第2章 — 塩と鋼、そして冒険者たち
「ガキ、南市場で岩塩を取ってこい!」
鍛冶場の入口からレイ爺が怒鳴り、荒れた手を振った。
「今回はケチるんじゃねえぞ!」
カイは黒いフードの紐を軽く引き、忍刀を鞘に収める。
「いつもの店でいいのか?」
「おう。ミラに“ツケでいい”って伝えとけ」
煙管をくゆらせながらレイは言った。
そして、ほんのわずかに声を落とす。
それに気づいたのはカイだけだった。
「寄り道すんじゃねえぞ。“ヴェルダント・ヴェイル”から妙な魔物が出てきてやがる」
カイは小さく頷く。
「……すぐ戻る」
レイは腕を組み、その背を見送る。わずかに眉をひそめながら。
(あのガキ……影に潜りすぎだ)
だが同時に思う。
(……どこか、あいつに似てやがる)
⸻
南市場は、喧騒と色に満ちていた。
湯気を上げる屋台、怒鳴り声を張り上げる商人たち、剥ぎたての皮の生臭い匂い。
カイは影のように歩く。
深く被ったフード、口元を隠す仮面。軽い靴は石畳の上でも音を立てない。
フードの内側には苦無。
腰には小さな革袋――中で手裏剣がかすかに触れ合う。
黒のズボン、鋼の前腕当て、指なし手袋。
そのすべてが、自ら鍛え上げた装備だった。
翡翠の瞳を前に向けたまま進む――
その時。
「おい、黒フード!」
カイは足を止め、目を細める。
人混みの向こうから二人の影が近づいてきた。
一人は長身で屈強な男。強化された黒鎧に身を包み、大剣を背負っている。
――ダリウス。森で出会った男だ。
その隣には銀髪の女。軽やかだが隙のない足取り、長い外套が揺れる。
――リラ。カイが助けた相手。
ダリウスが豪快に笑う。
「やっぱお前だったか! 探すのにどれだけかかったと思ってんだ。今度は逃がさねえぞ」
カイは視線を逸らした。
「……忙しい」
「それは無理ね」
リラが一歩前に出る。柔らかな瞳だが、芯は強い。
「せめてお礼くらい言わせて。命を救ってくれたんだから」
「礼なら森に言え。俺じゃない」
カイは淡々と返す。
ダリウスは笑った。
「残念だな。もう昼は奢るって決めてる」
大きな手でカイの肩を叩く。
「来いよ。ドラケンスポート一番の串焼きだ。俺たちの奢りだ」
「……チッ」
小さく舌打ちするが、振り払うことはしなかった。




