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数億年後の君へ  作者: 櫛名
第一章
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雪が解けるには時間がかかる


律の目が開いたのは、日が出る少し前だった。空はまだ暗く、部屋も暖炉の淡い光しか残っておらず、街もまだ寝ているようだ。


「少し寝すぎたな......」


日頃の疲れもたまっていたのかは分からないが、昨日寝たのは日が沈んですぐ。風邪をひいていたにしても、いささか寝すぎと言わざるを得ない。


しかし、そのおかげかは分からないが、体調はすこぶる良く、体もかなり軽かった。睡眠はやはり素晴らしき回復方法だ。と独り言をつぶやいたところで、寒気が律を襲う。どうやら部屋が冷え切っているようだ。


こんなに冷えてるのではまた風邪をひきかねないと、部屋を暖めるために暖炉に薪をくべ、火をつける。火が落ち着いた様子で薪を燃やすのを見守ったところで、律は近くの椅子に座った。


「さて、今日は何をしようか......」


今日も非番であり、特にすることもない。家のことをやるにしても、午後からでしか洗濯物は乾かない。どうしたものかと部屋を見渡すと、自然と調理器具へ視線が吸い込まれる。


「どうせなら朝の市場でも行ってみるか」


こんなに早く起きてしまったのだ。どうせなら、一日中料理をしてもいいかもしれない。


そう思った律はさっそく身支度をし、まだ寒い外の様子を見て、時間になるまでコーヒーを飲み、時を待つことにした。


いつぶりだろうか。こんなに優雅な朝は。ぽつぽつと降る雪を窓越しに見ながら、暖炉の火の音に耳を傾け、コーヒーを飲む。


いつもは出来ないような時間の潰し方。永遠にこのままでもいいと感想を漏らし堪能していると、すぐに朝日が窓から律の部屋に差し込む。どうやらもう朝が来てしまったらしい。


「そろそろ行くか」


外の寒さを警戒して、いつもより厚手のコートを羽織り、暖炉の火を念のため消し、玄関に移動する。

扉を開けると、雪化粧をまとったレンガ造りの街が目に入る。吐いた息は白く、なかなかに寒い。


いつもの律であれば外の寒さに当てられた時には部屋に戻っていただろうが、今の律は外の寒さなどは一切気にならない。頭の中はすでに今日は何を作ろうかと献立の事しかないのだ。


足取りもいつもより軽く、買い物の前はいつも楽しみの一つではあったが、今回は比にならぬほど気分が良い。そこまで長い道のりではないのも足取りが軽い理由かもしれない。律は街の景色を見ながら何を作ろうかと考え、しばらく歩けばたどり着く。


律と同じく食材を買いに来た客の声、競り売りの声がして、とても活気がある。昔入ったことがある料理屋の店主も数多くいた。


自分の店。自分が軍人にならなければ、あの輪の中にいたのだろうかと、そのようなことを想像しつつも静かに胸の内にしまい、朝市の食材を探しに歩を進めた。



□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇□◇



町に降る雪がやみ、白銀の町が日の明かりに完全に照らされたころ。


朝の市場から帰ってきた律は、両手の荷物を台所に置いていた。少し買いすぎただろうか......と思ったが、3日程度で消費できるくらいではあるので、あまり気にしないことにした。


(さて今日は何を作ろうか...)


買ってきたものを確認する。


イモ類、葉物、肉類、そして魚と貝類。やはり買いすぎただろうか......。そう再度思ったが、気が乗っていたので仕方がない。心の中で言い訳をして自分をごまかす。


時刻は昼頃に差し掛かり、昼のご飯時となっていた。


(昼飯は味噌煮込みうどんでいいか)


昼は軽いくらいがちょうどいい。


窓から見える雪景色を堪能しながら、二人用の鍋に火をかける。一日では雪は溶けないなと外を眺め作っていれば、やがて味噌煮込みうどんができあがった。


口に入れると、朝市で少し冷えていた体にしみわたり、内部から温められる感覚に心地よさを感じる。


(やはりこうでなくては)


そう感想を漏らしつつさらりと食べ終えた律は、食後の運動と称してやらなくてはいけない事を済ませ、気づいた時には建物の影が少し伸びていた。


休みとはどうしてこうも時間の流れが早いのか......。


そう愚痴を心の中で吐きながら、夕飯の仕込みを始める。今日は一日中寒い日だったため、ビーフシチューを作ることにした。


慣れた手つきで調理を開始するが、ビーフシチューだけでは物足りないと思い、保管庫からエビを取り出す。


ガーリックシュリンプなら手軽だし、あってもいいだろう。そう思い、気ままに調理を進めていた律のもとに ---


家の扉を叩く音が届いた。


「扉の方か?」


鐘ではなく?そう思い気配を探る。


人の気配はない。少し気配が静かすぎる気もするが......気のせいか?

律は少しの迷いを感じつつも、調理を再開した。


しかし五分後に再度扉を叩く音がした。どうやら気のせいではなかったらしい。今度は確実に聞こえた。律は再度気配を探る。だが気配なんてものはなく、扉の向こうには誰もいるはずはない。だが、鐘ではないのは引っかかるが、叩くということは来客なのだろう。


律は気配のない扉の向こうを怪しむが、扉に向かうことにした。律は慎重に扉の窓から恐る恐る外をのぞく。その視界に移ったのは白い髪だった。


あぁ......道理で気配がないわけだ。


感じられるわけがないのだ。気配を隠したセリフィアを。


「いらっしゃい。思ったより早かったな」

「そうでしょうか?本当は午前中にお伺いしようと思っていましたが、止められたので」

「止められた?」

「えぇ、ミルシーにいくら謝罪が目的でも午前中は少しまずいと」

「謝罪?何かされたか?」

「はい。昨日、風邪をひかせてしまったようなので」

「あぁ、そのことか。別にあれは俺の不注意だ。気にしなくていい」

「ですが私が理由ということには変わりないので、形式上だけでも謝らせてください」


そういい、セリフィアは頭を下げた。セリフィアの行動に意外と強情なのだな、と心の中でつぶやき、律は顎に手を当てる。


「意外と常識人なんだな......お前」

「私はいたって普通ですよ」

「てっきり、家の中にいきなり現れるくらいはすると思っていた」

「さすがに家主の許可なく家の中に入って行ったりはしませんよ」

「そうか。とりあえず寒いだろうし、入ってくれ」

「分かりました」


セリフィアを家に招き入れる。外はかなり寒かったはずだが、セリフィアはまるで寒さを感じていないように平然としており、存在自体が違うのだなと思っていたのだが、リビングに続く道を歩いている姿は本当にただの少女にしか見えず、思わず苦笑する。


「今夕飯作ってるから、少し寛いで待っててくれ」

「はい」


セリフィアはどこからか本を取り出す。リビングの端の方に移動したと思ったら急に浮き、楽な姿勢になったのか、くつろぐように本に意識を落としていた。


律はその様子を見て微笑ましくなり、思わず口元が緩む。しかし料理を焦がしてはいけないので静かに夕飯の準備に戻ることにした。



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