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数億年後の君へ  作者: 櫛名
第一章
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その重みを胸に


「律、お前、白髪が好きだったのか?」

「え?」

「いや、さっきから白髪の子ばっかり見ているから、てっきり...」

「あぁ、いや、そういうわけでは......」


薄く霧がかかる首都。城へと続く石畳の道を何気なく歩いていたが、どうやら昨夜のことが頭に残っていたらしい。律は言われて初めて気がついたが、想像以上に目線を向けていたのであろう。


そのことを、隣で歩いている戦友でもあり、古くからの悪友でもあるルージュ・ベトーニに、半ば冗談めかして指摘される。


「別に髪色で好みはないが......」

「ほーん?嘘だな。髪色の好みくらいはあるだろ?」

「......否定はしないとだけ言っておこう」


いきなり話しかけられたと思えばこれである。まぁいつものことではあるが何故だろう、いつにも増してからかい度合いが強い気がする。このノリが続くとなると、今日はある程度の距離を取っておいた方がいいかもしれない。身が持たないし、あらぬ誤解が生まれる気がしなくもない。


彼とはいつまでも笑い合える仲でいたいのだ。少しのすれ違いで今の関係が崩れることはないだろうが、それでもないことに越したことはない。喧嘩別れなどまっぴらごめんである。


律は髪越しにルージュを一瞥する。すると彼は少し笑いつつも視線に気づいたようでゆっくりと口を開く。


「悪い悪い、からかったことには謝ろう。......しかしお前の視線がいつもと少し違うのが気になってな、何かあったのか?」


ルージュは、先ほどの明るい雰囲気とは一変して心配そうな顔と共に見つめてくる。


おそらく律が密かに思っていた、少しの不満を直感的に感じ取ったのだろう。相も変わらず、こういうところは妙に鋭い。普通ここまでわかるものなのだろうか、一種の特殊能力と言われた方が納得できる。


「まぁ、そんな大したことじゃない、二日前に軽く死にかけただけだ。気にするな」

「お前、それ本気で言ってるのか?」


「そんなまさか」と言いたげな驚愕の表情を送ってくるが、律は肩をすくめながら事実だという意味を込めてため息をつく。


あの時、彼女の姿に違和感を覚えたことによるわずかな隙で悟られたのだろうが、それでもあの距離から気づかれるのは誤算だった。


それに背後を取られた時、少女の動きが何一つ見えなかった。そのうえ事情を聞き出すほどの余裕、その気があれば、いつでも首を跳ねるくらいは可能だっただろう。死にかけたといっても過言ではない。


「まじか、お前が休暇中にそんな状況になるとは夢にも思ってなかった」

「ま、生きてるんだから儲けものさ、それに今回は相手が悪かった。まさか気づかれるとは思ってなかったからな」

「災難だったな、それにお前の気配に気づくとなると、管理者との遭遇か......。しばらく現れていないと思っていたが、わざわざお前の休暇中にとは......」

「いや、おそらく管理者ではない」

「そうなのか?話を聞いている限り信じがたいんだが」

「まぁ、そう思う気持ちはわかるが、右腕に番号がなかった。つまり」

「管理者ではないってことか......」

「そういうことだ」


少女の行動から恐らく上位の神霊種だろうと見積もってはいるのだが、何故か腑に落ちない。気配の静けさが原因なのだろうか。それとも彼女がやっていた空間への干渉力が原因なのだろうか......。


「管理者ではないことは分かった。しかし律さんよ、一つおかしくないか?管理者以外は互いに殺傷行為を禁止しているよな......」

「あぁ、そうだな。だがすまん、正直それ以上は何もわからない......。上位の神霊種なのではとしか......」

「......なるほど」


恐らくこの回答では納得してくれないだろう。何かを隠しているのではと、勘ぐられるのも無理はない。その疑いは甘んじて受け入れよう。しかし分からないものは分からないのだ、特に彼女のやっていたことは人類では到底理解できない所業そのものなのだから。


顎に手を置きながらルージュの様子を伺うと、ルージュは何かを考えるように空を見上げており、うっすらとした笑いと視線を髪越しに向けてくる。


「もしかして、律お前。啓示派と間違われたか?」

「おいおい、俺があの狂信者達に見えるってのか?」


なかなかにエッジの効いた言葉だ。もし俺が、あの存在もしない神々を信仰する奴らに見えるというなら、帝国臣民全員が啓示派に見えるということだろう。それほどまでに律は宗教という物を信用しておらず、すがってもいないのだ。


