7 姉のぬくもり
少女と出会ってから丸二日たった。
ずっと森を歩き回っているのに、いまだに裂け目は見つかっていない。
少女も、僕も、焦りを感じていた。
でも、いま、僕の胸にあるのは別の不安だ。
……姉さんにバレている気がする。
静かに扉を開けると、薬草と火のにおいがふわっと広がった。
「おかえり、トウヤ」
姉さんは、石台のそばに座っていた。
僕を待っていたみたいだ。
「遅かったのね」
「う、うん。ちょっと遠くまで散歩してて」
目をそらしながら、棚の干し肉に手を伸ばす。
姉さんは、僕の手元に目をやった。
「また、持っていくの?」
心臓がぎゅっと止まったみたいだった。
「な、なんのこと?」
「隠さなくていいのよ」
姉さんは優しく笑う。
その笑顔が、逆に僕の逃げ場をなくす。
「何日か前から食べ物が減っているわね」
「…………」
「誰かに与えているのね。誰かを、助けてあげてるんでしょう」
姉さんの声は確信を持っているようだった。
でも、姉さんは僕を責めない。
全部わかったうえで、包み込むように言う。
「ねぇ、トウヤ。あなたって、昔から、困っている人をほっとけない子だったわ」
姉さんは僕の頭をそっとなでた。
その指先はあたたかいのに、なぜか震えていた。
「……私、本当はずっと怖いの」
僕は顔を上げた。
姉さんの瞳が揺れている。
「あなたが……母さんみたいに、ある日ふっと消えてしまうんじゃないかって」
その言葉が胸をひどく締めつけた。
姉さんの頬には、かすかに涙の跡。
普段の強さはどこにもなくて、そこには、僕を失うのが怖くてたまらない姉がいた。
その弱さが、どうしようもなく愛しくて、苦しい。
姉さんはゆっくりと椅子に腰を下ろす。
「覚えてる?」
姉さんは静かに話し出した。
「まだあなたが五歳くらいのころ。あなたが“角なし”って言われて、里の子たちに押し倒されて、泣いていたことがあったでしょう?」
土の上で泣きじゃくる記憶がよみがえる。
「そのとき、私は怖かった。あの子たちに逆らったら、私も叩かれるって。でも、あなたが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死に私に言ったの」
姉さんは小さく笑う。
「姉さん、こないで……僕のせいで姉さんが殴られちゃうって。そんなふうに泣く子供、見たことなかったわ」
姉さんは続ける。
「だから、私はあなたの前に立った。あの子たちの棍棒を全部受けた。痛かったけど、不思議と涙は出なかった」
あたたかい手が、そっと僕の頬を包む。
「だって……あなたを守るほうが、ずっと大事だったから」
胸が熱くて、呼吸がくるしくなる。
「姉さん……ごめん」
「そんな顔しないで」
姉さんは僕の手を取った。
「あなたの優しさは、母さんそっくりよ。その優しさが正しいのかどうか、私にはわからない。でも……私はトウヤを信じてる」
次の瞬間、姉さんは僕を抱きしめた。
子どものころと同じ、あたたかい腕で。
「あなたが正しいと思うことをやりなさい。何かあったときは……」
僕は姉さんの背中にそっと手を回した。
「大丈夫。僕は消えないよ。ずっと、ずっと、姉さんと一緒さ」
心のどこかでは予感があった。
この約束は、この先破られるかもしれない。
それでも、僕は、言わずにはいられなかったんだ。
姉さんは涙をぬぐって、少し笑った。
「……食料、持っていきなさい。困っている子を助けてあげるのよ」
「ありがとう、姉さん」
袋に干し肉と水を詰める。
家を出ようとすると、姉さんが静かに言った。
「気をつけてね、トウヤ」
振り返ると、姉さんがおだやかに笑っていた。
その光景は、僕の胸に深く刻まれた。
そして――僕を永遠に苦しめる記憶になったんだ。
毎日一話書いていこうと思います。
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