秋を運ぶ少女
「こちらへどうぞ」
穏やかに流れている川の水面に、紅葉の葉が浮いている美しい秋景色。穏やかで少し涼しい秋風を肌で感じながら、石畳で作られた道をゆっくりと進んでいく。
「絶景だな」
「えぇ...。お気に入りの場所です」
彼女は歩きながらも横顔で少し微笑み、そう返してくる。
お気に入りの場所と言っただろうか。確かに、こんなにきれいな景色はそうそうあるものではない。一度来た人ならば何度でも来たくなる、そんな魅力がこの場所には確実にある。ぜひとも撮影機を持参して写真を机の上に飾りたいものだ。
律は視界いっぱいの美しい紅葉と、澄んだ池の景色を堪能しながら少女の後を歩く。しかし、しばらく道に沿って歩いていると普段決して感じることがない違和感を覚えた。
(これ、本当に自然に作られた場所なのか?)
とても魅力的な景色には変わりない。どのような貴族でも豪族でも一目で虜になるだろう。しかし、岩や木々、それに川の流れる場所など、すべてが美しく見えるように計算されて置かれているような印象を受ける。
もし自然に作られたならばここまで整ってはいないはずだ。少なくとも、律は自然の環境でここまで整っているのは見たことはない。
「そんなに注意深く見渡しても何もありませんよ?」
少女は川のせせらぎがよく聞こえる一本の紅葉の木の下で急に足を止め、鋭い視線を向けてくる。
どうやら、辺りを探っていたのがバレたらしい。隠しごとをするのは不可能だと分かってはいたが、まさか周りに配る視線まで察知されているとは......。思いもしなかった。
「......いつから気づいてた?」
「橋を渡ったあたりからでしょうか」
どうやら割と早い段階で気づいてたらしい。
「この場所は私の魔法で景観を維持していますので、大抵のことは分かります」
「......なるほどな」
視線も察知できるなら管理というか監視に近いのではと、思いもしたが彼女のことだ。維持とか言いつつも防御機構もある程度備えているのだろう。過剰なものでなければいいのだが......。
「まぁ別にいいですけど。ほどほどに」
「はい......」
口元に指を当て、少女は先ほどの目とは一転して優しく、なでるような目をこちらに向けてくる。何故か子供扱いされているような気がするが、悪意は感じないのでまぁいいだろう。
「さて......。別のところでもいいのですが今日はここでいいでしょう」
少女は独り言のように呟き、手を空間にかざす。
空の空間、魔法の発生前兆すら見えない。しかし彼女が目を細めると光の粒子がぽつりぽつりとその場に現れテーブルと椅子、二人分の茶器が淡く形をとり、固定化され、ものの数秒でティーセットがその場に完成する。
茶器の見た目はガラスとアクアマリン、タンザナイトが混ざったような色合いで手放しで称賛できるほど美しい。飾るだけでもかなり映えるだろう。
「どうぞ、おかけになってください」
「では失礼して...」
律は言われるままに椅子に腰かけ、少女は反対側に座った。彼女は空中に円を描くように指を回す、すると皿とタルト、ティーポットなどがひとりでに動き出し、あっという間に並び終わる。
(もはや何でもありなんだな......)
多少のことで愚痴ることはほぼないのだが、これは少し不公平ではないだろうかと思ってしまう。
「なんですか?」
視線に気づいたのだろう。当然と言えば当然だが、反応が早い。ルージュ相手ならそのことをいじりつつ、魔法が自分にも使えれば配膳から洗い物までかなり楽になるのに、と言えたのだろう。
「いいやなんでもない」
「そうですか。まぁ何を考えていてもいいですが、ひとまずタルトをいただきましょうか」
「そうだな」
紅葉の木下、川の澄んだ音が聞こえる最高のロケーション。二人は静かにタルトを自身の口へと運ぶ。
口に入れた瞬間とけるように消えていく抹茶のチョコレート、タルト生地のサクサクという食感。抹茶の苦みは抑えられており、いいバランス。邪魔をせずに互いを完全に補完している。
「これ、こんなにうまいのか......」
「予想より、おいしいですね。私も驚きました」
思わず息が漏れる律、目を閉じて上を向く少女。どうやらこのタルトに思うことは同じようだ。
「なんであんなに人の並びないのか不思議なくらいだ」
「私が初めて見た時は、尋常じゃないほど人が並んでましたよ?」
「はけた後だったのか......。いや、まて、いつから見ていたんだ?」
「えっと......。分かりません」
「えぇ......?」
人間の時間感覚とはかけ離れている彼女のことだ。もしかしたら昼頃、いや朝から見ていた可能性もある。
律は少女の言葉に若干呆れつつも、再度タルトを口に運ぶ。紅茶を一口飲み、少女の口が開いてるときに秋の空気に合わせて他愛もない会話をする。数年間感じたことがなかった充実した時間。
うるさいやつもいないし、落ち着いて話せる。それに当たり障りもない会話ではあるものの、彼女は予想に反して雑談は好きなようで、表情はいつもより幾分も柔らかい。
(まるで別世界のようだな......)
