のあごひげを撫でながら言う。
青年はあごひげを不思議そうに眺めていたが、肩に止まった黒い小鳥が黒髪を突っつくと、はっと何かに気付いたかのように姿勢を正し、眉を寄せ困った表情を作る。
「困りましたね。じつは身内が大会に出場するので、その登録料で手持ちの予算が尽きているんです」
「しかたねえもんはしかたねえよ。次がんばんな」
中年男性はそっけなく言い、窓口から去っていった。
「何も効果ありませんでしたね。さて、どうしましょう……サヴァさんはまだ闘技場ですし……」
特に方法を思いつけず、とりあえず肩の小鳥に話しかけていると窓口の奥の机で書類作業をしていた女性がやってきた。
「おにいさんおにいさん」
「? ワタシのことでしょうか」
「そうよ、黒髪のかっこいいおにいさん。いいこと教えてあげる。街の中で出店をやるのは有料だけど、大会中は大通りで食べ物を売るんじゃないのなら登録もお金も要らないんだよ」
「そうなのですか!」
女性は笑顔になった青年を見上げ、うっとりとした表情になる。
「でも、何かと登録しといたほうがいいかもよ、さ、ここにお名前書いてちょうだい。あと連絡先もね」
「えーと」
女性にペンを渡され、紙を差し出され戸惑う青年をまたしても小鳥が突つく。突かれた方はゆっくりとペンを置いて花が咲き乱れるかのような笑顔になり、女性の手をとる。
「情報をありがとうございます。やさしいお嬢さん。今は急いでいますので登録は後ほどさせて頂きますね」
そう言って手を少し掲げるようにして会釈をし、顔を赤くした女性を残し窓口からすばやく立ち去った。
「さすがですね」
目立たない程度の速さで通りを歩きながら青年がそう小声でささやくと、黒い小鳥は尾羽をぴんと伸ばし、胸を張った。
青年は闘技場を中心に広がる街から出て人目がなくなると、一気に駆け足となって郊外へと向かった。畑や木立が広がる辺りで灰色に塗装された荷車の側に立つ竜と灰色のショールを羽織った女性を発見する。黒い小鳥は青年の肩から飛び立つと竜の頭に飛び移った。
「待機ごくろうさまです。大丈夫でしたか?」
「はい。ゲオルギがしっかり守ってくださいましたの」
そう言い、ショールを羽織った女性は竜の黒い身体を撫でる。竜は退屈だったらしく、あくびをして返事をした。
「サヴァさんはまだ戻ってきていないようですね」
青年が見回すと、周囲には人っ子一人おらず、動くものは穏やかな風が畑の麦の穂と木々の葉を揺らすだけだった。
「見てください。昆虫というものを捕まえてみました」
女性が少々弾んだ声で握った手のひらを開くと、中から爪の先程度の大きさをしたつやのある身体と、繊細な足を持った虫がおり、甲羅のような背中を開いて薄くきらめく羽根をふるわせ、どこかへ飛んで行った。
「行ってしまいました。せっかくお土産にしようと思いましたのに」
そう言い、空に消えて行く虫を眺める表情は、同じ顔をした主とは随分違いどこか生命の活力というものが欠けたものだった。
「彼らにも自由があるのですよ。説明も説得もなしに連れて行っては可哀想です。あの昆虫は寿命中程の雄でしたから、連れて行くのなら妻子も同伴したいところでしょう」
「ならそれ相応の待遇も用意せねばなりませんね。おうちも広い方がいいでしょう」
青年と女性が真面目な顔をして飛び去った昆虫の家族について話しているのを、黒い小鳥と黒い竜は眠そうに眺めていた。
だいぶ日が陰り、辺りは薄暗くなって来た。
「戻ってきませんね。何か問題が起きているのでしょうか」
木の上の細い枝の上にそっと立ち、街を見つめながら青年は言う。
「そろそろあちらでは夕食の時間です。準備もありますし、ひとまずあなたは戻ってください。帰り道は大丈夫ですね?」
