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数億年後の君へ  作者: 櫛名
第一章
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その目で何が見える


(なんだこの妙な感覚は)


律は管理者が出現したという草原地帯へ向かっていたのだが、律は道中とてつもないほどの違和感に襲われていた。


道中は過去に何度か通ったことがあり、迷うことはない。景色も昔と変わらず綺麗なままなのだが、言語化できない不穏な戸惑いが全身を巡っていた。


律はそのむず痒い違和感に少し気を散らされていたのだが、何故か戦闘に手出しはされないという確信があった。


(......とりあえず目下の敵に集中するか)


律は報告通りのポイントに管理者がいることを目視で確認した。多少帝都方面移動してはいるが、まぁ誤差の範囲だろう。そのため律は一度、木の陰に隠れて管理者に刻まれている番号を慎重に覗き見る。


(今回は何位が相手だ?)


番号は467。


それほど強いわけではないが、警戒を怠ることはできない。相手は軽い一撃を入れるだけで、人類は肉塊になるのだから。


(情報を......。いや、疲れてるし早めに終わらせるか。どうせ話やしない)


いつもそうなのだ。会話を試みようとしても管理者は話すことはない。それどころか、興味がないというように絶対零度に近い視線を向けてくる。反応はあるので他の種族と同じく自我はあるのだろうが、それだけなのだ。


静かにため息をつきつつ、律はまるで学生の下校時のような、軽やかな歩みでやけに静かな気配をまとっている管理者の目の前にあえて出る。


一歩、また一歩と律は管理者に向けて歩みだす。その姿を捉えた管理者は、すぐに名ばかりの戦闘態勢に入る。


少しずつ距離を詰める人類を、管理者はつまらなそうに見つめて、魔法陣を経由せずに右手で魔法を放つ。


見た目は普通の炎の球体だが、密度が違う。その球体は地面をえぐり、木は燃えるまでもなくその場で硬い炭になっていた。若干ではあるが吸い込まれる感覚もあり、重力圧縮も含まれていると予想できた。


たかが人類1匹にずいぶん大げさな高火力だと思わず笑いそうになる。


通常であれば避けられず、人型の硬い炭になり、それで終わる。


ーー簡単な掃除。


管理者側からは、確実にそう見えるだろう。知能こそ持つが個の力が弱すぎて警戒にすら値しない最弱の種族、それが他種族から見た人類の立場なのだ。


全く理不尽な壁である。呆れるほどに高い壁。だが、幸いなことに無限の壁ではない。


(やっぱりこう出るよな)



律は表情を殺し、真正面まで迫った炎の形をした死を切った。



禍々しい炎の球体が中央から真っ二つに分かれ、端から霧散していく。


管理者はそのあり得ない状況を見て目を見開き、その表情を見て律は薄く笑う。


確かに今の魔法は切ることはおろか、そらすことすら出来ないはずだ。少なくとも人類には本来不可能だろう。しかし玖重 律という人類は可能なのだ。


管理者はどうせ一撃で終わるものとして、魔法を撃った後は人類になど見向きもしない。今回の管理者はこちらを見はしていたが、それも確認程度でつまらなそうな表情を隠していなかった。本来であればそれで十分だろう。


人類なんて単体でいても大して脅威になるものではない。それは律も同感だ。しかしそれを理由に戦闘態勢をわずかでも解くことは慢心であり、致命的な隙なのだ。


律はその隙を見逃さない。気配を完全に消しつつ、まだ霧散していない炎で作られた死角にすぐに入り位置を悟らせないように立ち回る。そして用心深く、確実に管理者の首に向かって一太刀。


管理者は、何が起こったか確認する時間も、心理的余裕すら与えられずに崩れ、勝者は刃をしまうことになった。



□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇



律は管理者が倒れている場所を見つめ、一息ついていた。


少し寒い風と焼け焦げた匂いが漂う草原、休憩をするには多少居心地の悪い場所ではあったが、まぁ贅沢は言えない。そんなことよりも重要なことがあるのだから。


「また会ったな」

「えぇ、そうですね」


口を開くと先ほどまで何も居なかった律の真横に、少女の姿をした何かが、いつの間にか立っていた。


来る途中の違和感で分かってはいたが、急に現れるのはやめていただきたい。こちらから見れば気配もなく、警戒の輪を搔い潜ってくるだけで相当心臓に悪い。今から貴方を殺しますよと無言で言われているようなものだ。


息を吐きつつ、「もう少し自然に現れてくれ」と口に出そうとはしたが......。おそらく言っても無駄だろう。周りの空気も、やけに静かで何故か諦めろと空間がささやいているような気がした。


「それよりも、やはり魔法切れたのですね」

「見られてたか」

「えぇ、確認ですけどね」


少女は髪に手を当てて目を閉じる。その姿はとても美しく神秘的なのだが、律はその姿を見ることはなく内から漏れ出る恐怖心と戦っていた。先ほど彼女が言った確認という言葉が恐ろしくてたまらなかったのだ。