英雄としての義務も、責任もここでは無い。ただ話して、紅茶とタルトを口に含み時間を溶かす。なんてことない時間、しばらくぶりの落ち着ける時間と言えるだろう、少女には感謝をしなければな。
律は目を閉じながら少し微笑む。その様子を見たのか、彼女は薄い目でこちらを見てくる。どこまでも見通されているような気がしてむず痒いところもあるが、仕方ないだろう。
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......しばしの時を経て、皿の上のタルトはなくなり、穏やかに溶けていた時間に思いを馳せつつ。彼女からさりげなく差し出された紅茶を一口、口に含み景色を堪能していると律はふと、重要なことを思い出す。
「そういえば、そろそろ名前を教えてくれないか?」
「名前ですか......?」
「そう、もう3回あってるしいいんじゃないかな?」
笑顔でそう聞いてみると、少女は口に手を当てながら無機質な瞳でこちらを見つめてくる。
「そうですね...。ですが、あなたも名前を名乗っていないですよ?」
......そういえば自分も名乗ってなかった。
なんと間抜けなことだろうか、我ながら情けない。
「失礼、俺は玖重 律。君は?」
「私は、セリフィア、セリフィア_アステート」
「セリフィアというのか...」
初めて聞く名前だ。一応後でルージュにも聞いてみるが、おそらく情報部のリストにも載っていないだろう。
「良い名前だな」
「えぇ、気に入ってます」
セリフィアは静かな笑みを返す。しかし、コップの持ち手をさすりながら微笑むその姿は目の前の律ではなく、ずっと遠く遥か彼方に向けられているような。そんな寂しいものに感じた。
過去に何かあったのだろうか、それとも......。
「さて、夜も遅くなってまいりましたし。人類はそろそろ寝ないといけませんよ?」
「そうだな......。悪いが送ってくれないか?」
「分かりました。どこがいいですか?」
セリフィアが見つめてくる。彼女の真っ白な目線を受けた律は言葉の違和感に気づきかみ砕く。
どこがいいという分には、どこでも行けるのだろうかと。
彼女でなければ適当に言っているで済ませるのだが、このセリフィアという少女は底が全く見えない。文字通りどこにでも行ける可能性が大いにある。
「じゃあ俺の家の前は行けるか?」
「場所さえわかれば飛ばせますよ」
その言葉に律は紙とペンを取り出し、住所を書く。
伝われば楽ができるが、伝わらなくても来る前の場所に飛ばしてくれと言うだけで済む。ここに来る前、雪が降っていたためできれば家に直接送っていただきたいものだが、それはまぁ、彼女次第だろう。
「では、ここに頼む」
セリフィアは律から紙を受け取り、手を口に軽く当てる。
「あ、ここですね。今見たので飛ばせますよ」
「......では頼む」
「はい」
予想に反して、直接行けるとの返答に律は少しの喜びと恐怖を感じつつセリフィアに視線を預けた。セリフィアはすでに手を差し出しており、準備が整っているのだろう。そんなに単純なものなのか?と思いつつも律はその手に自らの手を添え、彼女に手を引かれつつ一歩踏み出す。
そうすれば、穏やかな空気も、涼しい秋風も小川の音すらその場に置いて、目に映るのは雪が降っている町にある見慣れた一軒家。
「ここでよろしいですか?」
「問題ない。ありがとう」
瞬きをする時間すら長いと思わせるほど早い、しかも足元に衝撃が加わった形跡がないときた。他の人から見たら何もないところから自然に現れたように見えただろう、恐ろしいものだ。
律は一歩前に出てセリフィアに視線を向ける。
「今日はご馳走になったな」
「いえ......タルトを奢っていただいたので。私が出したのは紅茶くらいですし」
「それでもとても良い時間だった」
「それならよかったです」
すっと、律と距離を取り始めるセリフィア、もう帰るのだろう。だがそんなセリフィアの背中が、何故か、なんとなくすぐに霧散してしまいそうな儚い霧のように見えた。
彼女は絶対的な強者であり、見ないだけで周りに多くの人もいるはずだ。なのに何故あんなにも寂しそうな後ろ姿なのだろう。
「セリフィア。......今度食事に来てくれ、腕の自信はあるぞ?」
いつの間にか口から出ていた。理由なんてない。
律も自分の行動に少し戸惑った、しかし放っておくのは違うという確信が心にあったのだ。お節介かもしれないが、そうするのが正解だと感じてしまったのだ。
「......貴方はお話相手が欲しいだけでしょう?」
律はセリフィアの返しに思わず言葉が詰まってしまう。だが、どうやらそのお節介が彼女の元へ届いたらしい。それまで止まることがなかったセリフィアの足が止まっていたのだから。
律は考える、どう返せばいいのかを。答えなんて出ない、そんな難題を。しかしなんとなくこの言葉が適切だろう。
「さぁ?どう思う?」
わざと不敵に笑う。セリフィアは、後ろを向いたままだ。
普通なら見えないだろう。それでも彼女には、見えていると確信できる。自分が見えないものでもどうせ見えるのだ。もしかしたらこの作った笑みの真意ものぞかれているかもしれないが、それはまた別の話。
それに気づかれていても、彼女ならやすやすと踏み込んだりもしないだろう。それくらいは先ほどの会話で分かっている。
「......そうですね。では気が乗ったらお邪魔しますね」
「分かった。いつでも歓迎しよう」
セリフィアは振り返ることはなく、またそれ以上は何も答えることはない。だが律は、彼女が笑っていたことを見逃さなかった。
彼女は再び歩き出す。その姿は先ほどの寂しさを感じさせない、くっきりとした輪郭だった。律は最後まで見送るつもりだったが、少女はその場でいきなり空間に溶けて消えてしまう。
しかし、いつもとは違いセリフィアが消えた空間からイチョウの葉が一枚落ちてきた。彼女なりの別れの挨拶なのだろう。
「次はいつ会うことになるのだろうな」
寒空の下で人と別れるのはよくあることだ。せっかく仲良くなったのに、それ以来一度も会わなかったことすらある。彼女の場合はまぁ大丈夫だろうが、それでも少し不安ではある。




