雪空の下では
「英雄またも管理者を単騎討伐す。こりゃ、また大きく出たもんだ」
暖炉の心地いい音がなびく小隊長室にて、紅茶を片手に帝国新聞の表紙に大きく写っている人物、律を横目に大きな笑い声を上げるルージュ。この笑いも見慣れたものではあるが、それでもあまり面白いものではない。そのため律はあきれるような生暖かい目線を向ける。
「茶化しに来たなら帰ってくれ......」
「そういうなよ、相変わらずつれないなぁ」
「討伐するたびに新聞の表紙になる。俺の苦労も少しはわかってくれ...」
「英雄ってのは、そういうものだぜ?」
「まぁ、おそらく作られた英雄と言ったほうがいいがな?」
「......あぁ、そうだったな」
ルージュは紅茶を机に置き、少し曇った表情をする。どうやら気を使わせてしまったらしい。
彼は律の生い立ちを知っている数少ない人物、過去を大体知っているがゆえ、何かしら思うものがあるのだろう。別に気にしなくてもいいのに。
「ふっ、いつものテンションはどうしたルージュ」
「いや、なぁ......」
「別に気にしなくていい。それが一番だ」
「......そうか、分かった。でもお前もそんな自分を卑下するよ。実際にお前は、皇帝ですら不可能だと言われていた犠牲ゼロで管理者を討伐できる紛れもない英雄なんだ。胸を張ってもいいと俺は思うぞ?」
「それが出来る度胸があったら、こんな風に悩んではいないよ」
英雄という肩書は、軍内での絶大な発言力や莫大な報酬、社会的地位を一度に与えられる。通常だったら遠い憧れであり、腕っぷしだけで成り上がれる数少ない方法の一つかもしれない。そのため軍に入る大抵の者は目指す物だろう。
しかしこの英雄という称号は紛れもない呪いなのだ。
律の場合は皇帝に呼び出され、いつの間にかなっていたものではあるのだが、それでも今となってはなぜあの時に辞退しなかったのかと後悔している。
身に余る責任に、貴族からの視線。帝国臣民には常に希望を見せなければならない。常に仮面を付けなければならない、あまりに窮屈な生活になるのだ。
まぁ、今は仮面をあまりつけてはいないのだが、それでも公式の場ではめんどくさいが繕わなくはいけない。基本的に人前に出るのが苦手な律は、それだけでも苦痛なのだ。
「たしかにそれもそうだな......。本気でつらくなったら言え、多少力になってやる」
「それは、ありがたいな」
今までもよく頼っていたのだが、それを言葉にせず力になってやると一言だけ言うあたり、相変わらず良い奴である。
律は改めてルージュに視線を向けたが、彼はどうやら見透かしていたようで、にやりと不敵に笑っていた。だが、目は座っており、暗に無理するなと言っているようでもあった。
「んじゃ、俺はそろそろ戻るわ。仕事あるし...」
「おう、サボりすぎるなよ?」
立ち上がりコートを着なおすルージュに、律は念のためくぎを刺す。
「分かってるって......。お前も心配性だな?」
「お前の後始末をする、部下に対する心配だがな?」
「こりゃひどいなぁ」
そう笑いながら、ルージュは紅茶の甘い匂いが残る部屋を後にした。
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雪が降る街の中。律は食糧庫の在庫が尽きていたために、わざわざ寒い空気に耐えながら食べ物を買いに来ていたのだが、ふと道中右手側にあったケーキ屋に視線が吸われ、足を止めて見ていた。
いや、正確には違う。
ケーキ屋を静かに覗き込んでいる、一人の少女を見ていた。
レンガ造りの店と店内をのぞき込む少女の姿は、見ていてとても絵になる光景だと思って見入ってしまったが、問題はそこではない。
なぜ、あんなにもナチュラルにいる?
特に理由もなく行動する気も......なくもないが、よりによって何故ケーキ屋なのか。それが一番の謎である。
彼女の行動原理はさすがに分かるものではないが、恐らく意味のない場所には絶対にいない。たった二回ではあるが彼女が居る場所はいつも何か起きていたのだ、今回も何かあるのかもしれない。
もし、こんな人の多い場所で彼女が魔法を使うレベルのことが起きたら大惨事も大惨事だろう、巻き込まれるのはごめんである。
(さて、どうしたものか......)
全てを見なかった事にして投げ出すのも一つの手だが、それは性に合わない。せめて何故いるか話を聞くだけでもした方がいいだろう。普通、急に声をかけたら一瞬不審者扱いされてしまうだろうが、彼女のことだ。全くの知らない中ではないし、どうせ気づいているし問題はないだろう。
もし何かを起こすのなら軍人の自分がいればある程度融通は効くし、事件は起こさないだろうが、巻き込まれた時の事後処理が多少楽になるだろう。
律は人混みをよけゆっくりとケーキ屋の前に移動し、少女の横に立つ。しかし彼女は振り返らない。それどころか何かに目を奪われているような、とても神妙な面持ちをしていた。
「何を見てるんだ」
少女はその言葉を認識したのか、一度こちらに振り向きなぜか何もない右横を確認する。軽く見回した後に後ろを確認する様子を見せ、今度は何かに驚いたのか目を思いっきり見開きながら勢いよく律に向き直る。
その様子に何をしているのだ?と思わず半目で見てしまうが、律の姿を完全にとらえた彼女は、信じられないというような驚愕の表情と共に
「え...?」
と、小さく、街の雑音に溶けそうな声をその場に落とした......。




