書類は山となる
「入るぞー律」
休み明け二日目、律は仕事のピークを迎えていた。昨日はやることが多く、もはや記憶すらあまりないのだが、それは別として本日もやたら広い小隊長室で、山のような書類に囲まれていた。そんな多忙な律のもとに、ルージュが姿を現す。
「なんだ......。お前か」
「おうおう、すごい量の書類だな」
「誰のせいだと思ってやがる」
「それは、まぁ悪かった。多少は抑えたんだがな」
「この量で抑えたって......」
律は自室の山をもう一度見るが、抑えたという割には多すぎる書類。昨日の量も含め、なにを抑えたのか問いただしたいものだが、律はぐっと堪える。
「まぁいいじゃないか。今の情報部にある書類はこれの数十倍はあるぞ」
「それは...なかなか......」
この部屋にある書類は、律一人で時間をかければ捌けなくはない。しかし情報部には人数こそいるものの、目の前の書類とは密度が違う。その密度と物量を最終的には捌ききる情報部もすごいとは思うが、なぜか納得がいかない。その事を訴えるようにルージュを見る。
「そんなに嫌なら秘書官を付ければいいじゃないか。お前の権限で好きに指定できるだろう?」
「その場合、もれなくお前になるがいいのか?」
「いや、ごめんこうむるわ......。さすがに胃がもたない」
律の秘書官になれば、軍事のみならず政治的にも多少口を出せる立場になる。ルージュは、そういうギスギスをすでに情報部で嫌というほど分かっているのだろう。それゆえ辞退しているのだろうが......律は常に体験していて、友人が体験していないのは不平等というものだろう。やはり秘書官に任命してやろうかと、ルージュを生ぬるい目で見る。
「いや、やめてくれマジで」
「いいじゃないかルージュ君?情報部と兼任になるだろうが」
「それ仕事量で殺す気だろ、俺の最後は老衰死と決めているんだ、断固辞退するぞ」
ルージュは冗談でも譲るつもりはないようだ。なんと賢明な奴なのだろうかと、律は心の内で少しの文句を言いながら書類に目を落とした。一方ルージュは律のコーヒーを勝手に持ち出し、窓際の椅子に座る。
「そういえば、あの少女の事は何かわかったか?」
「ん?あぁ、名前は分かったぞ」
「結構、仕事が早いのは良いことだ。」
「お前は自分の仕事投げてここに居るだろうに......」
「何か言ったかね律君?」
「いいや、なんでも」
ルージュは律に半目を向け牽制してくる。こういう時のルージュは何故か強い。しかし彼も仕事で疲れているのだろう。この、筆ペンと暖炉の音しか聞こえない部屋に情報を集めるという名目で、少しの休息を取りに来ているだけかもしれない。
「それで名前はなんだったんだ?」
「セリフィア_アステート。俺は聞いたことがなかった。ルージュ、お前は?」
「聞いたことがない。俺が知らないってことは確実にリスト外だろうな」
「やはりそうか。あれだけの存在がリスト外......。」
予想はしていたが、圧倒的な情報量を処理し、時には未来予知にすら近いことをする、情報部の蜘蛛の巣を、完全に抜け出していることが確定した今。末恐ろしいでは済まない。
「お前の事だ、多少の能力は見たんだろ?」
「あぁ、けど何一つ分からなかった。数回見てもだ」
「そんなに強いのか。悪いな。分かってはいたが、だいぶ無茶な要求をした」
ルージュは律に向かって申し訳なさそうに頭を下げる。しかしその光景を律は望んでいない。
「頭を上げてくれ、お前の無茶な要求はいつものことだ」
「フォローしているのか、していないのか。それはどっちなんですか律さんよ?」
「半々だな。今更そんなことで頭を下げるなんて、水臭いぞ?」
「いいや、謝罪するべきところはしっかり謝罪する。それが一番だからな」
「律儀なことだ。でも確かに重要だな」
ルージュの言っていることは正しい。どれだけ仲のいい者同士でも義理と誠意は重要だ。もしなくなったら、その時点で離れていくものも多いのだろう。そう思いながら律は筆を一旦おき、机の上にあるコーヒーを一口飲む。
「さて、どうする?リストに登録しておくか?」
「いいや必要ないな。彼女の様子を見る限り、敵ではないが味方でもない。そんな感じだった」
「そうか、なら俺の個人的なリストに記載しておく」
「相変わらず、抜け目ないな」
「そりゃそうだろ?お前を死なせたら俺まで何か言われるわ」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。律のもとに訪れる情報部の者はルージュだけだ。律には言わないだけで、おそらく何かしらの担当になっているのだろう。そう思いルージュの目を見ると、薄目で返された。
「察しが良すぎるのは問題だぞ?律」
「まだ、何も言ってないが?」
「まぁいい、どうせ気づいてるんだろ」
ルージュはいつもとは違う顔を律に見せる。その顔はルージュと初めて会ったあの日の表情に近い、しかし詰めが甘く目が座っていなかった。
「もう少し演技を学んでみたらどうだ?目が座っていないぞ、ルージュ」
「ありゃばれたか......。長い間共に居るのも問題だな」
「まぁ立場なんて些細な問題。俺たちの間にはどうでもいいだろ?」
「それもそうだな。律、お前も言うようになったじゃないか。」
「ま、お前からいろいろと学んだってのはあるだろうな。」
「うれしいこと言ってくれるじゃないか。」
にやつきながらルージュは席を立ち、ドアの前に移動した。おそらく情報部に帰るのだろう。
「んじゃ、俺は部下の手伝いにでも行ってくるわ。いつもこき使ってる分、こういう時には手助けしなきゃいかんしな」
「分かった、行ってこい。そして労ってやれ」
律は右手を上げルージュに、さっさと行ってこいと指を回す。
「あぁ、分かってるさ。......あ、言い忘れていたが昼飯食べ終わったら第一会議室に来いって、防衛大臣が言ってたぞ」
「それ、一番重要な事じゃないのか?」
なぜ最初に言わなかったのか、そう思いドアに視線を送ったが、ルージュの姿はすでになかった。
「逃げ足早いな......」
いつも一言何かあってから立ち去るのに、今回は逃げるように去って行った。その事実に僅かな違和感を覚える。ドアの方をおもむろに見れば、二つに折られた紙が落ちていた。
(ルージュのメッセージか)
席を立ち、紙を拾い確認すると、内容はとてもシンプルに「一応大臣を警戒しろ」と書いてあった。
何かあったのだろうか。しかしルージュが警告するくらいだ、面倒事は確定だろう。
「ゆっくり休みたいものだな......」
律は席に戻り、机の上にあったコーヒーを一口口に含んで、窓の外を見つめた。




