2 鬼狩りたち
庭の砂を踏む音が、いつもより乾いて聞こえた。
朝の訓練は、だいたい同じ流れで進む。
竹刀を構えて、踏み込んで、転がされる。
その繰り返しってわけ。
「そこ、甘い」
紅羽さんの声が飛ぶ。
次の瞬間、視界がぐるりと反転した。
そして、後頭部から地面に衝突する。
「いってぇ……」
頭をさすりながら起き上がった、そのときだった。
背後から、やわらかい拍手が聞こえた。
ぱち、ぱち、と。
「ふふ、紅羽相手によく踏みこんだわね」
女の人の声。
振り返ると、縁側に三人の人影があった。
ひとりは長い黒髪を背に流した若い女。
怖いくらいに整った顔で微笑んで、ゆっくりと手を叩いている。
ひとりは無駄のない立ち姿の大男。
古傷がいくつも走る腕が、超えてきた死線を感じさせる。
そしてもうひとりは、僕と同年代くらいの少年。
腕を組み、あからさまに面白くなさそうな顔で、こちらを見ている。
知らない顔だ。
でも3人とも、ただ者じゃないって感じがする。
「燈子さん、門倉さん、どうしてここに」
紅羽さんの声が普段より硬くなる。
大男――門倉と呼ばれた男が答える。
「任務だ。お前も招集されている」
短い。
余計な言葉がひとつもない。
紅羽さんがうなずき、歩み寄る。
そのすきに、燈子という女が縁側から降りてきた。
音もなく、ふわりと。
「邪魔しちゃったかしら?」
「いや、べつに」
距離が近い。
甘い香りがただよってきて、頭がクラクラする。
「桃矢君、ね」
名前を呼ばれて、思わず眉が動いた。
「紅羽から聞いてるわよ。ずいぶん頑張り屋さんなんですって?」
燈子さんの視線が、ゆっくりと僕をなぞる。
その目は、どこか楽しそうだった。
「ねぇ桃矢君、任務に行きたいんだって?」
「行きたい」
即答だった。
言葉が勝手に出た。
燈子さんはくすりと笑う。
「いいわよ。私が連れていってあげる」
紅羽さんの肩がぴくりと動いた。
「燈子さん。勝手なことを言わないでください」
「えー、いいじゃない」
燈子さんは、僕の体にするりと腕をからめる。
やわらかい感触と甘い香りに、ちょっとだけ思考が止まった。
「桃矢君にはまだ早いです」
紅羽さんの声が、わずかに硬くなった気がする。
「そうかな? だってほら、今回は若手がもう一人いるんだし」
門倉さんが口を開く。
「育成機関から特別参加がいる」
少年が一歩前に出た。
「白峰蓮です。鬼狩り育成機関、実地研修枠で参加します」
蓮と名乗った少年は、紅羽さんに向かって、丁寧に頭を下げた。
「紅羽さんと任務に参加できるなんて光栄です」
まっすぐな声だった。
紅羽さんに向ける目は、尊敬そのものって感じだ。
でも、僕を見るときは、露骨に温度が下がったようだった。
なるほど。
嫌われているらしい。
理由は知らないけど。
「ほら、ひとりも、ふたりも一緒でしょ」
燈子が言うと、蓮が即座に声を上げた。
「一緒にされるのは困ります。俺は実践訓練でも結果を出しています」
蓮は僕を見下ろして言う。
「覚悟のないやつは来るな。みなさんの邪魔になるだけだ」
「お前には関係ない」
僕が答えると、蓮はムッとして言い返そうとする。
だけど、そのまえに門倉さんが口を開いた。
「桃矢と言ったな」
門倉さんの視線が刺さる。
逃げるのを許さない目って感じだ。
「死ぬかもしれん。それでも行くか」
「行きます」
迷いはなかった。
だって、このときをずっと待っていたんだから。
門倉さんがうなずく。
「私は――」
紅羽さんが食い下がろうとするけど、門倉さんは言葉を切った。
「今回の若手枠は2名とする。蓮の監督は俺が行う。桃矢の面倒は紅羽が見ろ」
紅羽さんは、しばらくためらってから、
「……わかりました」
と答えた。
それから僕を見て、
「絶対に私のそばから離れないこと」
「はい」
「勝手に動かない」
「はい」
「無理だと思ったらすぐ下がる」
「はい」
まるで子ども扱いだ。
いや、大人ってわけじゃないけどさ。
蓮が鼻を鳴らす。
「現場で泣くなよ」
「だまれ」
ぴしゃりと言ってやると、燈子さんが楽しそうに笑った。
「若いわねえ。血の気が多くて」
門倉が告げる。
「出発は一時間後。現地は都内商業施設。被害は複数」
その一言で、場の空気が変わった。
数時間後、鬼と向き合うことになる。
そう考えると、体が震えてきた。
怖いのか?
たぶん、少しだけ。
でも、それよりも、胸の奥がざわついている。
期待なのか、焦りなのか、もっと黒い何かだろうか。
鬼を狩る者たちの中に、鬼がひとり。
それでも、僕は歩き出す。
この先で何を見るのか。
なにを失うのか。
まだ、僕は知らない。
毎日一話書いていこうと思います。
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