5 大規模任務
鬼対策庁。
東京にある巨大な公的施設。
ニュースでもときどき名前が出る。
鬼による被害から人間を守る――そのための組織。
僕はその大会議室にいた。
紅羽さんの付き添いで、特別に入れてもらったってわけ。
室内には数百人の鬼狩りが集まっていた。
つまりは、そういうこと。
「大規模任務だ」
壇上に立つ門倉さんが言った。
低く、短い声。
それだけで、部屋の空気がぴんと張りつめる。
モニターに東京の地図が映しだされた。
赤い印がひとつ、点滅している。
「渋谷」
門倉さんが指す。
「裂け目が発生した」
ざわり、と室内が揺れた。
裂け目。
鬼界と人間界をつなぐ穴。
鬼が現れる原因のほとんどが、これだ。
「規模は?」
誰かが聞く。
「中規模」
門倉さんは淡々と答えた。
「破壊班と討伐班を編成する」
裂け目の破壊には時間がかかる。
そのあいだ、鬼界側から鬼が出てくることもある。
破壊作業を邪魔させないための討伐班。
つまり、裂け目の向こうへ入り、裂け目近くの鬼を討伐するってこと。
そのとき、ふと視線を感じて顔を上げる。
燈子さんだった。
会議室の後ろの方。
こっちを見て、にやっと笑う。
ひらひらと手を振られた。
その隣には――蓮。
腕を組んで、いかにも不機嫌そうな顔。
目が合うと、ふん、とそっぽを向いた。
なんなんだ、あいつ。
「討伐班は三名」
門倉さんの声が響く。
「紅羽」
紅羽さんがすっと立ち上がる。
「燈子」
燈子さんが軽く手を上げる。
「そして――俺だ」
少数精鋭。
たった三人。
僕は胸がざわついていた。
鬼界。
僕が生まれた世界。
姉さんを奪った鬼たちがいる世界。
そして――紅羽さんが行く。
気づいたときには立ち上がっていた。
「僕も行きます」
会議室の視線が一斉に集まる。
「俺を行かせてください」
後ろで蓮も立ち上がった。
僕と張り合うみたいに。
門倉さんの眉がわずかに動く。
「却下だ」
短かった。
思わず口を開く。
「でも――」
「死ぬだけだ」
門倉さんが言った。
それだけで、言葉がつまる。
「以上だ。作戦開始」
その一言で、会議は終わった。
鬼狩りたちが一斉に動き出す。
※
渋谷駅周辺は封鎖されていた。
スクランブル交差点の中央。
空間に裂け目があった。
その周りで隊員たちが、見たこともない機械を動かしている。
――ヴン
低い振動音が響く。
「あれは?」
僕が聞くと、紅羽さんが説明してくれる。
「磁場を乱しているの」
裂け目を見上げながら言う。
「半日もすれば自然に閉じるわ」
裂け目の奥から風が吹く。
鉄の匂い。
血の匂い。
そして、懐かしい匂い。
鬼界の匂いだ。
門倉さんの声が響く。
「討伐班、準備」
紅羽さんが刀の柄に手をかける。
燈子さんは、まるで散歩にでも行くみたいな顔。
三人が裂け目の前に並ぶ。
空間がゆらめいている。
その向こうには――鬼界。
「桃矢君」
紅羽さんが振り向いた。
「ここで待ってて」
少しだけ微笑む。
「すぐ戻るから」
「行くぞ」
門倉さんが一歩踏み出す。
そのまま裂け目の中へ消えた。
燈子さんが続く。
最後に紅羽さん。
三人の姿が光に飲み込まれる。
※
どれくらい経っただろう。
五分か。
十分か。
時間の感覚がぼやけていく。
そのときだった。
ピィィィィィィィィ!!
警報が鳴る。
無線が騒がしくなる。
『緊急報告!』
『大宮に裂け目発生!』
ざわり、と現場が揺れる。
「なに?!」「同時発生だと?」「ありえないわ!」
直後だった。
裂け目が、ぐにゃりと歪んだ。
空間が震える。
「まずい」
誰かが言った。
「裂け目が不安定だ! 閉じるぞ!」
蓮が前に出た。
「紅羽さん達を連れ帰らないと」
隊員が蓮の腕をつかむ。
「待て! 閉じたら戻れない!」
僕は裂け目を見る。
紅羽さんが、向こうにいる。
あの人は強い。
でも、守るって決めた。
僕は走った。
「おい!」
誰かが叫ぶ。
でも、止まらない。
裂け目へ向かう。
背後で蓮の声。
「待て! 俺も行く!」
次の瞬間。
世界がひっくり返った。
落ちる。
そして――
地面。
僕はゆっくり顔を上げた。
空は灰色。
太陽はない。
代わりに赤い月。
遠くに、崩れた都市が見える。
石の塔。
壊れた城壁。
見覚えのある景色。
僕は呟いた。
「……鬼界」
懐かしい匂いがした。