「はい。向こうではベウォルクトさんが迎えに来てくださるそうです。槍が出来たら持ってきますわ」
そう言うとショールを羽織っていた女性はお辞儀をすると小さなウサギの姿になって駆け出すし、かなりの速さで木立の向こうへ消えて行った。
それからさらに時間が経ち、すっかり日が暮れた頃になって黒い鎧を身にまとった戦士が現れた。
「遅かったですね」
「すまない。登録だけかと思ったら一般枠の予選も含まれていた」
駆け寄ってきた黒い竜が顔をこすりつけてくるのを撫でてあやしながら、鎧の戦士は言う。
「鎧の調子はどうですか?」
「まだ慣れないな。予選のひとつに迷路競技があったんだが、軽く走ったら勢いがつき過ぎて壁をぶち抜いてしまった」
そう言ってぶつけた場所らしき頭部をなでる。青年が見てみると、その箇所には傷ひとつついていなかった。
「予選の結果はどうでしたか?」
「なんとか明日の本予選に進める事になった。それと関係者用の身分証を貰った。お前が入れるかどうかわからないが……」
「ワタシはやめておきましょう。ですが方法はありますので、当日槍を届ける事はできるでしょう」
「そうか。市場の方はどうだった」
「じつは少々予定外の事態になりまして……」
簡単に野営の準備をしながら青年が事情を話すと、鎧の戦士は何度かうなずき、そして案を持ち出した。
闘技場のある街は朝から賑やかだった。
本日は一般枠と騎士達合同の本予選がある。実力者の騎士達は本戦から登場になるが、注目株は誰か、新人で有望なのは誰だ、本戦までいけそうなのは誰かなど話題には事欠かない。
この協闘大会を見る為に来た観光客と関係者で街は溢れかえっており、皆誰かと顔を会わせば大会について話し込み、街の住人達も日頃の仕事をしつつも店先や仕事場で盛り上がっている。
それは参加や応援のためにやってきている騎士達も例外ではなく、その中でも熱心な者は前日行われた一般枠の予選にも足を運んでおり、その中で起きた珍しい出来事を周囲に話していた。
「今年は予選で目立つ奴がいるらしいですね」
「ああ。一般枠で参加なのに全身鎧の奴がいてよ。すっげえ変だった」
「無駄に金かけた武装している目立ちたがりは毎回いるんじゃないか。どこがどう変だったんだ?」
「俺、受付会場でそいつ見たぞ。真っ黒で、剣とか持ってねえ奴だろ。なんでか周りにいた傭兵達が怯えててよ、ただもんじゃないぽかったぜ」
「そうそう、そいつ。予選見てたらぶっ飛んでてよ、迷路競技ん時どうしたと思う? いきなり走り出したかと思えば壁ぶち抜いてそのままゴールしちまいやがった」
「……それは失格にならないんですか?」
「あの迷路、組み立て式の壁だったが一応金属と強化コンクリートで作ったやつだぜ? いままでそんな事した奴いねえから、結局合格判定でてたぞ」
「障害物レースでもそんな感じだったけな。飛び石を着地ついでに踏み抜いたんで足場が崩れた周りが脱落していったぜ」
「かなり凶暴で狡猾な奴ですね」
「面白そうな奴だ。本戦で闘えるといいなー」
「そもそもお前が本戦にいけるかが怪しいだろ、メールト。主力が法術のくせに選抜に残りやがって」
「戦略を立てているからちゃんと勝てているんだ。おい、本戦では負けないからな。ユミット」
「それはどうも、楽しみにしています。しかし黒い全身鎧ですか、どの様な武器を使うのか見てみたいですね」
「お、気になるか、武器マニア……おい見ろ」
彼らが見つめる先には人だかりの中で口上を述べる綺麗な顔立ちの青年と、極めて珍しい黒い竜。灰色の荷車、そして今まさに噂していた黒い鎧の戦士だった。
終わらない。続きます