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4 戦いの余韻

夜の空気は冷たかった。


ショッピングモールの外に出ると、さっきまでの生臭さが少しだけ薄まる。


封鎖線の向こうでは警官たちが慌ただしく動いていた。


終わったんだ。


僕はようやく息を吐く。


「ねえ、桃矢君」


振り向くと、燈子さんがこちらを見ていた。


長い黒髪を夜風に揺らしながら、ゆっくり歩いてくる。


「大活躍だったらしいじゃない」


「僕はなにもしてません。鬼を斬ったのは紅羽さんです」


「でも、見破ったのは桃矢君でしょ?」


燈子さんは楽しそうに目を細めた。


「どうしてわかったの?」


心臓がどくりと鳴る。


鬼の匂いを知っているから、なんて言えるわけがない。


「なんとなく、かな」


僕は適当に言葉を濁す。


燈子さんの眉が少しだけ上がった。


「なんとなく?」


「変だったんです。あの状況で、あんなに都合よく生き残ってるのが」


燈子さんは、しばらく僕を見ていた。


まるで何かを確かめるみたいに。


「へえ」


それだけ言う。


それ以上は聞いてこなかった。


少し離れたところでは、紅羽さんと門倉さんが話している。


燈子さんは二人に視線を向け、意味ありげに言った。


「ちゃんと見てあげなよ」


「え?」


「紅羽」


僕は思わずそちらを見る。


「どういう意味ですか?」


燈子さんは僕の耳元に顔を寄せた。


内緒話みたいにささやく。


「あの子、強くないから」


強くない?


ついさっきまで、鬼を何体も斬り伏せていた人が?


燈子さんが何を言いたいのか、僕にはさっぱりわからなかった。



僕と紅羽さんは帰路についていた。


紅羽さんは、任務のあと家に戻らないことが多い。


機関の施設で治療したり、報告書を書いたりするらしい。


でも今日は、僕がいるから神薙家へ帰る。


車内は静かだった。


紅羽さんは、ほとんど喋らない。


疲れているのかな。


そう思って横顔を盗み見る。


唇の色が、いつもより少し薄い気がした。


「大丈夫?」


声をかけると、紅羽さんは一瞬きょとんとした。


それから、いつもの笑顔を作る。


「うん、平気」


それきり、また黙ってしまう。


車が揺れるたび、紅羽さんの肩がほんの少しだけ震えているように見えた。


気のせいだろう。


僕は深くは考えなかった。


神薙家に着いたのは、深夜2時をまわったころだった。


「先に休んでて」


玄関で紅羽さんが言う。


「私はちょっと……」


そう言って洗面所へ向かった。


僕は部屋へ戻ろうとして、足を止める。


水の音が聞こえてきた。


しゃああ、と。


長い。


気になって、そっと様子を見に行く。


洗面台の前に紅羽さんが立っていた。


手を水にさらしている。


こすって。


またこすって。


それでも、まだ洗っている。


「なにしてるの?」


声をかけると、紅羽さんの肩がぴくりと動く。


「血で汚れちゃって。なかなか落ちないのよ」


「もう落ちてると思うけど」


「……そうね」


それだけ言って、水を止めた。


「先に寝るね」


「うん」


僕はそれ以上、何も言えなかった。



眠れなかった。


紅羽さんの様子がおかしい。


それに、燈子さんの言葉――あの子、強くないから。


あれはどういう意味だったんだろう?


あれこれ考えながら、寝返りを打ったとき。


「きあああああああああっ!」


叫び声で飛び起きた。


紅羽さんの声。


僕は廊下へ飛び出す。


紅羽さんの部屋の戸が少し開いていた。


なかから嗚咽が聞こえる。


「紅羽さん!」


戸を開ける。


紅羽さんは布団の上で、刀を抱きしめていた。


「やめてっ!」


白目をむいて、泣き叫んでいる。


「紅羽さん、起きて」


肩を揺する。


何度か呼ぶと、紅羽さんの目が開いた。


「……桃矢君?」


「うん」


紅羽さんはしばらくぼんやりして、それから顔を伏せた。


「ごめん」


かすれた声だった。


「こんな姿、見せて」


僕は少し迷ってから聞いた。


「どうしたの?」


紅羽さんは申し訳なさそうに答える。


「任務のあとは悪い夢を見るの」


「いつも?」


「鬼を斬った日は……だいたい。でも大丈夫。すぐおさまるから」


そう言って笑おうとする。


でも、うまく笑えていなかった。


紅羽さんの手は、まだ少し震えている。


刀を抱きしめる腕に、力が入りすぎている。


僕はしばらく黙っていた。


それから、ふと思い出す。


「姉さんが言ってた」


「え?」


紅羽さんが顔を上げる。


「こういうときは、手をつなぐといいって」


僕は手を差し出した。


「辛い気持ちが半分こになるんだって」


紅羽さんは一瞬きょとんとした。


それから、少し困ったように笑う。


「桃矢君、まだ子どもみたいなこと言うのね」


「そうかも」


肩をすくめる。


「でも、姉さんは嘘つかないから」


紅羽さんは少し黙った。


それから、そっと手を伸ばしてくる。


ひどく冷たい手だった。


紅羽さんはそのまま、僕の手を握る。


ぎゅっと。


「……ほんとだ」


小さくつぶやく。


「少し楽」


紅羽さんの呼吸が落ち着いていく。


しばらくすると、安心したように寝息をたてはじめた。


姉さんのことを思い出す。


紅羽さんは、姉さんに似ている。


優しいところとか。


強がるところとか。


紅羽さんの寝顔を見ながら、僕は強く思った。


この人を守りたい――今度こそ


僕は、そっと、紅羽さんの手を握りなおした。


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