6 人間の少女
奥へ進むと、ぽっかりとえぐれた洞みたいになっていた。
少女は、岩に背中をあずけて、身体をぎゅっと丸めた。
でも、目だけは刺すように見つめてくる。
「襲わないよ」
言ってみるけど、少女は返事をしない。
むしろ膝に顔をうずめて、いかにも警戒してるぞって感じだ。
「足、痛いの?」
僕はできるだけ優しい声でたずねた。
少女は、さっきから、片足をかばっていた。
太ももの細い傷から、血がじわっとにじんでいるのが見える。
「そのままじゃ歩けないだろ」
そっと手を伸ばしたら、
「いやっ!」
洞中に少女の叫びがガンッと反響した。
瞳にははっきりとした拒絶が宿っている。
まただ。化け物を見る目。
少女にとって、僕みたいな鬼は、まぎれもなく“化け物”なんだろう。
「わかったよ。でも、手当ては必要だろ」
近づきすぎないようにして自分の服の端を破った。
布の裂ける音が、やけに大きく聞こえる。
「これ、使って。止血くらいはしておいたほうがいい」
そっと差し出すと、少女はしばらく迷ってから、おそるおそる受け取った。
布を巻こうとするけど、うまく力が入らず落としてしまう。
「やるよ。足には触らないから」
少女はうつむいたまま、ぎゅっと唇をかんだ。
拒む気力も残ってないんだろう。
僕はできるかぎり距離を取りながら、指先だけでそっと布を巻いた。
血の匂いがふっと鼻に触れる。
「きつい?」
少女は弱く首を振った。
少しの沈黙のあと、ぽつりと言う。
「ここ、どこなの?」
「暗がりの森だよ。僕の里の北のほう」
少女は顔を上げ、泣きそうな目で続けた。
「光の穴に飲み込まれて……気がついたらこの森にいたの。あなたたちの村を見つけたとき、助かったって思ったのに」
そして声が細くなる。
「鬼が、人間を……食べてた」
最後の言葉は消えるようだった。
「……ごめん」
僕のせいじゃない。
でも、ほかに言える言葉なんてなかった。
少女は顔をふせたまま、ぽつりぽつりと続けた。
「帰りたい……弟がいるの。まだ小さくて、よく泣いて……私がいないとすぐ迷子になっちゃう。だから、帰らないと……」
ひっくひっくと喉がなるのを、必死でこらえている。
敵だらけの世界でひとりきり。
少女の不安が手で触れられるほどはっきり伝わってくる。
「帰るには“裂け目”を探すしかないよ」
「裂け目?」
「君が言ってた光の穴さ。鬼の世界と人間の世界をつないでいる道。まだ残ってるはずだよ」
少女の目に少しだけ光が宿る。
でもすぐ曇った。
「……場所、もう覚えてない。いっぱい逃げて、いっぱい走って、ぐちゃぐちゃで」
少女の頬をスーッと涙がつたう。
「探してみるよ」
僕が言うと、少女はぱっと顔を上げ、信じられないって顔をした。
「どうして?」
どうしてって……わからないよ。
でも、あの老人の言葉が浮かんだ。
“与えるのが強さ”
それを信じてみたいって思ったのかもしれない。
「君が困ってるからかな」
少女はしばらく黙り込んで、やがて小さく笑った。
「……へんな鬼」
※
僕らはゆっくりと森を進んだ。
少女は何度も足を引きずり、木にもたれて休む。
「歩ける?」
「歩くしかないでしょ」
少女の口調は強いけど、警戒心はなくなってきているように思う。
それが少しだけ嬉しかった。
「どのあたりから来たの?」
僕がたずねると、少女は森の西側を指さした。
「たぶん……あっち。でもあんまり自信ない」
「大丈夫。この森なら、僕がくわしい」
「うん」
少女が返事をした、そのとき――バキッ。
枝の折れる音。
少女の体がびくっとはねて、僕の袖をきつくつまんだ。
遠くから、聞き慣れたふたつの足音が近づいてくる。
くそっ! 最悪のタイミングじゃないか!
「おーい」
ジンの声。
「隠れて!」
少女の腕を引き、茂みに押しこむ。
少女は息まで止めるようにして、うなずいた。
僕は何でもないふりをして歩き出す。
すぐに、ジンとシロエが姿を見せた。
「こんなとこで何してんだよ。ずっと探してたんだぞ」
ジンがむすっと言う。
僕も負けずに不機嫌な顔をつくる。
「なんでもいいだろ。殴られたこと、忘れてないぞ」
ジンはそっぽを向く。
そんなジンをシロエが肘でこづいた。
「ジン。言うことがあるでしょ」
「あー、なんだ、殴って……悪かったよ」
ぶつぶつ言いながらも謝るジン。
ジンから謝ってくるなんて、かなりめずらしい。
らしくないけど、ちょっとだけ心が軽くなる。
「まあ、許してやらなくもないかな。ジンが乱暴なのは昔からだし」
「おまえな!」
ジンが怒鳴り、僕が笑う。
いつもの空気が戻ってくる。
むかしっから僕とジンは喧嘩ばかりで、そのたびにシロエが間に入ってくれる。
今回もシロエがうまく取り持ってくれたんだろう。
お礼を言おうとシロエに視線を向けると、シロエは僕の背後をにらんでいた。
少女が隠れている茂みのほうだ。
「誰かいるの?」
ドキリと心臓が高鳴り、冷たい汗が背中をつたう。
「え? いないけど?」
ジンは首をかしげる。
「獣の気配もしねぇぞ」
シロエはじっと茂みを見つめていたけど、やがて目をそらした。
「気のせいね」
僕はふーっと息をはいた。
「じゃあ、僕は、もう少し歩いてから帰るよ」
「おう。弱っちいんだから、獣に食われんなよ」
「うるさいな」
ふたりを見送り、気配が消えたあとで振り返る。
少女がそっと顔を出した。
「さっきのふたりは?」
「友達。でも、大丈夫。君は見つかってないよ」
少女はほっとしたように肩の力を抜いた。
裂け目を探しながら、僕らはまた森を歩きだす。
少女との距離は、少しずつ近づいている気がした。
毎日一話書いていこうと思います。
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