叙勲式
「おい、聞いてないぞ」
「......俺だってここまでとは聞いてなかったから許してくれ」
律とルージュは皇帝の謁見室につながる道に待機させられていた。
日が昇っているうちに報告書を提出して、もろもろの手続きは明日なのだろう。そう律は高をくくっていたのだが、日が沈もうとしている時、皇帝直属部隊が小隊長室に数名現れ、呼ばれてしまった。
皇帝直属の部隊が律の部屋を訪れるときは大きく分けて二パターンだ。
1つ、管理者の出現。こっちはなにも問題はない、命令書を受け取り管理者の元に赴くだけなのだから。そして今回は二つ目のパターンだ。
「なんで報告書を出した当日に、叙勲式が出来るんだよ。仕事早すぎだろあいつら」
「あいつらなんて言うな......大臣達に聞こえていたら後が怖いぞ」
「いやそれはそうだが、これをやるということは......」
「あぁ、夜は晩餐会だな。主催は皇帝、そして主賓は残念ながらお前だ。立場上欠席はどう足掻いても許されないだろうな」
大きくため息をつき、律は天井を見上げる。
「なんてこった......。こりゃ今日はほぼ眠れないじゃないか」
「そうだな......。そしてそれはどうやら俺も同じらしい」
「そうなのか?」
かなり意外だ。情報部で昇進するやつは珍しい。それにルージュはすでに少佐だ。情報部の中では上から数えた方が早いだろう。
「一度中佐に昇進してから翌日の辞令で大佐に昇進だそうだ......。これで事実上、情報部の三分の一を部下に持つことになってしまう」
「よかったじゃないか。苦しめ」
「なんかやけにあたり強くないですかね律さん?」
「俺だけ苦しむのは腑に落ちんが、お前もこっちに来るなら大歓迎だからな」
にやつきながらルージュに返すと、彼は半目でこちらを見ながらため息を着く。
「そろそろお時間です。こちらへどうぞ」
「了解」
「あいよ」
一つ目の門に通され二つ目の門の前に立たされる。
「にしてもここはいつ見ても緊張するな」
「そうだな......。ここは会議室よりもいろいろ凝ってるからな」
丁寧な彫刻が施された柱に壁には絵画、剥製など様々なものが置かれている。
「一年ぶりか」
「お前はそうだな、俺は初めてだけどな」
ルージュはかなり緊張しているのか手が震えている。どうやらお偉いさんの前にはあまり出たくないらしい。
「お二人とも準備はよろしいですか?」
「問題ない」
「だ、大丈夫です」
「これが震えているぞ」
「うるさい」
「まぁまぁルージュ様リラックスなさってください。大丈夫です」
燕尾服を来た紳士にリラックスを促され、ルージュは深呼吸をする。
「落ち着かれましたな」
「おかげさまで、もう大丈夫そうです」
「では、合図をかけますね」
紳士は右手で合図を送る。直後謁見式が扉の向こうで始まる。
皇帝が玉座についたのか宰相の声がこちらまで響いてくる。
こちらはただ静かに、扉が開かれるその時を待つ。
「玖重 律。ルージュ・ベトーニ殿」
扉が開く。
「行ってらっしゃいませ」
「あぁ」
「は、はい」
律は軽快に、ルージュは多少ぎこちなく中央のレッドカーペットがしかれた道を通る。吹き抜けの天井に壁には凝った彫刻がなされた大部屋。左には軍の高級武官が並び、右側には帝都の伯爵以上の貴族たちが勢ぞろいしている。これだけの人数となると圧巻の光景だ。
カーペットは皇帝の玉座がある二階部分のところまで続いておりそこまで二人は上る。
玉座に座る皇帝は、白と黄金の服を着ており、白髪でとても凛々しい顔立ちだ。律とルージュは皇帝の足元でこうべを垂れて言葉を待つ。
「玖重 律。啓示派、司教を捕らえた功にてクエイシア帝国皇帝、クエイシア・フレーゲルの名のもと少将に任じる。つつがなく勤めてくれ」
「はっ」
「ルージュ・ベトーニ。同じく啓示派、司教を捕らえた功にて中佐。情報部第三室長に任ず。これからも帝国のために励んでくれ」
「はっ」
皇帝が律に少将の証たる笏を手渡し、律は笏を右手に収めた。
「ではついで、玖重 律を伯爵に叙する」
(......いや、ちょっと待て、それは聞いてない)
律は思わず大声で辞退を願い出ようとした。しかしすでに謁見の場、辞退などすでに出来ず、逃げ道も無い。横目でちらりとルージュにヘルプと送ったが彼は口を開け放心している。役には立ってくれないだろう。
(くそっ、はめられた......)
全てが皇帝の意向なのはわかる。しかし全てがやけに早すぎる。最初から仕組まれていたに違いない。
律は皇帝から強引に手渡された伯爵の証たる、短剣をしぶしぶ胸ポケットに収める。その様子を皇帝は満足そうに見て、玉座まで後退する。
「以上だ」
皇帝の声は無情にも鳴り響き、貴族や高級武官は退席し、二人の他には治安維持局の数名だけのガラっとした空間になる。その間今度は律が放心状態となっていた。
(以上だ???)
いつもは物申す機会が必ずあったはずだが、何故今回に限ってないのか。全てがイレギュラーのように感じてならない。
顔を上げ、かろうじてまだ部屋にいる皇帝の様子を伺うと今にも笑い出しそうな。笑いを必死に我慢して隠している表情に見える。
「なぁ......ルージュ、我が友よ」
「あ、あぁ。なんだ」
律の呼びかけにより辛うじて、現実世界に帰ってきたルージュは顔を引きつらせながら視線を律に落とす。しかし律の今の表情は、煩悩など一切ない。お手本のような笑みを浮かべていた。
「俺はもうダメかもしれない」
何と晴れやかな気分だろうか。怒りが一周回ってとても冷静に皇帝を狙える。今ならあの馬鹿を倒せるだろう。
「まて、早まるな。頼むから待ってくれ。今はまずい、とてもまずい」
「あぁ、分かってる。安心しろ」
「あ、あぁよかった」
「メインディッシュは夕飯時にだよな?」
「いや、そう言ってるんじゃない。落ち着け」
「俺は非常に落ち着いている。現時点では人類の中で一番な」
「いいや、お前はもう少し落ち着け頼むから」
ルージュの必死の呼び止め、ここまで焦る彼を見るのは久しぶりだ。しかし決めたことはやらなければならない。だが彼の言い分も聞かねばならないだろう、彼の呼び止めで何回かは危険な状況を回避できたのだから。
「分かった。晩餐会では皇帝襲撃はやめよう」
「晩餐会では?」
「あぁ、料理が勿体なからな。その代わり後日、あの馬鹿を呼び出して模擬戦は後でやるとしよう」
皇帝と評議会が決めた、英雄からの模擬戦のお誘いだ。皇帝とて無下にはしないだろう。完璧なプランだなと律は自画自賛し、笑いながら帰り道に向き直る。
「さてまずは仕事を終わらせるか」
「俺はお前が少し心配だよ......」