しかし、逆に啓示派と間違われたと考えれば少女のあの対応も合点がいく、多少過剰防衛ではあるかもしれないが、あの宗教家どもへの警告としてはあれくらいがちょうどいいと思える。全てを問題なく説明するには十分納得できるシナリオともいえるだろう。


律は「ありえるかもしれない」と視線を下に向け口元に手を当てる。その様子を見たルージュは、呆れたような感心したような視線を律に投げてくる。


「いや否定しろよ、情報部の最近流行っている冗談だよ」

「......かなりキツイ冗談がはやってるな。お前のいる部署は」


割と人によっては怒りそうな冗談ではあるが、情報部ではまれにそれをここで言うか?とつっこみたくなる怪文書や皮肉が飛び交うと有名だ。今回もその悪乗りがそのまま部内の流行になったのだろう。


律は呆れた視線を落とすが、そんなことは知らんというようにルージュはにやにやとした笑みを向けてくる。


「しっかしお前が勝てないというなら、人類で誰が勝てるんだよ......」

「さぁな?皇帝ならいい線いくんじゃないか?」

「そうかもしれんが、それ本心で言ってるのか?」


ルージュの疑う視線が律を刺す。


どうやら嘘をついても無駄らしい。知っている中で一番強い人物の名前を挙げてみたが、それでも騙せない。長い付き合いというのも考え物である。


「いいや、冗談だ...。おそらく人類の力を全部集結させたとしても、勝てないだろうな」


そう言い、手を前に軽く上げ「完全に手に負えない案件だ」と付け足す。


「そこまで強い奴って、神霊種以外居ないと思うのだが......。断定はできないと?」

「あぁ、俺が知ってる神霊種とは、かけ離れていたからな」

「少し警戒した方がいいか?」

「無駄だ。気づいたら背後取られてるくらいだぞ?」

「それは確かに、警戒するだけ無駄だな」


ルージュは苦笑し、諦めるようなそぶりを見せる。しかし情報収集はするようで何かあったら教えてくれと、笑みを浮かべ視線で催促してくる。


どうやら、そこまでの存在は立場上無視はできないらしい。しかし彼女を追跡するとなると、それは死んで来てくれと言っているにも等しい。無茶そのものと言ってもいいだろう。


そのためルージュの視線を律は、無茶を言わないでくれという意味を込め意図的にそらし、一人その場で息を吐いてお茶を濁すことにした。



□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇



外気がやわらかくなりはじめた頃、律は小隊長室にいた。


無駄に広い空間に、重厚な机と洋服掛けに本棚。どこからどう見ても将官クラスが使う部屋なのだが、律は当時中佐という異例の地位でこの部屋が割り当てられており、大佐となった今でもなかなか慣れるものではなかった。


どうせこの部屋の割り当ても、皇帝の悪ふざけで周囲の高級武官も止められなかったのだろう。だが、周囲からの反感をいい加減、考慮してもらいたいものではある。ヘイトを買うのはこちらなのだから。


まぁ、そんな話は一旦置いとくとして無駄に立派な部屋で一人積もった書類を処理していたのだが、少し間が差し、ペンスタンドにペンを戻して窓の外を見ていた。



首都での日々は、朝は事務作業をし、まだ明るいうちに自身の部下を鍛え、教え、日が沈むころに家に帰り、趣味である料理をし、寝る。


基本的には、趣味である料理以外、内容こそ違えど、やっていることは単純作業の連続。退屈な日々だ。


当然、管理者と戦争中なのは忘れていないのだが、帝国上層部の頭を悩ませている、いつ来るかも分からない敵に、特に感じることはない。むしろ「来るなら早く来てくれ......」と愚痴をこぼすくらいである。


もちろんその言葉を一般の兵士が言ったならば騒ぎになり、何かしらの処罰対象にすらなりうるだろう。残念なことに、威勢のいいことを言っているなではすまされない。それほどの脅威なのだ。


しかし、律は幾度も管理者を討伐しており、不名誉にも帝国の英雄としての地位を確立してしまっている。そのため、そのような言動をしても処罰されるどころか騒ぎになることもない。万が一広がっても帝国の英雄が頼りになることを言っているぞ、と都合のいいように解釈され歓迎される落ちなのだ。なんとも皮肉な話である。


