おとなの安心感
私も。
私ももっと、友達を作ろう。
知らないことが多すぎて、私はもっともっと色々なことを学ばなければならない。
だからこそ――
「まあ、とりあえず今日は帰ろう。明日は買った家電が届くから、家電を置く場所を話し合おう! 私も使いたいし」
「お嬢様が!?」
「電子レンジぐらいなら私にも使えるもの。任せてよ。……料理はあのーーー……火を使うのが、まだ、不安だから……粦にお願いしたい、けど」
「あ、当たり前ですよ! お嬢様! 粦の存在理由を消そうとなさらないでください!」
「えっ」
あ、でも言われてみるとそうか。
粦は私の世話係――そして多分監視も兼ねている。
それでご飯を食べているのだから、私が全部手伝ったら粦の仕事がなくなっちゃうのか!
それはよくない。
粦の仕事を奪うことなく、ほどよく手伝って粦の存在意義をしっかり肯定してあげよう。
それでもまだ十代の女の子だもの。
後輩だと思って育ててあげよう。
仕事で認められて嬉しそうにする後輩の笑顔が思い出せないけれど、こっちまで嬉しくなったのを覚えている。
あいつ……私を殺した後輩とは別な子……だった気がする。
どうしよう、前世の記憶が薄くなってない?
ヤバい! 怖い!
「私、今日は宿題をやる! お夕飯になったら、呼んで」
「はい。美味しいものをたくさん作りますね」
「いっぱいは作らなくてもいいよ! 二人分ね!」
「は、はい!」
部屋に戻ってすぐにノートを開く。
『宵闇の光はラピスラズリの導きで』のストーリーを、それぞれの攻略対象のことを書き出す。
これも大事だけれど、それともう一つ……。
「私を殺したやつのことも……忘れないようにしないと」
別に復讐したいんけじゃない。
というか、きっと復讐なんてできない。
だって私はもう死んでこの世界に転生しているから。
でも、あの死に方は……秋月は“呪い”だと言われた。
同じ死に方を避けるためにも、私の前世の死に方を調べておくべきかもしれない。
秋月に聞いたら、詳しく教えてくれるかな?
そもそも『宵闇の光はラピスラズリの導きで』は明確にストーリー上の“敵”というものが存在した。
確か――。
「呪い屋」
メイン攻略対象である善岩寺十夜のストーリー三周目で現れた『ハッピーエンドルートの敵役』。
――呪い屋。
人の恨み辛みを金で呪いに替え、呪詛を撒き散らしてこの世を歪ませる。
隠の気が充満すれば、怨霊悪霊魑魅魍魎……悪魔悪鬼祟り神が集まり、この世ではなく、あの世に次元が歪んでしまう。
それを正すには私たちのような霊力の高い者が、御仏や神々の力を借りて何時間もの間祈り、対話し、浄化したりそこから移動してもらわなければならない。
しかも、その浄化には一人では足りない。
人を救う傍ら、呪い屋が撒き散らす呪詛を浄化して土地の穢れを取り払う。
そうしなければ、どんどん土地は穢れ、祟り神が増え、この世はあの世に侵食される。
生きている人間は死者に魂を食い潰され、この世は……この世は死の世界に――。
「こわい」
自分の体を包むように抱き締める。
一度死んだから、本当に怖くて怖くてたまらない。
目を瞑ると真っ暗になって、それも怖くて目を開く。
「なにがこわいの」
「秋月……!? どうやってここに……」
「鏡で霊道を作ったから、すぐに本家からこちらに来れるんだよ」
「ふええ……!?」
チートだ……!
っていうか、霊道って幽霊の通り道じゃないっけ?
秋月はそれを作れるの?
秋月以外のお化けも通れるようになっちゃうんじゃ……。
「ああ、霊道が気になる? 大丈夫だよ。僕専用にしたから」
「そ、そうなの? 怖いお化け他に来ない?」
「来ないよ。今は閉じているしね」
「開閉自由なの!?」
「僕はそのくらい強いし、格も高いからね」
そうなんだ、格も高いんだ!?
強いのはなんとなく知っていたけれど、格も高いのは初めて知った。
頭をポンポンして、ゆっくり大きな体で私の体を抱き締める秋月。
おとなの体、男の人の腕の中って……なんだか……。
「そうなんだ。秋月すごいね」
「そうだよ。僕は強くてすごいんだよ。だから真宵がなにも怖いと思うことはないんだ。物理的に守ることは……難しいけれどね」
「……んんん。大丈夫だよ」
お父さんみたい。
前世のお父さんの記憶が少し、まだ、残ってる。
“真宵”の父親はマジでクソだから、多分抱き締められた記憶はないと思うけれど。
「ありがとう、秋月。もう怖くない」
「本当? よかった。それで、今日はどんなことをしたの? 教えて?」
「えっ? えっと……えっと……友達がね、叔父さんと叔父さんの奥さんと仲直りしたんだって。今まで引き取ってもらってたから、迷惑をかけたくないって思って、自分のことを自分でやろうと思ってたんだって。でも、叔父さんたちは頼ってほしかったんだって」
「へえ」
「でね、でね、そのことを私に教えてくれて、今度遊びに行くって約束してるんだ。明日」
「明日? そう。たくさんお話ししてこれるといいね」
「うん!」
膝に乗せて、私の話を聞いてくれる秋月。
なんだか本当のお父さんみたい。
なんだかどんどん嬉しい気持ちになって、ペラペラと話をしてしまう。
……これ、私なのかな?
今まで、お母さんとしか話せなかった千頭山真宵が、誰かと話したくて仕方なかったんじゃないだろうか。
あの光景――母の吊り下がった姿。
あれで心が耐えられなくなった千頭山真宵。
その孤独な心がきっと、秋月と話すことで癒されている。
私も……理不尽な理由で殺されてなんだかんだショックだったから。




