銀と灰(第三章「海賊と情報 2」読了推奨)
銀色と灰色の雑談です。
第三章の「海賊と情報 2」の直後です。
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くろやみ国の城で最も高い場所は細く長く建ち上がる塔だ。
現在はもうほとんど使われることのない通信用のもので、中にはおろか外側にもろくな足場が存在せず、人間が立ち入ることはできない。
元々人が目にすることができないものをやり取りするためのそれは、普段ほとんど暗い灰色の雲に隠れている。
けれど、今夜は上空に風がでていて珍しく雲が薄くなっており、精霊の視覚だと塔の先からは城や国の荒れ果てた大地や、遠く海の水平線までが雲の隙間から見ることができた。
レーヘンは気象の観測と、警備する意味も含めて、計測機器を持って塔の先端に立ち、その生気の薄い景色をじっと見つめていた。
城の人間たちは寝静まり、女王もようやく先ほど寝付いたところだ。
彼女が泣いているのには気がついていたけれど、浴室には侵入してはならないと厳命されているので、レーヘンは何もすることができなかった。
ベウォルクトには、そういう時は何もせずそっとしておくものだと言われたが、その意味するところがまだうまく理解できず、レーヘンの内でモヤモヤとしたものとなって重たい霧のように漂っていた。
「いい場所だね。国が見渡せるし、海も見える。そして孤独になれる」
声が聞こえたのはすぐ足下からだった。
「おや、コトヒトさん。今日はよく会いますね」
ほとんど柱しかない状態の塔の、レーヘンが立つ先端から一段下の突き出した部分に、いつの間にか黒堤組という海賊に所属する闇の精霊、コトヒトが腰掛けており、レーヘンに向かって話しかけてきていた。
「本当だねレーヘン。奇遇だ」
コトヒトはそう言い、穏やかに微笑んだ。細く長く編まれた灰色の髪と墨色の衣が風に煽られてはためいているが、特に邪魔にする様子なく話している。かくいうレーヘンも、風に煽られる銀髪や衣服を気にする様子なく会話を続けている。
一応城の一部だが、内部ではないので、レーヘンはくろやみ国の精霊ではないコトヒトがここにいることに言及しないことにした。
国外の一等級以上、それも闇の精霊と会話する機会はそうあるものではない。
「黒堤組のみなさんはどうしてます? 食べ物は口に合いましたか?」
女王がこの国に来た当初、食べ物に関してが一番不平不満が多かったのを思い出し、レーヘンは尋ねてみた。
「肉がない、味が薄いと文句を言っていたが皆しっかり食べ尽くしていたよ。まあ、今回は前代の組頭の送別式の為に来ていたから、それなりに食料や酒なんかも持ってきていたし、賑やかにやっていたさ。今は歩哨を残して、あとは寝ているよ。組頭はシシが実体化して傍についている」
「シシは面白いですね。純粋で、無知で、熱心だ。あれは主以外にはなつきませんか?」
「許可があれば少しはなつくよ。仲良くしたいのかい?」
「いえ。ただ、うちの女王が触りたがっていたんですよ。ふさふさした毛並みが気持よさそうだと」
「ワタシが手入れしているからね。歴代の組頭はたいていシシを昼寝の枕に使っているよ」
その話を聞いて羨ましがる女王の姿がありありと浮かび、レーヘンは思わず微笑んだ。
「あなたはどうしてこの国を去って、あのような姿になったのですか?」
精霊、特に一等級や特級になると、己の姿にもこだわりが出る。初めは違和感があったが、レーヘンも今の姿が気に入っているし、ベウォルクトにいたってはずっと同じ姿を守り続けている。それを生き物の形態ですらなく、人間の道具にするというのは、精霊にとってまともな発想とは言えなかった。
「国を去る人々が気になったんだ。それでずっと付き添って、その先を見てみようと思った。なにより滅び行く国を見ているのが辛かった」
