どうやら彼女との約束は怖い物の様です
暖炉の前、身体の大きさに合わないでかい椅子に座り、足をうかせながら本を読んでいるセリフィアを横目に、律は夕飯をリビングに運びつつ、様子を伺う。
しかし彼女が座ると言い出したことではあるのだが、セリフィアの座る姿は思わず育ちの良い小さい子を見ているかのような目になってしまい、何とも言えない気分になる。
そんな律のなごやかな視線に気づいたのか、本は閉じずに視線だけこちらに向けてくる。
「貴方、何か今変なこと考えませんでした?」
「何のことだか、さっぱりわからないな」
気づかれないように見ているつもりだったが、やはり視線には気づいたいたらしい。
(一応諜報員ですらだませるはずなんだけどな......)
なんとも厄介な相手である。しかし今の実力ではどうあがいてもセリフィアにバレてしまうのだろう。何とも悲しくなるなと、律は思うがそんなことはどうでもいいらしく、セリフィアはすぐに再度本に瞳を落とす。
「バレないと思ったら大間違いですよ」
「はい......すいません」
しかしいつかはバレるとは分かっていても、彼女の今の姿はそれほど貴重なものに見えてつい視線をやってしまうのだ。とても良い目の保養になる。
そのうちセリフィアにもバレないように視線を向ける訓練をしようかと、うっすらと考えながら手を動かせば律は夕飯を並べ終わる。
「できたぞセリフィア」
「はい」
セリフィアは律の言葉に反応し、本を閉じてから暖炉前の椅子の姿勢のまま浮き、いつも使っている椅子を魔法で引いて座るという。魔法を使えない律からすれば最初から歩けばいいのでは?と思ってしまう行動に、今度は思わず呆れた目線を送る。
「何か言いたそうですね」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
浮いた方が楽なか、それとも普通にしていた方が楽なのか。彼女の行動を見ていると分からなくなってくる。
「ひとまず食べようか」
「そうですね。ところでこれは何ですか?」
「これはグラタンと言ってスプーンで食べるものだ。パンと合わせるとおいしいぞ」
「なるほど......」
スプーンを片手にグラタンを凝視するセリフィア。しかしその視線は不安を帯びているような、警戒しているような。
「もしかして、熱いの苦手だったか?」
「あ、いえそういう訳ではないのですが。やけどしたら嫌だなぁと」
「え、やけどするのかお前が......」
いや、ありえない。水素爆発ですら傷一つつかないだろお前はと、律は思考を振り切りセリフィアを見つめる。
その視線が不満だったのか、セリフィアは少し冷めた目を返してくる。
「貴方、私を何だと思っているのです?普通にやけどくらいしますよ」
そう言いながらセリフィアはスプーンでグラタンをすくい口に入れる。
しかし今までのセリフィアの行動を見た後だと、にわかには信じがたい事である。しかし彼女は冗談を言ったことは無いだろう。
「ん、これやっぱり相当熱いですね。でもおいしいです」
「あぁ、それは良かった。パンはおかわりあるぞ」
「そうですか。ではお先に一枚貰いますね」
どうやらグラタンとパンのコンボが気に入ったらしい。何ともはやいおかわりだろうか、と少しの苦笑と共に皿にバケットを一枚乗せてセリフィアに「どうぞ」と渡せば、彼女の優しい笑顔が一瞬漏れる。
(相変わらず......ゆるゆるだよな)
故意で笑顔をしているのか、それとも無意識なのか、まぁどちらにせよその笑顔は大変心臓に悪いのでできればやめていただきたいものである。
「さて食べ始めるか」
律もグラタンを一口、口に運び味を確かめる。
(うん。まぁまぁだな)
いつもと変わらない落ち着く味である。チーズをもう少し乗せた方が良かっただろうか。
「あ、そういえばケーキはちゃんと買ってきましたよね?」
「ん?あぁ、買ってきてあるぞ。しかしなぜ今それを?」
パンを片手に何故ケーキの話をするのかは謎だが、問題なく買ってきてはある。まさかこの後に食べる気なのだろうか。
「忘れていないかの確認と、あと何度以下で保存すればいいのかなと気になったので。」
「あぁそういう事か、確か10度以下だった気がするぞ」
「分かりました。ありがとうございます」
「いえいえ。ちなみに忘れてた場合は何かしたのか?」
「その場合は今すぐ買いに行かせるつもりでしたけど、なにか?」
屈託のない瞳でさらりと言うセリフィアに律は思わず顔が引きつる。
(セリフィアとの約束は、忘れてはいけないなこれは。)
忘れたり破ったりした場合何をされるか分からないが、今の発言から察するに力づくで守らせに来るだろう。律はひそかに彼女との約束は破ってはならないと心に刻んだ。




