秋を運ぶ少女
「こちらへどうぞ」
水面に映る紅葉の葉、穏やかで少し涼しい秋風を肌で感じながら、石畳で作られた道をゆっくりと進んでいく。
「いい景色だな」
「えぇ...。お気に入りの場所です」
彼女は横顔で少し微笑み、そう返す。確かにこんな絶景は他にはないだろう。
律は視界いっぱいの美しい紅葉と、澄んだ池の景色を堪能しながら少女の後を追う。しばらく道に沿って歩くと少女は川のせせらぎが聞こえる、立派な紅葉の木の下で足を止める。
「ここでいいでしょう」
少女は独り言のように呟き、手を空間にかざす。
それだけでテーブルと椅子、二人分の茶器が淡く形をとり、ものの数秒でセットがその場に現れる。茶器はガラスとアクアマリン、タンザナイトが混ざったような色合いで手放しで称賛できるほど美しい。
「どうぞ、おかけになってください」
「では失礼して...」
律は言われるままに椅子に腰かける。少女も反対側に座り、ケーキを皿に乗せ、そのまま空中に浮かせ律の前に置く。
(もはや何でもありなんだな......)
多少の事では、驚かなくなっている自分に、少しの愚痴を漏らしつつ、着実にすすむティータイムの準備を見ていた。
「さて、ではいただきましょうか」
「そうだな」
二人は静かにケーキを口へ運ぶ。
律は予想以上においしいケーキに驚き、少女は、目をつぶっていた。
「これ、こんなにうまいのか......」
「予想より、おいしいですね。私も驚きました」
「なんであんなに人の並びないのか不思議なくらいだ」
「私が初めて見た時は、尋常じゃないほど人が並んでましたよ?」
「はけた後だったのか......。いつから見ていたんだ?」
「えっと......。分かりません」
その言葉に若干呆れつつ、他愛もない会話を続ける。少女は予想に反して雑談は好きなようであり、表情もいつもより柔らかかった。
ふと、気づけばケーキはなくなり、時間も溶けて消えていた。
彼女から差し出された紅茶を一口、口に含み一息景色を眺めていたところ、律は重要なことを思い出す。
「そういえば、そろそろ名前を教えてくれないか?」
「名前ですか......?」
「そう、もう3回あってるしいいんじゃないかな?」
笑顔でそう聞いてみると、少女は少し考えるそぶりを見せ、無機質な瞳で見つめてくる。
「そうですね...。ですが、あなたも名前を名乗っていないですよ?」
......そういえば自分も名乗ってなかった。
なんと間抜けなことだろうか、我ながら情けない。
「失礼、俺は玖重 律。君は?」
「私は、セリフィア、セリフィア_アステート」
「セリフィアというのか...」
初めて聞く名前だ。情報部のリストにも載っていないだろう。
「良い名前だな」
「ありがとうございます」
セリフィアは静かな笑みを返す。しかし、その笑みは目の前の律ではなくずっと遠く、遥か彼方に向けられているような。そんな寂しいものに見えた。
「さて、夜も遅くなってまいりましたし。人類はそろそろ寝ないといけませんよ?」
「そうだな...悪いが送ってくれないか?」
「分かりました。どこがいいですか?」
律に目を向け、セリフィアは見つめてくる。その真っ白な目線を受けた律は少女の言葉をかみ砕く。
どこがいいという分にはどこでも行けるのだろうか。
「じゃあ俺の家の前は行けるか?」
「場所さえわかれば飛ばせますよ」
その言葉に律は紙を取り出し、住所を書く。
伝われば楽ができるが、伝わらなくても来る前の場所に飛ばしてくれと言うだけで済む。できれば家に直接送っていただきたいものだが、それは彼女次第なのだろう。
「では、ここに頼む」
セリフィアは律から紙を受け取り、手を口に軽く当てる。
「あ、ここですね。今見たので飛ばせますよ」
「では頼む」
「はい」
予想に反して、直接行けるとの返答に律は少しの喜びと恐怖を感じつつセリフィアを見る。
セリフィアはすでに手を差し出しており、準備が整っているようだ。律はその手に自らの手を添え、彼女に手を引かれつつ一歩踏み出す。
そうすれば、穏やかな空気も、涼しい秋風も小川の音すらその場に置いて、目に映るのは雪が降っている町の見慣れた一軒家。
「ここでよろしいですか?」
「問題ない。ありがとう」
瞬きをする時間すら長いと思わせるほど早い転移、末恐ろしいものだ。
律は一歩前に出てセリフィアに視線を向ける。
「今日はご馳走になったな」
「いえ......ケーキを奢っていただいたので。私が出したのはお茶くらいですし」
「それでもとても良い時間だった」
「それならよかったです」
すっと、律と距離を取り始めるセリフィア、もう帰るのだろう。だがそんなセリフィアの背中が、律には何故かとても儚い霧のように感じた。
「セリフィア。今度食事に来てくれ、腕の自信はあるぞ?」
いつの間にか口から出ていた。理由なんてない。
律も自分の行動に少し戸惑ったが、なぜか放っておくのは違うという確信が心にあった。お節介かもしれないが、そうするのが正解だと思ったのだ。
そしてどうやらそのお節介が彼女の元へ届いたらしい。それまで止まることがなかったセリフィアの足が止まっていたのだから。
「貴方はお話相手が欲しいだけでしょう?」
「さぁ?どう思う?」
律はわざと不敵に笑う。セリフィアは、後ろを向いたままだ。
それでも彼女には、見えていると確信できる。自分が見えないものでもおそらく見えるのだ。もしかしたらこの作った笑みの真意ものぞかれているかもしれないが、それはまた別の話である。
「そうですね。ではたまにお邪魔しますね」
「分かった。いつでも歓迎しよう」
セリフィアは何も答えない。だが後ろ姿で顔こそ見えなかったが、少し笑っていた事を律は見逃さなかった。
彼女は再び歩き出す。その姿を律は最後まで見送るつもりだったが、少女はやはり、その場でいきなり消えてしまう。しかしいつもとは違い、セリフィアが消えた空間からイチョウの葉が一枚落ちてきた。
彼女なりの、別れの挨拶なのだろう。彼女は多くは語らないがそう思わせるには十分なものだ。
「次はいつ会う事になるのだろうな」