コトヒトは遠くを見上げるように視線を逸らし、言った。
「けれど特に何かしたい事もなかったし、国を出ても人々は争いや揉め事ばかり起こしていた。そのまま精霊としての生をやめて消滅してもよかったんだけれど、シシがまだ安定しない頃でね。そばにいないと自己崩壊しそうだったから、シシと同じ形でいることにしたんだ」
レーヘンは自分が同じような立場になるのを想像してみた。けれど、未だかつて消えたいと思ったことはないが、ある存在が気になって、ずっとついていこうとする事には共感できた。
「しばらく経って、そう、三百年くらい前かな、傍観するのにも飽きたから、ときどき体を動かすようになったんだ。きっと君の影響だ」
コトヒトはレーヘンに目線を戻した。
「ワタシですか?」
レーヘンはちょっと驚いて、瞬きをした。
「眠っていた状態でも、遠いどこかの土地で君がこの国の王を探して奮闘している事を感じていた。やり方はちょっとどうかと思うくらいまどろっこしかったけど、何もしなかったワタシよりずっとましだった。おかげで、また活動しようという気になれたよ」
「それはどうも、光栄ですね。あの事は本当に手探りでしたから」
「ベウォルクトは変わったね」
しばらく言葉が絶え、時間をおいてコトヒトが口を開いた。
「前はあんな感じじゃなかった」
「ずいぶん元気になってきましたよ。王の間を破壊された時なんて、激怒していましたし」
「たしかに、あんな大穴あけられると怒りもするだろうよ。凄いね、一体どうしたのやら」
そういえば、彼らの時代にコトヒトはいたのだろうか。あの二人と会わせればコトヒトは過去を懐かしみ、喜ぶのだろうか。
レーヘンはふとそんなことが気になったが、つい先ほど行なわれた国の会議で危険過ぎる彼らのことは外部に対して機密事項になったので、特に口にしないでおくことにした。
「この国も賑やかになってきているんですよ」
「楽しそうだね。もう居られなくなったワタシは、ちょっと寂しいな」
つま先をぶらつかせてそうコトヒトは言った。
「あの海賊がアナタごと婿入りでもすれば戻ってこれますよ。ありえない話ですがね」
「難しいのかい?」
レーヘンはしゃがみ、髪を掻き上げて苦笑した。
「ファムさまには未だ忘れられない男がいるんです。腹立たしいことですが」
「おや、精霊が嫉妬とは、珍しいことだ」
コトヒトは目を見開いた後、吹き出すようにして笑った。
「嫉妬かどうかは、ただ、ワタシは我が主が健やかに、幸せでいてほしいだけなんです」
レーヘンは首をかしげて、微笑んだ。
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うーん、なんだか昨日は変な夢を見たわ
「どうしましたか、ファムさま。どこか体調不良でもありますか?」
「ううん、大丈夫よベウォルクト、ただ夢を見たの。ぼんやりとしか覚えてないんだけど、レーヘンとコトヒトが城の高い場所で仲良くお喋りしているの。コトヒトがどうして国を離れたとか、そういった事を話していた気がするわ」
「おそらくそれは実際の事ですよ。きっと睡眠中に意識が城と混ざったのでしょう」
『今日の天気はいつもと同じ曇りです』と同じ調子で、ベウォルクトは言う。
「……それって大丈夫なの、私」
「王の間が修理中ですのでファムさまと城とのつながりが不安定なのかもしれません。意識がこうして戻っているのですから、問題はありませんが、ファムさまが休息できないのでしたら話は別です」
私は伸びをした。体がこわばって、重苦しい。
「言われてみれば、あまり寝た気はしないわね」
「それはよくありませんね。少々調整しておきます」
「お願いするわ」
それにしても、精霊って変な場所でお喋りするのね。
雑談を書いてみたのですが、長くなった上に本編にあまり関係ない内容なので、番外編に分けました。
微妙にレーヘンが成長している気がしないでもない。