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清楚系で騎士団を落としに行った私たち、なぜか武器屋のおやじが一番よかった件

掲載日:2026/03/23

 夜。


 窓の外では、街の灯りがゆっくりと揺れていた。

 石畳に落ちる光が、かすかににじむ。


 遠くの酒場から、笑い声と、グラスの触れ合う音が細く流れてくる。

 それはどこか他人事のように、ここから少しだけ遠い。


 部屋の中は、やわらかな灯りに包まれていた。


 壁のランプは強すぎず、布や肌の輪郭を曖昧にする。

 影はやわらかく、すべてを少しだけ整えて見せていた。


 鏡台の上に並ぶ、小瓶や櫛。

 使い込まれたそれらは、手に馴染んだ気配を残している。


 香油のほのかな匂いが、空気に溶ける中、三人の女が静かにそこにいた。


 それぞれが鏡に向きながら、意識のどこかで互いを見ている。

 言葉を交わす前から、空気はすでに整っていた。


「今日は騎士団との戦いよ」


 落ち着いた声だった。


 穏やかで、やわらかい。

 けれど、その奥にわずかな緊張が混じっている。


「ここまで長かったわね」


「商店街のおやじ、武器屋のおやじ、冒険者をへて、ようやく騎士団」


 軽く流れるような言葉。

 だが、その一つ一つには、積み重ねてきた時間が含まれている。


 視線はまっすぐだ。


 逃がさない。

 そう決めている温度をしていた。


「大本命。確実にいくわよ」


「「えぇ」」


 短く重なった声が、部屋の空気をわずかに引き締める。


 鏡の前で、ひとりが口紅を手に取る。


 細い指先が、ゆっくりと動いた。

 指の腹でそっと色をすくい取ると、やわらかな赤が肌ににじむ。


 強すぎず、けれど目を引く色。


 唇に触れる、その一瞬。


 わずかに開いた口元に、呼吸がかすかにかかる。

 なぞるように、確かめるように、色が広がっていく。


 仕上がった唇は、作られたものでありながら、どこか自然で。

 視線を引き寄せて、離さないための色だった。


「リップ、この色はどうかしら?」


「少し濃すぎるわ。今日の騎士団は清楚好き揃いと聞いているわ」


 すぐに返ってくる言葉。


 その声には、迷いがない。

 似合うかどうかではなく、“通るかどうか”で判断している。


 考えるより先に、答えが出ているようだった。


「なら、この色は?」


「いいわね。騎士Aが買ったハレンチな姿絵の雰囲気と近いわ」


「……よくそこまで調べたわね」


 小さく笑う。


 肩の力を抜いた、やわらかな笑み。

 けれど、その奥にあるのは軽さではない。


 どこで、何を見て、どう反応したか。

 ひとつひとつを拾い上げ、積み重ねてきた記憶。


 それを必要な形に整えることに、慣れている。


 椅子が、わずかに軋む。


 別の女が立ち上がる。


 布がさらりと揺れ、足首に触れる。

 無意識の仕草でさえ、どこか整って見える。


「ねえ、私の髪型こんなのはどう?」


「そうね……前はいいのだけど、後ろを少し垂らせば、騎士Bが懇意にしている商館の子と近い雰囲気かしら」


「徹底してるわねぇ」


 言いながら、手が動く。


 髪を解き、流し、整える。

 指先が迷わず動き、形が変わっていく。


 似せるのは、形そのものではない。


 相手の記憶に残っている“印象”。

 ぼやけた輪郭をなぞるように、そこへ寄せていく。


 わずかな違いが、結果を分けることを知っている。


 ひとりが、次は服を持ち上げる。


 布地が、灯りを受けてやわらかく光る。

 指のあいだから滑り落ちるその質感が、静かに揺れた。


「服はどう?」


「あら、良いわね。足がいい感じにチラ見えして、目を引くわ」


 静かな声で、評価する。


 露出は控えめで、それでも視線を誘う。

 見せすぎず、隠しすぎない、その境界にある。


「私のはどう?」


「んー……それなら、こっちにしたほうが騎士Cのお母さんに近いんじゃないかしら?」


「え」


「騎士C、マザコンらしいから」


 一瞬だけ、空気が止まる。


 呼吸が、ほんのわずかにずれた。


 誰も言葉を継がないまま、その情報だけが静かに置かれ、

 そして。


「マザコンはキツイわねー」


「ワンナイトでも萎えるわね」


 あっさりと、線を引く。


 ためらいはない。

 切り替えも、早い。


 選ぶのは、いつだって“効率のいいほう”だった。

 感情よりも、優先順位が先にある。


 けれど。


「でも、ほら!念願の騎士だから!」


 ぱん、と軽く手を叩く。


 乾いた音が、小さく部屋に響く。

 それだけで、張りつめていた空気が、わずかにほどけた。


「テンション上げていきましょ!」


「そうね!楽しまなくちゃ」


「じゃあ、いつものやっとく?」


 三人は自然と近づく。


 誰が言い出すでもなく、円を描くように立つ。

 重ねた手の位置も、もう迷わない。


 指先が触れ、体温が、わずかに伝わる。


「今日も可愛く」


「優しく」


「優雅に」


 一拍。


 息が揃う。


 静けさが、ほんの一瞬だけ深くなる。


「いくわよっ!」


 次の瞬間。


「「「しゃあ!おらぁー!」」」


 空気が、裂けた。


 先ほどまでの柔らかさは消え、むき出しの声だけが、強く響く。


 部屋が、確かに揺れた気がした。


 *


 数時間後。


 街の裏路地。


 石畳は少し湿っていて、夜の空気が肌にまとわりつく。

 さっきまでの灯りとは違う、冷えた気配がそこにあった。


 遠くの灯りが、ぼんやりと滲んでいる。


 三人は、壁際に並んでしゃがみ込む。


 裾を気にする様子はない。

 先ほどまでの整えられた所作は、もうどこにもなかった。


 無造作に火をつける。

 スパー。


 煙草の先が、静かに赤く灯る。

 ひとくち吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


 煙は細くのびて、夜の湿った空気にほどけていく。

 揺れながら、かたちを保てないまま消えていった。


「どうだった?」


「んーー」


 長く吐いた煙が、夜に溶ける。


「……期待しすぎたのかしら?」


 誰もすぐには答えない。


 煙だけが、細く揺れる。


 少しだけ間があって。


「私、ぶっちゃけ武器屋のおやじが一番よかったわ」


「え、めっちゃわかる」


「“おじさんでいいのかい?”のテレ顔、まじごちそうさまでした」


 重なる声。


 言葉にするまでもなく、結論は三人のあいだで共有されていた。


 煙が、細く揺れる。


 夜の湿った空気の中で、形を保てないまま、ゆっくりとほどけていく。

 上へとのぼりきる前に、滲むように消えていった。

 


 *


 一方その頃。


 騎士団の詰所。


 灯りの下で、男たちがざわめいていた。


 まだ熱の残る空気。

 酒の匂いと、興奮の抜けきらない声が、狭い室内にこもっている。


「あの子たちに、もう一度会いたい……!」


「紹介してくれたの誰だった!?絶対探し出す……!」


「ママより素敵な女性がいるなんて……」


 言葉は次々と重なり、誰も止めようとしない。


 ひとつの熱が、徐々に広がっていく。


 けれど。

 その熱は、もう届かない。


 彼女たちは次の獲物に狙いを定め、静かに、次へ進んでいく。


 ――戦いは、続く。

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