空は何も言わない
「うぅ......。」
雪の降る空が見える部屋の中、普段であれば窓際で外の景色を見ていたところだが、律は見事に風邪を引き暖炉の前から動けずにいた。
(こんなにも寒さに弱かったか......?)
本来であれば、横になりゆっくりと休むべきなのだろうが、なかなか寝付けず、かといって体を冷やしておくわけにもいかない。結果としての暖炉だったのだが、火を見るとオレンジ色の光景が脳裏をちらつき、とても落ち着かない。
そんな律の元に、来客を知らせる鐘が鳴った。
「入るぞ、律......。何してんだ」
「......寒い。暖炉で温まってる」
現れたのは、いつもより少し大人しい友人。ルージュだった。
「なんだよ律、この程度の寒さなら、問題ないだろ」
「油断した」
「昨日とあまり気温は変わってないが?」
「そうだな......」
「どうした?お前」
ルージュは律の様子を見て探る視線を向ける、しかし何も言わない。いつもはそのまま聞いてくるのに。と思ったが、この場合は情報部のルージュとして、何か聞きに来たのだろう。
「まあいい。体調も悪そうだし、さっさと終わらせようか。律、お前を昨日、憲兵隊が不審者として捜索していた」
「......はい?」
予想外だった。自分が、不審者として捜索されていた事実。律は心当たりは全くなく、むしろセリフィアに連れていかれ街にはほとんどいなかった。
そのため本当に自分なのかと、ルージュを見る。
「いや、そんな驚いた表情をしてもだな」
「悪い、だが、心当たりがないのだが......」
「俺はその体調に関係あると思うが......。とりあえずこれを見ろ」
ルージュはポケットから紙を取り出し、渡してくる。体調に関係があるというのは引っかかるなと思いつつ、冷たい手で紙を受け取る。
見るとそこに記されていたのは、セリフィアに拉致される前の自分の動向だった。
ーー
店前で不審人物が単独で独り言を発しながら佇んでいるのを確認。
同人物は、その後店に入店し、ケーキ三点を購入。退店後、店舗前で周囲に対象物、またはそれに対応するオブジェクトが存在しないにもかかわらず、空間に箱を差し出す動作を確認。
その直後、同人物は短時間の硬直状態を示し、続いて外部からの力を受けたかのように身体の重心を不自然に傾けたのち、突如として姿を消失した。
現地憲兵隊3名はいずれも、「対象が瞬時に姿を消した」と一致して証言。
ーー
「あぁ......そういうことか」
あの時、セリフィアが驚いていた理由はこれか。横を確認したのも、腑に落ちる。
「人前で急に消えるなんて芸当、できる人類は、お前と皇帝くらいだからな。」
「確かに、そうかもな。」
「んで、皇帝はあり得ないし、消去法でお前と言う事だ。何があった?」
「そうだな......話そう。でも話す前に、そこにお前のケーキがある。食べるだろ?」
「おっ、ありがとよ。」
律の言葉にルージュはケーキとお茶を取って、椅子に腰を下ろす。
「では話せ。すまないが一応仕事なんだ」
「はいはい......」
ケーキを口に入れ、フォークをくるくる回しながらルージュは律に視線を合わせる。その様子に、律は仕事はしっかりしてくれよと、心の中で思いつつ話を始めた。
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部屋は暖かくなり、窓の外の雪も少しずつ溶け始め、水滴が木を滑り落ちる頃。律の話は終わり、ルージュの皿もすっかり空になっていた。
「なるほどな。色々おかしな点はあるが、まぁ概ねいいだろう。」
ルージュは頭をかきつつ、額に手を当てていた。そうしたくなる気持ちは分かる。自分も、逆の立場であったらそうなるだろう。
「つまり、なんだ。お前目線では少女が居たと.....」
「そう言う事だな。」
「んで、転移を少女が使い?お茶会をしていたと......」
「ああ、そうだ」
「悪い、何を言ってるか、全くわからん」
だろうな。と律は頷く。話していて、とても現実味がなさすぎる。信じてもらう方が無理な話だ。
「その少女、お前が前に言ってた少女だろ?」
「そうだな」
「お前、よく付いて行ったな。俺が居たら止めてたぞ」
「まぁ、害はなさそうだったし、いいかなと」
そう害はない、そう思っているだけであるかもしれないが、今のところは、自分の不注意で風邪を引いただけなのだ。
「なぁこれ、なんて報告したらいいんだ?」
「さぁ?」
「お前の事なんだが......とりあえず、内容は適度に変えて後日、報告しておく」
「助かる」
やはり、ルージュである。情報部の者なのに、実害がないならば多少は融通が利く。これに、いくら助けられたか。そう思い、律は心の中でルージュを拝んだ。
「律」
「どうした?」
「お前は強い。状況さえよければ、皇帝よりも強いだろう」
急にどうしたのだろうか。と思い、律はルージュを見つめる。
「だが、仲間が少なすぎる。強いだけでは、英雄をやめられないぞ」
「そうだな」
ルージュの指摘は当たっている。軍内で、どれだけ地位が高くとも、政治的にも使われる英雄と言う称号は、そう簡単には、やめられない。他の人からすれば憧れだろうが、呪いそのものでもあるのだから。
「悪いな。心配をかけて」
「なに、友人を気遣うなんて当たり前だろ?」
「ルージュ...。皿を片付けろ」
「う......」
バレたか...と、ルージュはしぶしぶ皿を片付けるその光景に、少し微笑みながら律は窓を見た。外は変わらず銀世界ではあるが、どうやら寒さは少し和らいだらしい。
「雪がやんだな」
「そうだな。お前は早く体調を治せよ」
「分かってる」
なんてことない、いつもの会話に戻り、ルージュと律は笑いながら、二人は同じ空を見ていた。空は何も答えないだろう。だが友が隣にいる、それだけでもいつも見る空より綺麗に見える。
「たまには、こういうのもいいもんだな。」
「あぁ、昔を思い出すけどな」




