焼けば良いってものじゃない(第二章後半頃)
第二章後半頃の話です。
「うーん、今度またお城の資料から新しいレシピを探してこなきゃ」
この国の女王の仕事のひとつに、献立作りがある。調理室にある材料を調べて、それらを効率的に使って数日間分の料理を決めていくお仕事。限られた材料の中で考えるのって結構頭使うわ。
「ねえレーヘン、料理ひとつくらい覚えてみない?」
毎日のご飯はほとんどが材料から作っているのでけっこう大変。
今もシメオンとサヴァが乾燥が終った大豆を加工しに行っているし、ライナが籠の中から野菜と果物を取り出して台の上へ並べて、加工するものとそのまま食べれそうなものとに分けている。
街で暮らしていた頃はある程度まで加工された物も手に入ったし、疲れたときは総菜屋で買えたりもできたけれど、ここでそれなりに美味しい物を食べようとすると自分達で用意するしかない。
お城に元から貯蔵されていたり、全自動で作られて加工してくれている食材もあるのだけれど、自分たちの食べたい料理となると、それだけじゃ足りない。
緑閑国の料理も作るようになって必要な調味料が増えたので、精霊達も交えみんな総出でお城の設備を動かす事もある。
毎日の献立は私とライナとシメオンで作っている。
ちなみに調理担当にサヴァがいないのは、彼は男の料理というか、恐ろしく簡単なものしか作れない。騎士をやっていた頃はライナとシメオンが家事を全部やっていたらしいわ。
精霊達は調理室で私たちと一緒にいる事が多いけれど、まず見てるだけだし、進んで手伝いもしようとしてこない。今も献立を決めていた私をレーヘンはいつもの涼やかな顔をして眺めているだけだった。
「料理ですか? それって人間用の食事製作のことですよね」
「そうよ。アナタが時々手伝ってくれている食事製作よ。アナタかベウォルクトが一品でも料理を覚えてくれると、私、とぉっても嬉しいのだけど」
「ファムさまが喜ぶのでしたら、挑戦してみましょう」
私の言葉に、レーヘンが真面目な顔で宣言してくれた。
そうと決まれば、気まぐれな精霊がその気になっているうちに早速実行よ!
「なにが良いかしら? ライナ、何か良い案ない?」
私の隣で今晩のスープに使う野菜を選んでいたライナに尋ねてみた。彼女は十二歳ながらひととおりの料理を作れるので、とても助かっている。サヴァが食生活に頓着しないので、自分で作るしかなかったらしい。彼女の体調が良くない時はシメオンが家事をしていたので、彼も料理が得意になったのだそうよ。本当にしっかりした子供達だわ。
「パンケーキなんてどうですか? シメオンも料理覚え始めの時によく作ってくれたんです」
「そうね、あれなら材料を混ぜて焼くだけだからそう難しくないわね」
おやつになるし、パン代わりに料理と一緒に食べる事もできるわ!
「私、準備しますね!」
そう言ってライナが食料室へ行った。
金属製のボウルの中にふるいにかけてキメを整えた小麦粉と、塩と砂糖とふくらし粉と、出来たばかりの豆乳を入れて混ぜあわせる。
少しの間涼しい所にボウルを置いて材料を馴染ませて、生地の完成。
「いい、レーヘン。私の手元の動きと、生地の様子をようく見ておいてね」
「はい」
私はスープをよそう時に使っているレードルで生地をすくい、油をひいて温めたフライパンに流し落とす。生地が広がった頃にフライパンを持ち上げて濡れ布巾の上に数秒置く。
「こうやって、フライパンの温度を一度下げるのがふっくら焼き上げるための秘訣なのよ」
フライパンを加熱台の上に戻して、表面が乾いて来たら木べらでさっとひっくり返す。小麦色に焼けたら、お皿に移して、一枚完成!
「さあ、やってみて」
私の動きをじっと見ていたレーヘンは、うなずいてレードルを受け取った。
「わかりました」
銀髪の綺麗な顔をした精霊はいたって真面目な顔で散々な結果を作り出して行った。
一回目、油をひくのを忘れて、生地がフライパンにこびりつく
二回目、弱火でゆっっっくり焼いて、中まで熱が通らなかった。
三回目、しっかり焼いて、表面が真っ黒に。
四回目、また生焼け
五回目、生地が無くなったので追加。粉を間違える。しかたないので刻んだ野菜を入れて焼いて夕飯の主菜にしたわ。
そして六回目に突入。
ちなみにレーヘンの特訓中、隣ではライナが桃のシロップ煮と野菜の酢漬けを完成させて瓶に詰め終わっていたわ…
さすがの失敗続きで投げ出すかと思ったのだけど、五百年間人探しをしていた精霊には忍耐力があった。
嫌な顔せず粉だらけになりながら一生懸命に黙々と私の特訓に耐えて、手を動かして、失敗する。
なんだかんだと失敗続きで十回目になった頃、レーヘンがちょっと疲れた顔つきで私の方を向いた。
「ファムさま」
「なに?」
「別の方法を使ってもいいですか?」
「? 何かあるの? いいわよ。ちゃんと私が食べられる物を作ってね」
レーヘンは私の返事を得ると加熱台の下の戸棚から取っ手のついた真っ黒な箱を引っ張り出してきた。それを調理台の上に置き、隅のボタンを押すと箱は本のように開く
「な、なにこれ」
凹凸のある箱の中にレーヘンは生地を流し込み、元の通りに閉めてまた違うボタンを押した。
しばらくすると良い香りがしてきて、何かを知らせる音が箱から聞こえてくると、レーヘンが箱を開く。
「できました!」
嬉しそうにしている精霊の横から覗き込むと、格子状の凹凸の形をした生地が小麦色に焼き上がっていた。
手のひら大のできたてのそれをひとつ手に取って、かじってみる。
「どうですか?」
「おいしいけど……」
「ワッフルというんです」
私が教えようとしていたパンケーキはどうなったのよ。
なんだか腹が立ったので、ワッフルと一緒に食べるための泡立てたクリームやシロップを作らせようとしたらまたレーヘンは失敗して、今度はソフトクリームというのを作った。
アイスクリームよりも柔らかくって、すっごく美味しかったわ。
でもやっぱり、なんだか腹が立ったので、今でも時々レーヘンにパンケーキ焼きの特訓をさせている。