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数億年後の君へ  作者: 櫛名
第一章
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空は何も言わない


「うぅ......。」


 雪の降る空が見える部屋の中、普段であれば優雅に窓際で外の景色を見ていたのだが、今の律は見事に風邪を引き暖炉の前から動けずにいた。


(こんなにも寒さに弱かったか......?)


 こんなにも体調が悪いのだ、普通だったら横になりゆっくりと休むべきなのだろうが寝ることはおろか布団では暖が足りない。かといって体を温めるために何かやろうとしても体が重く、言うことを聞かないのだ。


 まさに八方ふさがり。しかし、体調は早く直さなければならない。そのため様々なことを考え、結果としての暖炉前だったのだが、火を見るとオレンジ色の光景が脳裏をちらつき、それはそれで落ち着くことができなかった。


 そんな最悪の気分だった律の元に、来客を知らせる鐘が鳴る。


「入るぞ、律」


 何故か普通に家に入ってくるのは一旦置いといて、現れたのはいつもより少し大人しい友人。ルージュだった。


「お前、ノータームで入りやがったな」

「別にいいだろ?初めてじゃないんだし、外寒いし、さすがに長時間はいたくないからな」

「......それもそうか」


 外はおそらくマイナス温度。暖かい場所に早く入りたくなる気持ちは大いにわかる。ここは流しておくとするか。


「それはそうとどうしたお前」

「......寒い。暖炉で温まってる」

「それは見てわかるんだが、いつもこの程度の寒さなら、問題なかっただろ」

「油断した」

「昨夜は二日前とあまり気温は変わってないが?」

「そうだな......」

「どうした?お前」


 ルージュは律に様子を探る視線を向ける。


 しかし、彼は何も言わない。いつもはそのまま聞いてくるのに、と思ったが、この場合は情報部のルージュとして何か聞きに来たのだろう。そうでなければ彼の性格上、こんなにも大人しい訳がない。


「まあいい。体調悪そうだし、それに気づいてもいるようだし、さっさと終わらせようか。律、昨日憲兵隊が不審者としてお前を捜索していた」

「......はい?」


 想像の外。自分が、不審者として捜索されていたという事実に律は言葉を失う。もちろん律は心当たりはなく、むしろセリフィアに知らない場所に連れていかれたため、街にはほとんどいなかった。


 言われてそうですか、とはならない。そのため本当に自分なのかと、ルージュに視線を向ける。


「いや、そんな視線を向けられてもだな......」

「悪い。だが、本当に心当たりがないのだが......」

「俺はその体調に関係あると思うが......。まぁいい、とりあえずこれを見ろ」


ルージュはポケットから紙を取り出し、渡してくる。律は体調に関係があるというのは引っかかるなと思いつつも、冷たい手で紙を受け取った。


紙を開き、記されていた内容を見るとそこには、セリフィアに拉致される前の自分の動向が第三者視点で書かれていた。


ーー


店前で不審人物が単独で独り言を発しながら佇んでいるのを確認。

同人物は、その後店に入店し、ケーキ三点を購入。退店後、店舗前で周囲に対象物、またはそれに対応するオブジェクトが存在しないにもかかわらず、空間に箱を差し出す動作を確認。