勘違いしてもらいたくはないのだが、律自身は戦いに楽しさを見出す性格ではなく、どちらかと言えば嫌いであり平和を愛する者である。本来なら軍人になどなっていないか、なったとしてもすでにやめて、別の道で生きていたのだろう。


では何故軍人になり、やめていないかというと、やはりその管理者という存在が大きい。


この星の共通の敵であり、インベーダーである管理者。見た目は齢16歳くらいの少女が多い化け物達だ。過去に一度、都市の一部を蒸発させたという記録がある。


そんな敵に対抗するために人類や神霊種、精霊種の間には軍事同盟がある。詳しくは文官の領域のため分からないが、それぞれが得意な分野で最大限援護するという内容らしい。なんともざっくりした内容だが、なんとなくわかるため、ひとまず置いておいていいだろう。


しかし、彼らも多忙の身である。当然ながら持ち場もあるわけで、実際にはそうひょいひょいと呼べる訳でもない。そのため人類単体でも戦力は必要。


従って過去に複数回、管理者を討伐している律は、帝国の貴重戦力としてがっつりホールドされており、個人の意思では軍人をやめることができないというわけだ。


なんとも世知辛いものである。ただまぁ、それなりの報酬をもらっているため文句はない。むしろ貰いすぎではと思うことも多々あるので待遇面はしっかりしていると言えよう。だが正直それだけではある。


「そろそろ5カ月。いい加減来てもおかしくはないよな......」


律は空を見て、言葉をこぼす。


普段この時間帯は修練場に行き、部下たちを鍛えているのだが......。今日は何故か気が乗らない。普段は黙々と終わらせる目の前の書類ですら、何故か手を付ける気になれなかった。


こういったことはかなり珍しく、律自身も今日はどうしたのだろうかと自問自答していた、そんな時。部屋に三回、トントントンと扉を叩く音が広がる。


こんな時になんだ?と思いながらもドアに向け「どうぞ」と短く返すと、やけに重々しい空気を纏い、危機感に駆られている表情をした皇帝直属の兵士二人が、よろついた足取りで入ってくる。どうやらかなり急いでこちらに向かってきたようだ。


彼らの手に視線を向けると帝国の紋章で蝋の封印がされている赤い封書があり、見た目だけで何かしらの緊急事態と察しが付く。


しかし律はそれを受け取るのは初めてではない。


「これを」

「......来たか」


兵士の表情といつもと変わらない封書に、もはや中身を確認するまでもないのだが、一応確認のため封をやぶると、まぁ予想通り律に管理者討伐を命令する皇帝の直筆サインが入った命令書が出てくる。


やはりこれだよな、それにしても考えていたら本当に来るのか......。厄介なことだ。


「いつも通り一人で行くが、問題ないな?」

「どうか、お願いいたします」

「分かった。下がっていいぞ」


律の言葉に兵士二人が従い、重い足取りで部屋を退出する。途中転びそうになっていたので思わず手を貸した方がよいのではとも思ったが、どうやらその必要は無かったようだ。


バタンと扉が閉まるのを確認してから律は遠い昔を見るような穏やかな目で、机の上に視線を落とす。


「はぁ......。なんで今日に限って......」


このようなことが起きる日は書類の数が少ない時がいいのだ。でなければ過労で死んでしまう。


律は机に突っ伏し、つかの間の平和を味わおうとした。とはいえ今度は普段ならすでに片付け終わっているはずの、こんもりとした書類達が、こちらを見つめてきているような気がして、むずかゆさですぐに立ち上がる。


(......とりあえず、この書類たちは明日にまわすか)


明日の自分に任せた、と心の中で押しつけ、机の上を一旦どかし、管理者との戦闘の準備をする。


本当は書類を片付けてから出撃したいところだが、管理者の討伐は何よりも優先度が高い......。それはたとえ皇帝に命の危機があろうともだ。


律は体のダルさをぐっと抑え、数分後には準備を終える。


机に背を向けドアの前で振り返り、ふと物置を見るがあまりにも殺風景な棚の姿に思わず笑いがこみあげてしまう。


(我ながら、相変わらずだな。)


机の上以外、支給されたものしか入っておらず飾り気のない部屋。何か別のものを持ってきた方が少しは見栄えがましになるのだろうが、今更だろう。この立派な部屋に合うものは自分の家にさえありはしないのだから。


「んじゃ、行ってきます」


冷たいすすの匂いがする机の上。唯一飾られた写真立てに向け、やわらかく一言言い残し、背を向けて歩き出した。



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