夕ご飯は熱いうちに
「できたぞ」
日は暮れ始め、窓から見える外は雪が再び降り、街を白く染め始めている夕飯時。暖炉の心地よい音と鍋の音が混ざり合う、温かな部屋の隅で本を読みながら、空中に寝転ぶように浮いている少女、セリフィアに律は声をかける。
「思ったよりも早かったですね」
セリフィアは律を一瞬見て本を閉じ、空中から静かに降りてくる。
「そこの......椅子使うか?」
「なぜ疑問形なのです?」
「いや、さっき浮いてたから」
「使いますよ......。ここですよね?」
セリフィアは椅子に手を添えながら律を見る。律は短く「あぁ」と言い台所からリビングに向かった。そういえば、紅茶を飲んでいた時は椅子に座っていたなと心の中でつぶやき、律はできたての料理を机の上に並べる。
ビーフシチュー、ガーリックシュリンプ、焼きたてのパン。そして、それを眺めるセリフィア。
「ちゃんと料理できるのですね。はったりかと思っていました」
「俺をなんだと思っているんだ」
「いえ。ここまでしっかりしたものが出てくるとは思ってなくて」
セリフィアの言葉を聞いた律は彼女を半目で見るが、律も自分の料理に視線を落とすとセリフィアの言い分も的外れとまでは言えないことに気づく。見た目もこだわっているとはいえ、家で見るには綺麗すぎる。もしかしたらそこら辺の料理屋より幾分かしっかりしているかもしれない。
「どうせなら見た目も綺麗な方がいいだろう?」
と、ごまかすようにセリフィアに問いかけるが、どうやら賛同は得られなかったらしい。むしろ半ばあきれるような目を向けられてしまい、その視線で自分の家のはずなのに、なぜだか居心地が悪く感じてしまう。
「とりあえず食べてくれ。熱いうちに食べた方が美味しいからな」
「では、遠慮なく」
律の言葉にセリフィアはビーフシチューを一口、口に入れ、目を見開いた。
「美味しい」
「それはよかった」
律も一口ビーフシチューを口に入れる。おいしい。いつもよりも数割増して、そう思える。目の前においしそうに食べる人物が居るからだろうか。
「本当に、よく作りますね」
「休みで気合が入っていたことは認めよう」
そう、少し冗談めかして返す。実際休みで浮かれていたのは事実なのだから。
「普段はここまで凝ったものは作らないのですか?」
「まぁここまではなかなかないな。一応仕事あがりで疲れてはいるし」
「そうですか」
セリフィアは行儀よく、おいしそうに食事を進めている。律はその微笑ましい様子を見て、崩してはいけないと思い話しかけることをやめた。
話しながら食べるのもいいが、近くに居るときはいつでも話ができる。今の律には、急ぐ必要もなければ理由もないのだから。
ゆったりと、しかし確実に時は進む。しばらくすればセリフィアの皿は空になり、律も食事を終えていた。
「美味しかったです」
「お口に合ったようで何より」
律は笑顔で返す。あんなにもおいしそうに食べてくれる人は最近ではあまり見ないが、その笑顔は作り手に歓びをもたらしてくれるのだ。
「料理は趣味なのですか?」
「あぁ、そうだな。もっともこれ以外の趣味がないだけだが......」
「なるほど、でもここまでの腕なら、お店を開いてもいいのでは?」
その言葉に、律は動きが止まり内心後ずさる。セリフィアは何気なく言ったのだろう、しかしその言葉は律にとってあまりにも残酷で確信を突く一言。
(まさかルージュ以外にも言ってくる人物がいるとは......。)
律はそう思いつつも動揺を顔に出さないように、「あいにく、今のところその予定はない」と短く、作った笑顔で返す。
「そうですか。ではいつかやるかもしれないのですね」
「平和になるか、年とって退役したらやるか、可能性があるならばどちらかだな」
「その時が来ることがあればいいですね」
「そうだな」
律はセリフィアの言葉に本当にそのような時が来るのだろうかと思いながら、食器を持ちリビングから台所に向かった。
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食器を片付け終わり律は、台所から移動し暖炉近くの椅子に座ってセリフィアを見る。セリフィアは、食事前と同じ様子で本を読んでいた。その様子はどう見ても普通の少女だ。唯一浮いている点を除けば。
「なぁセリフィア」
「はい?」
「お前って何者なんだ?」
「それを知ってどうするのですか?」
セリフィアは本から目を離さない。どうやら真剣に聞いていると伝える必要があるようだ。
「敵なのか味方なのか、それだけ知りたい。もちろん敵ではないと思ってはいるが、確証がないのでな。一応軍人なので聞いている」
「そうですね」
セリフィアは一度本を閉じ、律に視線を移した。どうやら意図は伝わったらしい。そのままじっくりと見つめられ、すべてを見透かしたような視線を向けられる。
「少なくとも、君が想定している最悪ではありませんよ」
と、まるで子供を慰めるかのような、優しい口調でセリフィアは言った。その言葉に律は少し安堵する。
(つまり味方でもなければ、敵でもないということだろうか)
こちらが手を出さなければ、セリフィアも手を出すことはない。そんなところだろう。
「分かった、それを聞いて安心した」
「そうですか」
律の様子を察したのか、セリフィアは本を開き直し意識を落とす。もしかしたら先ほどの会話など、すでに覚えていないかもしれない。それほど早い切り替えに律は思わず微笑み、視線を天井に移した。
薪の燃える音がその場を奏でる。既に空は暗く、月の明かりが街を照らしていた。律は外の雪景色を見て休日の終わりをしみじみ感じ、心の内で嘆いていたところ、急にセリフィアが本をしまい床に降りてきた。
「では、私はそろそろお暇しますね」
「もう帰るのか?」
「えぇ。長居しすぎるのも問題ですからね」
「そうか」
少し寂しくなるなと思ってしまう。気軽に話しかけられる人がいるだけで、これだけ違うのかと、心の中で感想を漏らし、律はセリフィアを見る。
「またいつでも来てくれ。歓迎するよ」
その言葉にセリフィアは、少し考えるそぶりをし、何かを決めたように目を見つめてきた。
「そうですね。では5日後にお邪魔しますね」
「指定制なんだな。」
「......料理がおいしかったので。それと急にお邪魔しても失礼だと思いますので。......それ以外になにか理由が必要ですか?」
「いいや必要ないな。俺は会話できる人がいればそれでいいし」
「そういうことです」
律は少し笑い、セリフィアは少し穏やかな顔を見せる。
「では、私はこれで」
「あぁ、またな」
セリフィアはいつもとは違いその場で振り返り、空間に溶けて消えて行った。その場所から降ってくる1枚の紅葉の葉を残して。
「そんなこともできるんだな。何ができないか聞きたいくらいだ......」
そう、小言を言いながら律は暖炉を見る。静かに揺れる火を眺め、ふと食後のセリフィアの一言を思い出す。
(ルージュと同じ言葉、まさかあの少女が言ってくるとは思いもしなかった。しかし、そのあとのセリフィアの言葉、何か引っかかるものがある......。)
その時では違和感を全く感じなかったが、今になってみるとセリフィアの発言は所々、妙な含みがあった気がする。
「まぁ考えても仕方ない.....。とりあえず、料理もう少し気合入れるか」
昔、言われたことがあるが、不思議な縁には感謝しておかなければいけない。偶然だろうが出会ってしまえばそれは必然なのだろうから。律は一人そう思い暖炉の上の写真立てを見て、目をつぶった。