その直後、同人物は短時間の硬直状態を示し、続いて外部からの力を受けたかのように身体の重心を不自然に傾き、突如として姿を消失した。


現地憲兵隊3名はいずれも、「対象が瞬時に姿を消した」と一致して証言。


該当人物の捜索を日没後、再度開始せよ。


ーー


「あぁ......そういうことか」


 あの時、セリフィアが驚いていた理由はこれか。見えないはずなら横を確認したのも、腑に落ちる。俺だってそれを貫通してきたら驚くだろう。


「てか、これ持ち出して大丈夫なのか?」

「問題ない。すでに解決済みと憲兵隊には印付きで封書を送ってある」

「なるほどな......」


 おそらくうやむやにするために印付きにしたのだろう。相変わらず情報部のやることは容赦がない。


「そもそも人前で急に消えるなんて芸当、できる人類は、お前と皇帝くらいだからな。その時点で秘匿させるには十分な理由よ」

「確かに、そうかもな」

「んで、皇帝はまずあり得ないし、消去法でお前と言う事だ。何があった?」

「言わなきゃダメか?」

「あぁ、ダメだな。話さないと悪いが拘禁......とまではいかないが、それなりの処分はせざるを得ない」


ため息をつきつつルージュは律を見つめる。できれば野蛮なことはしたくないというように、分かってくれと訴えるように。


「分かった。話すよ、でも話す前にそこにお前のタルトがある。食べるだろ?」

「おっ、食う食う。ありがとよ」


 律の言葉にルージュは保管庫においてあったタルトをそそくさと見つけ、台所にあったお茶を勝手に取り、椅子に腰を下ろす。


「では話せ。すまないが一応仕事なんだ」

「はいはい......」


 タルトを口に入れ、フォークをくるくる回しながらルージュは律に視線を合わせる。その様子に、律は別にある物は取って構わないが、仕事はしっかりしてくれよと、心の中で思いつつ話を始めた。



□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇



 窓の外の雪も少しずつ溶け始め、水滴が木を滑り落ちる頃。律の話は終わり、ルージュは頭をかきつつ、うなだれていた。


「なるほどな。色々おかしな点はあるが、まぁ概ねいいだろう。」


 概ねという時点で納得はしてなかそうだが、ひとまず説明責任は果たした。そういってもいいだろう。


「つまり、なんだ。お前目線では少女が居たと.....」

「あぁ」

「んで、転移を少女が使い?お茶会をしていたと......」

「そうだ」

「......悪い、何を言ってるか、全くわからん」


だろうな、と律は頷く。話していて思ったことではあるが、現実味がなさすぎる。信じてもらう方がどだい、無理な話だろう。


「その少女、お前が前に言ってた少女だろ?」

「そうだな」

「お前、よく付いて行ったな。俺が居たら止めてたぞ」

「まぁ、害はなさそうだったし、いいかなと」


 能天気な感想かもしれないが、今のところ害はないのは事実。それはルージュも否定しないだろう。実際に生きて帰ってこれているのだから。


「なぁこれ、なんて報告したらいいんだ?」

「さぁ?」

「お前の事なんだが......。とりあえず、内容は適度に変えて後日、上に報告しておく」

「助かる」


 こういうところは、やはり気が利く。情報部の者なのに、実害がないならば多少の融通を許してくれるこれに、いくら助けられたか。心の中でルージュを拝むことにしよう。


「律」

「どうした?」

「お前は強い。状況によっては、皇帝よりも強いだろう」


 急にどうしたのだろうか。と思い、律はルージュを見つめる。


「だが、仲間が少なすぎる。強いだけでは、英雄をやめたい時にやめられないぞ」

「......そうだな」


 ルージュの指摘は当たっている。軍内で、どれだけ地位が高くとも、政治的にも使われている英雄は、そう簡単にはやめられない。他の人からすれば憧れだろうが、呪いでしかないのだから。


「悪いな。心配をかけて」

「なに、友人を気遣うなんて当たり前だろ?」

「ルージュ......。皿を片付けろ」

「う......」


 バレたか...と言うようにしぶしぶ皿を片付けるルージュに、少し微笑みながら律は窓を見る。外は変わらず銀世界ではあるが、どうやら寒さは少し和らいだらしい。


「雪がやんだな」

「そうだな。お前は早く体調を治せよ」

「分かってる」


 台所から返事がするなんてことない、いつもの会話に戻り、ルージュと律は笑いながら、二人は同じ空を見ていた。空は何も答えないだろう。だが友が隣にいる、それだけでも一人で見る空より新鮮に見える。


「たまには、こういうのもいいもんだな」

「あぁ、昔を思い出すけどな」


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