見られていたことは数歩譲って仕方ない、管理者を討伐しなければならないのだから。しかし奥の手が事前にバレていたとなると話は別である。


「お前、何者なんだ?」

「私?」

「そう、お前」


魔法を切れることを一目で見抜くほどの観察眼を持っている人物だ、何者かを聞くのは当然だと思うのだが、少女は自分のことを聞かれるとは思っていなかったらしい。


あるいは、聞かれること自体が今までなかったのか、少女は口元を隠すように手を当て空を見上げる。


「そんな些細なこと、どうでもいいと思うのですよ?ここに居ると言うだけで、いいと思いません?」


......この回答は答える気がないのだろう。しかし今回はそうもいかない。奥の手を一瞥しただけでわかる存在など脅威そのものだ、ルージュも情報を欲しがっていたようだし多少は押さざるを得ないだろう。


律は少女の瞳を見て真剣に言うことにした。


「いや、正体不明の怪物という呼び方しかできなくなるので、教えてもらいたいのだが」

「失礼なこと言う人ですね......」


......確かに、失礼だったかもしれない。見た目は少女であり、そういったことも気にするかもしれない。言葉選びを間違えたのは認めよう。しかし口に出した言葉を取り消すことは出来ない。あながち間違ってはいないのだから。


「すまない。だけど、事実なのでしょうがない。」

「はぁ......ですが、もう多分会うことはないですよ?」

「そう...だな......。」


それを言われてしまうと強く押すことが出来ない。人類と他種族と言うだけでも、寿命は千年単位で違う。彼女の体感で数日だとしても律からしたら数年、数百年後ということもあり得るのだ。


律は空を見上げ、少女の言葉を飲み込む。


「ですので私が何者かを知ったところで、正直無駄だと思うのですよ?」

「否定はしない。だが知りたくなるのが人類のさがなのでな。」

「そうですか......。」


少女は指を目の近くに寄せる動作を見せつつ「まぁ、人類ですしね......。」と、小さくこぼすように言い、話を断ち切る。その様子を見て律は小さなため息をつきつつ目を閉じる。


分かってはいたがかなりガードが堅い。それ相応の理由があるのだろうか、それとも知られたくない理由があるのだろうか。単純にめんどくさいのか......。彼女相手だとどれもありそうで、なんとも言えない。


なんだかなと愚痴を吐き捨て改めて少女の方に向きなおすと、そこに彼女はいなかった。周囲を見回すと少女は管理者が倒れていた場所に移動しており、静かに地面を見下ろしていた。


「......せっかくのいい景色が、台無しですね」


独り言のように落とされるその声に、律はただ息を飲み様子を伺う。彼女の一挙手一投足が致命傷になりえる以上、視線を逸らすことができないのだ。しかし彼女は、そんなことは知らないというように、おもむろに手を出し、指を鳴らす。


パチンッという音がその場に響く、おそらく魔法を使ったのだろう。音が聞こえたと思えば突然無音になり、流れていた風すらいつの間にか止まっていたのだから。何が起きるのか全く想像ができない律をよそに、少女は何故かその場で浮き始める。


いつの間にか手に持っていたその辺に落ちてたであろう木の棒を、地面に投げ込んだと思えば戦闘で焼けた範囲すべて。木々や草葉、えぐれていた地面に土煙に至るまで、すべてがすさまじい速度で巻き戻り、戦闘前の落ち着いた景色に還っていった。


律はその原理を越えた超常的な光景に、思わず息を飲みこむ。


「......そんなこともできるのか」

「えぇ。景色の良い場所は、そうそうありませんから。元に戻した方がいいでしょう?」

「そう......だな。」


少女にとっては、いつもの事なのだろう。顔色一つ変えずにその場に座りなおすのだから。


だが、彼女が今使った力は、おそらく時間への干渉。加速させるだけでも知っている限り、使える者はごく一部、それほど高度な魔法なのだ。そうやすやすと行使できるだけで十分に異常と言えるだろう。


「では、やることも終わったので、私はこれで。」

「お...おう、またな。」


思いもしないことであっけにとられたが、居た理由はなんとなくではなく景観の維持だったのだろうか。それともそれとは別の意味があるのか。彼女は表情を変えないためまったく予想はできないが、どちらにせよ恐ろしいものだ。


律は帰る少女の後姿を引きつった笑顔で見送るが、突如、何もない空間に溶けて消える。


......訳が分からない。


かつてこれほどまでに行動全てが圧倒的な壁を表しているような、絶望感を体験したことはない。開いた口が塞がらないとはこの事だろう。もはや彼女が敵ではなくてよかったと全人類思うべき案件だと感じてしまう。


律は重い頭を持ち上げ空を見る。果てしない満天の星空は今の気持ちをそのまま表しているようで、何故か少し安心してしまう。今まではこのように落ち込むことは無かったのだが、上には上がいるということを目の前で見せつけられてはかなわない。休息は必要だろう。


「なんというか、もう......。どうなってるんだか」


全てを飲み込むにはいささか情報が過多すぎる。そう思い頭を冷やすため、律はしばらくその場に残ることにした。



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